49 世界を穿つ一撃
ここで一つ分析をしてみよう。
あの天使の持っているスキルで今割れているのは、光の剣を生み出す、接触による大幅デバフ、そんなくらいで余り手の内は見られていない。他にもあの天使の輪の次元隔絶、あれが一番の壁と言える。また、攻撃力が3万を超えるあの剣からの攻撃もかなりの脅威だし、何故か光剣は反射を貫通するし。いや、デバフが簡単に通ってる事からすべてのスキルに適用できるのか?
つまる所、一度も攻撃をくらわずにあの防御を貫通すると。
無理... いや、スキルを組み合わせれば行けるか?
多分だがあの権能の力を用いた紫電一閃、あれを使えればあの防御もごり押しで突破できるだろう。しかし、今はドクターストップがかかっている。であれば刹那之一刀か? いや、あの頃よりスキルが強化されているとは言えあの防御の前には不安が残るし、だからと言って魔法も論外だ。
「クッソ、あいつの防具反則だろ!」
次第に天使は光剣を辺りに振りかざして影の霧を晴らしていく。虚影を発動して潜伏するがこのままではジリ貧で、こちらのMPが切れればすぐに仕掛けてくるだろう。
そして眼前に広がるのは光剣の群れ。どうやら影に包まれている間に大量生産していたらしく、それらで瓦礫の山を丁寧にすり潰している。
あの時のアネモイから借りたようなエネルギーの大量供給さえあれば...
そんな考えも虚しく光の剣が降り注ぐ中、虚影を解除して神足通で避けるも、その移動先にも一瞬で光剣が迫って来る。
[朔望 解放]
星夜月の中に貯めた月光の星のうちの一つを消費して広範囲に光の波動を放ち、その瞬間にその剣に輝く星の一つが輝きを失った。
毎日のように月光を剣に浴びせて一つの星が生まれるのにかかる時間は10日、その甲斐もあってその威力は、大抵のものを吹き飛ばし相手は死ぬ。
しかし、今回は大量の光剣を全て相殺しきるに留まった。
...さすがは俺の愛剣、凄まじい攻撃力だ。並大抵の防御ならごり押しで押し切れるほど... ん?
その一瞬、俺の頭に天啓が下った。
星月夜には現在のところ星のストックが5個残っており、これは魔力に変換すると10万を軽く超える量だ。これを全て使い切れば...
「行ける...か?」
初めての試みだし、かなりの賭けになる。しかし、即断即決がダンジョンを潜るうえで最も重要なことだ。今の状態では尚更、迷っている間に死ぬし、戦いが長引けば死ぬ。少なくとも俺はそう思っている。
それに保険は掛けてあるし、これ以外に突破口は思い浮かばない。
まずは星月夜からエネルギーを引き出し、それを運気調息で循環させる。
本来、星月夜に蓄えられた光は魔法的属性を持つ光エネルギーと魔力の中間という表現が1番近い。つまりは魔力とは少し違う力なので、交わることはなく反発する。そこをすぐさま調律により二つのエネルギーを融合していくが、この作業で神経がガリガリと削れるのがリアルタイムで把握できる。
そして気が付くと俺の周りには少しずつ光の粒子が流れ始めていた。
「まずッ...」
虚影で隠れながら行ってきた作業だが、この光は影魔法と相性が悪くすぐに天使に気づかれてしまう。即座に辺りを周遊する光剣が一斉にこちらに剣先を向け迫ってきた。
[虚影]
全力で発動すれば魔力の半分が消し飛ぶ代わりに絶対的な防御力を得るこのスキル。欠点として五秒間しかもたないものの、このレベルの戦いではそれで充分。
魔力の掌握が完了し魔力を急速に練り上げていく、そして励起。
励起の本質である意志によるスキルの改変、それにより光の属性を持つ魔力を以前と同じ神鳴に染め上げていく。
手から溢れる紫電はこの前見た雷と同じ見た目をしており辺りの地面を削るほど。更に天災地変を使うとその雷は更に威力を増し、こちらに迫る大量の光剣を壊し始めた。
その雷を見て天使は焦ったのか距離を詰め剣を振りかぶり、対してこちらも剣を正眼に構えスキルを発動する。
剣界と乾坤一擲。この二つに合わせて神鳴を刀身にぶち込む。
MPとSPの調和は魂を大量の魂力で押しつぶされる過程で理解した。その二つは表裏一体、真に二つを融合することで魂力を成すことができる。その方法は簡単で、魂の傷から漏れる自身の魂力を触媒にするという今だけできる方法。
天使の剣戟は更に苛烈になる中、遂に虚影が切れてしまう。
しかし、間に合った。
それと同時に俺から放たれるのは千にも万にも及ぶ雷の嵐。破壊の化身とでも言うべきその嵐は、我ながら言葉を失うほど美しい。
「これに名前を付けるとしたら... 千紫万紅とかかな?」
次元を隔てる結界はその一撃に耐える。しかし一撃、また一撃と放たれる剣の嵐の前に亀裂が入り、そこからはあっさりと崩れ、守られていた天使の全身には雷が突き刺さった。
直接当たった一撃で天使は消滅。そして、あとの万雷は前方のステンドグラスを破壊し尽くし、壊せないはずのダンジョンの壁すらも崩しそこからは暗闇が覗いている。
しかし俺はというと、いつも通り地面に倒れ伏していた。
口からは吐血し目じりから血が垂れている。そのまま俺の視界は暗転し....
「死なぁァァァァァァん!」
これぞ新スキル、罪業再誕。
自身の殺したモンスターの魂を代償に復活するというぶっ壊れ効果。そして、多分だが今俺が死んだのは天使のスキル、死なば諸共の効果だろう。
まぁ、死ぬのはもうこりごりだし、二度と自分の生き死にを運に頼るような戦い方はしたくない。このスキルも最後の保険と考えておこう。
「まさか天界を守る大結界と同等の結界を一人間が破り、あまつさえその正規品さえ破るとは、杞憂だったな」
「それでこそ私のマスターに相応しいというものです」
「魔力を渡しますね」
「ガォウ!」
俺は聖徳太子じゃないんだからさ、一人ずつ話してほしいんだが。
「そろそろ転移トラップが発動しますよ?」
「そっか、やっと外に出れるのか」
いやー、頑張った。
帰ったら寿司とハンバーガーとカップラーメンを食べたい。何か忘れているような気がするが、そんな事も全く気にならないほどに気が抜けている。
「うむ。これでやっと吾輩も地球の芸術作品に直接触れることが出来るという訳だ。ところで、マスターはこの先どんな目的がある?」
「なんていうか、難しいというか.... 抽象的だな」
目的.... ぶっちゃけ言うと、俺にはそんな創作物の主人公のような目的とか、そんな一本筋は一切ない。しいて言うなら、外に出たらキングに合いたいなとか、あとはここ半年できていなかったゲームや漫画の更新を追いたいとか、そんな俗物的な趣味趣向しか持ち合わせていないし。
「そうだなぁ、普通の生活ってやつを送りたいな」
「普通?」
「人間的な生活とか? そういうの」
「もっと自由に、我儘になってもいいのではないでしょうか?」
アネモイはあっけらかんとそんなことを言うが、俺自身は良くも悪くも小市民なのだ。今でこそこんな大それた力を手に入れたものの、それをひけらかすようなことは.... 大きく人と違うという事がいい方に働かないという事を、俺自身はよく知っていた。
「まぁ、そんなわけだから。皆外では大人しくしといてくれよ?」
「失敬な、時と場所くらいは悪魔でもわきまえておるわ」
「.....ところで、遺留品は拾わなくてもよろしいのですか?」
本当に何てことないように、アネモイはそんなことを言う。
.....は!?
「それだァァァァぁアァァァァァァァァ!」
先ほどまでの、のどに引っかかった小骨のような違和感が解消されるとともに、俺は動かない体に鞭を打ち、体が光に包まれる中で神足通を発動して何とかニつの物を掴むことには成功する。
しかし、他の物を取り切る前に一斉に光が全身を包み込み、次に見えたのはごつごつとした岩壁とその先に見える光。
..................しくじったあぁァァァアアッ!!!!
迷宮攻略編が終わったので次の50話からは帰還編に入ります!