80 確率の女神は不平等
その後も訓練は続き、因幡さんのレベルが20を超えて新しいスキルを獲得したタイミングで15階層のボスに挑戦することにした。
ボスはレベル22のホワイトグリズリー。端的に言えば、少し大きいシロクマだ。
「いた....」
因幡さんはシロクマの気配察知の範囲外からその気配を感じ取り、音と気配を隠匿により遮断して近づいていく。彼女がレベル20で獲得した新スキルの聴覚強化は、俺の昔持っていた五感強化の聴覚だけバージョンというスキルで、ダンジョン探索ではかなり役立つスキルだ。
シロクマは道端の草を食べており、因幡さんが10メートルくらいの位置に近づいても気づいた様子はない。
「..........【俊足】」
そこで因幡さんは敏捷を強化し、シロクマが横を向いた瞬間に茂みから跳躍した。
「【跳躍】!」
横からシロクマの目の前を横切り、それと同時に短剣でその両目を突き刺す。視覚を奪うのはいい選択だ。
「いいね~」
そして、セオリー通りに因幡さんは距離を取り、手当たり次第に周囲の木を薙ぎ倒しているシロクマの攻撃範囲外へ出ると、そこで気配を遮断して隠れ始めた。
「グオオオオオオオオァ」
ホワイトグリズリーのスキルである”咆哮”により、周囲の倒れた木々が吹き飛ばされる。一見すると危なく見えるが、因幡さんは冷静に岩を盾に木々を避けると、無防備になったホワイトグリズリーの背後から攻撃を仕掛けた。
「首筋か」
背後からホワイトグリズリーに飛びついた因幡さんは、その勢いのまま首筋に短剣を二本突き立てる。首にある動脈を狙った一撃はなかなかに効果的で、ホワイトグリズリーのHPを3割以上も持って行った。そして短剣の帯びた毒は大きな血管に入り込むほどに素早く体をめぐり、HPを消耗させる。さらに出血のダメージも相まって、HPは加速度的に削れていった。
「短剣が....」
しかし、厚い毛皮を貫いた結果、因幡さんが元から持っていた短剣は根元からぽっきりと折れてしまった。
天運のスキルがあるのについてないな..... いや、短剣が動脈まで突き刺さった時点で、かなり幸運なのかもしれない。
だが、その幸運も連続では発動しないようで、ホワイトグリズリーのパッシブスキルである”本能解放”がHPの低下により発動し、白い毛皮に赤い筋が走ると同時に筋肉が膨れ上がる。数値で見ると筋力のステータスは5割ほど増加していた。
「ぐッ」
モンスターに少しでも変化があれば距離を取って様子見するように、と教えていたおかげで因幡さんはすぐさま距離を取っており、ホワイトグリズリーの周囲への無差別攻撃を避けられていた。しかし、このままいけば毒で倒すのが先か、巻き込まれて死ぬのが先か、そんな二つに一つになるだろう。
......ダンジョンにおいて、賭けというのは最も避けるべき行為だ。
何重にも保険をかけ、ありとあらゆる要素を使いこなし、死に繋がる確率を削ること。それこそが探索における最重要事項だ。たしかに生死の境に立てば賭けに頼ることもあるが、ことダンジョンにおいては逃げるという選択肢が取れることの方が多いのだから、自分の命運を確率の女神に委ねるくらいなら、潔く撤退した方がいい。
ガチャで爆死しても尚課金を続けるなんてことは、命を懸けて行われる現実ではできないのだから。
長くなったが、俺が信条としていることを因幡さんに伝えたのは無駄ではなかったようだ。
コツン....
石を木に当てた音に反応したホワイトグリズリーはその音の方向を正確にとらえ、攻撃範囲をその音源の方へと絞っていた。
そして、その方向はまさしく因幡さんがホワイトグリズリーを挟んだ反対側。
因幡さんの持つ短剣は既に傷をつけていた首筋に突き刺さり、その首を跳ね飛ばした。
株でもガチャでも撤退のタイミングは大事