第7話 親友たちと銭湯へ
夕食を終えて飲食店を出ると、冷たい夜風に吹かれて身震いした。
「残念ね」
マシロさんは慰めの言葉と共に、背中にお古のコートをかけてくれた。
「しょうがないですよ。二人とも仕事で忙しいですから」
「寂しい?」
「そこまでじゃありません。でも、銭湯には来れるって言ってましたから」
「どんな人なの?」
「二人とも優しい人ですよ」
僕らは腹ごなしがてら、街を散策することにする。
とは言え、レストの街は治安が悪い。衛兵の巡回がある場所を選ぶと、行先は自然と大通りに決まってしまう。
それでも、マシロさんが不満を漏らすことはなかった。
「楽しかった」
マシロさんは幸せそうに笑う。
僕は真に受けていいものか悩んだ。慰めの言葉ではないかと思えて心配になる。何よりマシロさんが満足そうでいるのが我慢ならなかった。
「明日は今日よりも楽しい一日になりますよ」
希望的観測で物を言うのは、きっと褒められたことではない。
それでも、僕の友人たちは自力で夢を現実にできる人たちだ。だから、絶対に嘘にはならない。そう確信できた。
そんな予感は、すぐに的中する。
「レイ!」
友人のナツキが大きく腕を振ってくる。その隣では、ハヤトが軽く手を上げていた。
そんな彼らを見つめるマシロさんの視界には、もう僕は映っていない。
「久しぶりだな、レイ」
「二人とも元気そうだね」
「あんたこそ、ちゃんとご飯食べてるんでしょうね」
「死なない程度に頑張ってるよ」
「それは答えになってるのか?」
「昨日はビーフシチューを食べたよ」
「何だよ、ニートの癖にいいもの食ってるじゃねぇか」
「ちょっと、痛いよ!」
「うるせぇ。甘んじて受け入れろ」
ハヤトは僕に執拗に絡んでくる。それでも、心配の裏返しだとわかっているから拒めない。
「やめなさいよ、ハヤト。レイが嫌がってるでしょ」
「そんなことないよな?」
「うん」
「レイが欲しいなら、素直に言えよ」
「ばっ……! それ以上言ったら怒るからね!」
「お~、怖い怖い」
ハヤトとナツキは取っ組み合いを始める。
二人は昔から仲が良かった。それは今も変わらない。むしろ、ますますお似合いの二人だ。
「ところで、その子は誰だ?」
「なによ、連絡読んでないの? 森で迷子になってた子を保護したって書いてあったじゃない」
「いや、想像以上に可愛い子だったから。とても森で彷徨ってたようには思えなくてな」
二人の注目を浴びたマシロさんは、咄嗟に僕の背に隠れる。
「……懐かれてるのね」
「抑えろナツキ。怯えさせてどうする」
「言われなくてもわかってるわよ」
ナツキは一度咳払いをする。
「私はナツキ。アイドル目指してて、今は雑誌のモデルをやっているわ。よろしくね」
「俺はハヤトだ。いつか勇者になる男だぞ。仲良くしておいて損はないことを約束する」
「ナツキ、ハヤト」
マシロさんは二人の名前を鸚鵡返しする。
「次はマシロさんの番ですね」
僕がそう言って離れると、マシロさんははっとした様子で顔を上げた。
「マシロよ」
「マシロちゃんね。よろしく」
「よろしくされるわ」
「変な子ね……」
「でもよ、こんな可愛い子がふらついてたら目立って仕方ないだろ。よくレイまでお鉢が回ってきたな」
「服も上等なものだし、ブーツなんて高級品よね。もしかして、どこかのお嬢様だったりする?」
「レイがくれたわ」
「マジか……」
ハヤトは僕が万引きしたのではと疑ったようで、慌てて服屋の店長に電話を入れる。
「マジだった」
「当たり前よ。レイに盗みを働く度胸なんてないわ」
「それもそうか」
「おい」
僕は失礼な友人たちにジト目を向ける。
「まぁ、自己紹介も済んだんだ。早く風呂行こうぜ」
「あ、誤魔化すつもりだ!」
「お前が金貨を持ってると思う方がおかしいだろ」
「僕だって、たまには頑張るんだよ」
「なら、今夜はお前の奢りな」
「いいですとも!」
「……無理してない?」
「平気だって言ってるでしょ!」
僕は一人先に銭湯まで走り、番台さんに支払いを済ませた。
「それじゃあ、また後でな」
「待たせちゃったらごめんね」
「気にせずゆっくりしてくれ」
僕はハヤトと男風呂の暖簾を潜った。
すると、異様に利用客の注目を集める。
「裸の男がいっぱいね」
「何してるの! マシロちゃんはこっち!」
「でも、ご奉仕しないと」
「必要ないからっ!」
マシロさんはナツキに首根っこ掴まれて回収された。
「大丈夫かなぁ……」
「後で牛乳でも奢ってやれ」
「うん。そうする」