124 ペスト紳士
上野ダンジョンと呼ばれていた場所... そこは異界が現世を上書きするように存在する空間のようだった。ダンジョン内の空間に満ちる魔力の濃度はひときわ高く、溢れた魔力は現世に拡散していっている。
溢れた魔力の一部はダンジョン周囲の魔力濃度を引き上げ、弱い魔物が生存可能な領域を広げる。これが更に段階を踏んで規模を大きくすれば、更に現世の魔力濃度は引き上げられ、強力な魔物が現世を跋扈するようになるだろう。
「成程。これが侵略の手口というワケだな」
これが世界中のダンジョンで発生すれば、現世に魔力が満ちるのもそう長くはかからんだろう。一定濃度を超過してしまえば、神体が降臨するための門も開ける。なんともまぁ、厄介なものだ。
「それはそれで面白いが.... しかし、今考える事でもないか」
そう。吾輩は悪魔であり、悪魔とは我欲に生きる者。吾輩は吾輩の目的のために、少々目立たなくてはならないのだ。
「ふむ... 例の特異個体というのは... アレか」
ダンジョン上空から見える光景は、見渡す限りの密林のみ。視界良好とは言い難い景色ではあるが、しかし強者の気配という物は五感以外でも感じられるものだ。特に、魔物のように理性を持たない獣はそれが顕著と言える。自らを絶対的捕食者だと自覚する獣は、自らの気配を抑えるという謙虚さを持ちえない。
ダンジョンの中心部からは、獣性を孕んだ覇気が吹き上がるような魔力と共に感じられる。
「では、行くとするか」
仮初の翼を霧散させ、重力に従って覇気の源へと自由落下する。米粒のような白い毛玉はどんどんと大きくなり、その体躯を足蹴にする直前で吾輩はその全貌を捉えた。
巨大な蜘蛛。全身は剛毛に覆われており、ダンジョンからの加護によって莫大な魔力を供給されている。結果として、その巨躯は神々しい光を放っていた。
しかし、直後にはその神々しい白色は泥臭い土気色に染まる。その下手人はもちろん吾輩であり、自慢のスーツは毒々しい緑の血潮で汚れてしまっていた。
「ふむ」
どうやら、この蜘蛛はスキルの補助もない一撃で昇天してしまったらしい。足元の傷跡を中心として、その巨体は光となって消えていった。失敗したな... 討伐シーンを動画に収められなかった。これでは、せっかくの計画が水の泡ではないか...
そうして顔を上げると、周囲には幾人かの人の子が武器を杖に立ち尽くしているのが見える。しかも、その頭のヘルメットにはレコーダーが取り付けられているではないか...! 丁度いい、彼彼女らには生き証人となってもらえばいいのでは?
「しっかりと、撮ってくれたかね?」
しかし、その問いに対する返事が返ってくることはなかった。
◇ Side ある探索者
あぁ... 今日は厄日だ。探索者としての責務である迷宮氾濫の鎮圧に来ただけなのに、こんな化物と相対することになるなんて思ってもみなかった。
居合わせたメンツの中で一番ランクが高かった私をリーダーとして、急ごしらえのパーティーでの強行軍。これだけでもなかなかキツイのに、こんな化物を討伐? 無理に決まっている。
「あー 死んだわ~」
居合わせた一人の鑑定スキル持ちが言うには、この蜘蛛の化物のレベルは328らしい。彼はその情報を口走った直後に、失禁嘔吐気絶のコンボで地面とディープなキスをした。
はぁ... レベル328? そんなレベルのモンスターがもし街に解き放たれたとしたら、行動範囲によっては関東地方全域が壊滅しかねない。それこそ、あの死国とも比べ物にならないほどの人的被害が出るだろう。
そんなモンスターを倒せるとしたら... それこそ、レベル350を超える覇王キングくらいかしらね? まぁ、もうすぐ死ぬ私には関係ない話か。目の前の口をカチカチと鳴らしている蜘蛛野郎は、その顔面を少しづつ近づけてくる。
蜘蛛糸に手足を絡め取られているせいで、自害する事すらもままならない。出来る事なら一思いに殺してほしいなぁ... このキモイのにしゃぶられたり、かじられるさまを間近で見物するのは御免だ。
そうして目を閉じ、死を迎えるタイミングを待つ。
しかし、そこで衝撃が走った。余波だけで骨が軋むほどの、物理的な衝撃だ。
蜘蛛糸が無ければ吹き飛ばされていたほどの風圧と、隕石が落ちたのかと錯覚するほどの爆音。それらが収まった後に残された光景は、無残にも潰された蜘蛛の化物と、その残骸を足蹴にする一人の男だった。
「だ... れ?」
満身創痍な体に鞭を打ち、ぼやける視界でその姿を見据える。
「......んぁ?」
そこにいたのは、礼服に身を包んだ紳士.... かと思えば、顔にはペストマスクを装着した..... 奇天烈な男が堂々と立っていた。
しかし、先ほどまで自分たちを追い詰めていたモンスターを一撃で仕留めた男だ。相当に名のある探索者のはず.... だが、私はこんな渋谷ハロウィンですら場違いな格好をした最高位の探索者を知らない。
「何なんだ。コイツ....」
緊張の糸が切れたのか、私の体は地面に倒れ伏してしまう。そうして、意識が少しづつ曖昧になってゆく。そんな私の意識は、ただただその珍妙な男に対する疑問で埋め尽くされていた。
リアクション 喜び Lv.1
ブックマーク 喜び Lv.2
評価 喜び Lv.3
感想 歓喜
レビュー 狂喜乱舞
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