115 日曜日
刀と剣がぶつかり合う金属音が辺りに響き渡る。
その音の元である二人は鍔迫り合いの体勢をしており、金属がこすれる不快な音と地面がひび割れる音が不協和音を奏でていた。
その内の一人... 急ごしらえの練習着を着ているエルは、その体格差から徐々に地面に食い込んだ足で轍を作っている。しかし、その手の騎士剣を斜めに傾けたかと思うと、次の瞬間には俺の首元に剣が肉薄していた。
Y〇utubeで見たことがある... 影抜きという技術だったっけ? その動画では実用的ではない、いわゆるロマン技という結論で締めくくられていた記憶がある。しかし、その早業はレベル999の圧倒的敏捷と技巧によって、まるで剣が刀をすり抜けたかのような錯覚を覚えるほど。
すぐさま手首を掴んで剣撃を止めるが、エルは手首のスナップを効かせた動きで、更に刃を首へと進ませる。そこで俺は刀を捨てることで腕を素早く動かし、剣にあてがうように捨てた刀を召喚した。
刀と剣は、またしてもギャリギャリという音を立てて静止する。
「.....ちょっとタンマ」
「ん...」
エルとダンジョンの最後で戦った頃と比べて、今の俺とエルは純粋な剣技の実力が拮抗してきていた。その結果として、最近の試合では気づいたら鍔迫り合いでの膠着状態に陥ることも多い。そろそろ趣向を変えて、スキルを解禁した模擬戦をしてもいいかもしれないな。
今までは全力でスキルを使うと空間内が大惨事になっていたが、伏魔殿から魔境にアップグレードしたことによってどうにかなるかもしれないし... 今度試してみよう。
そうして、掘っ立て小屋に掛けてある時計を見ると、時刻は朝の八時半。今日は珍しくアネモイがパンケーキを焼いており、腹時計が鳴らなかったせいで試合は思ったよりも長引いていた。
「まぁ、今日はここまでにしておこうか」
「ぅん」
エルは目の前で騎士剣と笠をいそいそとしまっている。そこでふと、俺はその手を伸ばせば届く距離にある小さな頭を、手持無沙汰な手でわしゃわしゃと撫でてみた。するとエルは口をへの字に曲げて、こちらに冷たい視線を向けてくる。
「いやだった?」
「や!」
ほっぺをぷくーと、リスのように膨らませたエル。
そう言いつつも少し背伸びをしているのは分かってるんだぞー... と、こちらはそんな生暖かい目でエルを見ていると、彼女はプイッと顔をそむけてしまった。
「うーん...」
取り敢えず、ご機嫌斜めな様子のエルを伏魔殿の外まで連れ出して、いつも通りの定位置であるアネモイの居るリビングのソファーまで連れて行く。すると、アネモイは待ってましたと言わんばかりにエルを抱き枕にし始めた。
初めはどうかと思ったこの光景も、今ではすっかり慣れてしまった。エルはまんざらでもないといった表情をしているので、まぁいいのだろう。
そんな、美幼女と美少女が自堕落な姿をさらしているのを見届けつつ、俺はリビングの食卓に腰かけて考える。
「よし、日曜日だし... どうしようかね」
今日は特に予定があるという訳でもなく、学校ライセンスの昇格試験も来週なので、ダンジョンに行くのも面倒くさい。
うん、今日はコーラとポテチをつまみにアニメでも見るか。
そんな風に今日の予定を決めてPCを置いてある部屋へと向かう。そうしてドアを開けると、やはりバロムはゲームのランクマッチに勤しんでいる。少しの間だけ、俺がその光景を後ろから少し鑑賞していると、バロムは見事なヘッドショットを決められてマッチから退出した。
「バロムがFPSにはまるとはなぁ」
「ん? まぁ、これでも幾星霜の時を闘争に費やしてきたからな。戦闘という行為は吾輩にとって本能であり、娯楽でもある。そして、このジャンルのゲームは人間の飽くなき闘争の歴史の結晶と言えるからな。吾輩がハマるのも無理はなかろう? 取り敢えず... 今期は最上位帯を目指してやりこむつもりである」
「んー? まぁ、了解~」
そう言って部屋を出ようとすると、バロムは待ったをかけた。
「マスターよ、ついでに吾輩の分のコーラを所望するぞ」
「....なんで分かったんだよ。てか、自分で買いに行けよ」
「生憎と、紙幣を使った売買の方法なんて知らないのでな。魔界では一発殴れば、だいたい何でも手に入ったのだが...」
「はぁ、丁度死んだことだし、教えるから一緒に行くぞ」
「ぬぅううん... 背に腹は代えられぬ... か。よかろう、吾輩も初めてのお使いに行こうではないか」
ヘッドホンを外したバロムに服を着替えさせた後、俺たち二人は財布を手に家を出た。
このマンションはかなり家賃が高いのもあって、一階のラウンジには自動販売機が設置されていた。まずはエレベーターに乗り込んで三十階から一階へと下っていくと、そこはエントランスホールなっている。
そしてエントランスホールはT字路の構造になっており、エレベーターを降りて正面は出入口。右は共有のラウンジで、左にはフィットネスジムやスパなどもあるらしいが、俺は使ったことはなかった。
ここ半月ですっかり慣れた足取りでラウンジに向かうと、そこのソファーには数人が座って談笑に興じている。特に気にする事でもないので、そのまま自販機に歩を進めると...
「あ」
「どうした?」
「コーラが売り切れてる」
「叩けば出てきたりしないか?」
「売り切れてるって言葉、知ってる?」
「吾輩の辞書に我慢という文字はないのだよ」
今にも自販機に殴り掛かりそうな気迫のバロム... 飲みたかった飲み物が飲めないと、更に飲みたくなってくるというのは人間も悪魔も共通のようだ。
かくいう俺も、無性に喉がコーラを求めて生唾を飲み込んでいる。
「しゃーない。コンビニ行こう」
「うむ」
そうして自販機エリアを抜けて、ラウンジの端を横切ろうとする。相変わらず数人の男女が談笑しているが、いつも通りスルー... しようとしたのだが、その集団の一人がなぜか俺に声をかけてきた。
「すみませーん!」
「えぇ? あ、はい。どうしました?」
「もしかして、この間の新人教育イベントに講師として参加されていた方ですか?」
「えーっと、あぁ! はい。一応そうですが...」
「あの時は色々ごたついていて話す機会をふいにしてしまいましたからね。改めて、Aランクパーティー『五芒星』のリーダーをしている三枝といいます。あっちに居るのがパーティーメンバーです」
「はい、私はAランク探索者の早川と言います。ご近所さんだったんですね」
「そうなんです。このマンションは対迷宮氾濫のために、探索者組合が運営しているマンションですからね。東京ダンジョンをホームにしている高ランク探索者の多くがここに居を構えているんです。私たちもここでルームシェアにているんですよ!」
「なるほど、ところで何かご用でもありました?」
人付き合いは苦手なので、少し棘のある言い方になってしまった気がする。だがバロムが少しイライラし始めているので、早めに切り上げてコーラを買いに行きたいところだ。
「ええ、実はこのマンションの自治会の企画で色んな催しが開催される予定なのですが、ぜひ早川さんにも参加して頂きたくて話しかけさせてもらいました」
「催し... ですか?」
「えぇ、屋上のラウンジで二週間後にバザーを開く予定です。こちらが内容の書いてあるチラシですね」
そう言って渡されたのは、『トレードバザー!』と大きく書かれたチラシだった。裏面には催しの細かいルールがかかれており、なんでも自分のスキル構成に合わないアイテムを物々交換するという内容らしい。
「....これ、消費税とか大丈夫なんですか?」
「はい。Bランク以上の探索者は、ダンジョン産アイテムの取引が非課税になりますから。しかし、組合を通して売却する場合は高額な手数料が発生しますので、このバザーはかなりお得だと思いますよ?」
更にルールを読み込んだところ、必須なのは交換する品の現物とその鑑定証(探索者組合印)、そしてライセンスだけ。取引が成立した時点で返品などは不可とし、自治会及び参加する探索者がその取引を保証するとのこと。
なるほど、いいかもしれないな。
「前向きに検討したいと思います」
「それはよかったです。当日参加もオーケーなので、気軽に参加して下さいね!」
と、そんな言葉を残して、三枝さんはパーティーメンバーの方へと戻っていった。
「よし、改めてコンビニへ行こうか」
バロムの方に向き直ると、いつの間にかバロムは姿を消している。アイツ... 勝手にコンビニへ向かったのか?
「いや、まずいな...」
ココからコンビニまでが徒歩3分程度とはいえ、その道中には交差点やら交番やらがある。バロムの事だ。赤信号など気にせずに、車を吹き飛ばして道を突き進むかもしれない。それに、あいつは今無一文だ。万引きする自称公爵級悪魔とか.... もうダメだろ。
俺はすぐにバロムを追いかけた。が、バロムはマンションの中で迷子になっていた。
リアクション 喜び Lv.1
ブックマーク 喜び Lv.2
評価 喜び Lv.3
感想 歓喜
レビュー 狂喜乱舞
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