日本国首相の慌ただしい一日
今からちょうど三か月前、世界中に地下構造物、通称ダンジョンが出現した。
最初は周囲を封鎖し自衛隊を送るなどして、様子を見ているだけにとどめていたものの、ダンジョンができて2か月が過ぎたあたりで、突如世界中のダンジョンから魔物があふれ出し、一部地域はもう人の住むことのできない魔境と化してしまった。
日本でも北海道と四国地方は特級ダンジョンという、ダンジョンの中でも最大の攻略難易度であるダンジョンが氾濫したため、避難民の受け入れ先の建設や補助金等の配布でここ最近はとても忙しい。
唯一の救いは両方とも本土と海を隔てていたため、日本全土が壊滅に追い込まれる事態にならなかったことだけだろうか...
また、このようなことが世界中で起きたため、新たに国際迷宮対策連合という世界規模の対策組織もでき、今やいろいろなダンジョンの情報が世に出回っている。
そしてその下部組織として探索者組合が設立され、スタンピードに対抗すべく、”迷宮特殊探索者”という職業が生まれることとなった。
本来であれば厳しい試験を設けるべきなのだろうが、極論、迷宮でレベルを5上げれば、子供でも自衛隊員を一捻りできるようになったので、探索者の応募条件は満15歳以上と定められ、ネットを見れば今でもお祭り騒ぎが起きている。
まあ、この理由は詭弁みたいなもので、本当は日本の国債に伴う金融問題をどうにかするために、新たなエネルギーとして注目が集まり始めたダンジョン産業への足掛かりとして、大量に若手の探索者を生み出してダンジョン税をかけることで、一気に日本経済を盛り上げたいという理由があるのだが...
さて、今の情勢を回想し終えたところで最新のニュースだ。
最近アメリカで勢いを上げている探索者パーティーが合同で、”叡智の殿堂”というフィールド型のB級ダンジョンから、あるヒエログリフを発見したらしく、その数は3点。
一つは英傑序列と書かれた巨大な石碑でそこに刻まれた光る文字は、鑑定系のスキルを獲得したものにより調査された結果、ダンジョンで強くなった人間がその強さ順で表示されているというものらしい。999名の名前が刻まれており、日々順序が入れ替わっているという。
二つ目は深淵の王と書かれたものでありこれは、現在確認されている魔物を系統別に分けたものの中で最強の魔物が選ばれ表示されるものらしい。だが現在は3つの欄しか埋まっていないらしく、他は選出中となっている。
三つ目は七王の席と書かれており、これは現在の人類が獲得した天職を系統別に分けたものの中で最強の人物が選ばれるらしく、まだ一つも席が埋まっていないという。
これらの遺物はすべて国際迷宮対策連合で保管されており、世界協定のもと、常に世界中にその映像が配信されている。現在はその一つである英傑序列に書かれた人物が多い国が大きな発言力を持っており、その筆頭としてアメリカが真っ先に浮かぶほど、かの国には強大な探索者が在籍している。現在確認されている最高の探索者のレベルは89であり、その戦力は完全武装した一個大隊に匹敵するほどだという。
そんな人間兵器の数で、今の世界情勢は荒れに荒れているのである。我が国にも優秀な56位の探索者は居るが、それでも今の日本の発言権は弱い。
「まったく、難儀なものだ...」
高級な椅子に深々と腰を下ろし煙草に火をつける。最近はこれを吸っていないと落ち着かないほどストレスが溜まっている。病院に行くべきだろうか。
そんなことを考えながら書類に目を通していると、いきなりドアが開かれた。
「大変です! 首相、今すぐヒエログリフを見て下さい!!」
彼はうちの政務秘書官の遠藤君だ。何やら慌てているが、とりあえず言われたとおりにデスクのPCからヒエログリフの配信サイトをクリックする。
英傑序列
Name 異名 所属国
1位 unknown 隠者
2位 unknown -
3位 Olivia 魔女 USA
4位 李 斉天大聖 China
~
深淵の王
龍王 暗黒龍 リヴァイエ
獣王
鬼王
海王
機王
天王 天使長 ミカエル
魔王 悪魔王 ヴァルディア
蟲王
霊王
七王の座
Name 所属国 Lv
護王
覇王
獣王
隠者 unknown Japan 348
賢者
聖者
巨匠
見た瞬間、私はこれまでのストレスがすべて吹き飛んだように体が軽くなった。
「こッ これは本当か!! 英傑序列一位が七王の座の隠者で日本所属だって!!」
「はい! 今日の12時13分に確認されて、今やネットではこの話でもちきりです。テレビでも急遽このニュースが割り込みで流れています!」
ニュースを付けると丁度番組でそのことが紹介されていた。
それにしても、現在確認されている最高レベルを優に越してのレベル348。この人物ならば世界を相手にしても勝利を収めることすら可能かもしれない。
隠者が日本政府の探索者組合に所属してくれれば、日本は今の窮地を脱し四国や北海道の奪還も可能だろう。
「今すぐに探索者組合の資料を洗い出し、隠密系職を片っ端から調べろ。何としても隠者を見つけ出すんだ」
「わかりました」
ジリリリリリリ
手元にある電話が鳴りだした。これは直通電話だ。
「はい、首相の野崎です」
「こちらは国際迷宮対策連合です。急遽、緊急集会が行われます。予定は2週間後、開催地は追って連絡いたします」
「了解しました。」
電話を受話器に置き私は年甲斐もなく飛び跳ね喜んでしまった。
「いや~ ダンジョンができてから今まで苦汁をなめ続けてきたが、とうとう報われる日が来たか。」
「では、航空機を手配しておきます。」
遠藤君はそのまま部屋を出ていき、私は椅子に深く座りさっきの事を振り返る。煙草を吸っていないのにとても気分が晴れやかだった。
今日は久しぶりにいい夢が見れるだろう。