110 阿吽の呼吸(即興)
この度、第八回アース・スターノベル大賞奨励賞を本作は受賞いたしました!
これもひとえに日頃から読んでくださる読者の皆様や、小説家になろう様、ご選考いただいたレーベル様のおかげです。これからも本作品を読んでいただけると嬉しいです!
決着はついた。
土下座している俺(百武さん)の目の前には、四方八方から来る鎖ですまきにされた巫女がいるというカオスな決着だが。
そうして百武さんの体に降りかかっていた巫女による威圧が解けたことを察知した俺は、すぐに態勢を整えて巫女のひたいにデコピンをかましておいた。
スキルも使っていない、本当に単なるデコピン。しかしたったそれだけで、先ほどまでの圧倒的な耐久が嘘のように巫女の身代わりは吹き飛び、試合終了のブザーが鳴り響く。
『ほ...』
百武さんの安堵するような声が以心伝心によって伝わってくる。
俺もこれで一安心だ。
情報を抜かれることも回避できたし、絶対契約書は一度使ったことのあるペアでは使用できないという特性があるので、以降の心配はそこまでないだろう。
そして、間をおいて周囲からは歓声が沸き起こる。会場は今までの試合とは比べ物にならないほどの熱気に包まれていた。
なにせ、SランクがEXランクを退けたのだ。
百武さんと巫女の間には、レベルという明確な力量差が存在している。そんな対戦での大金星となっては、下手な言い訳は通用しないだろう。一応は俺の足りないオツムで言い訳の下地を作っておいたが、それもここからの話術次第ではどう転ぶかわからない。
しかし、俺は直球に言うと口下手だ。結局の所は、その一番重要な局面を百武さんに丸投げするしかない。
そんな風に内心では戦々恐々とししいる中。周囲の歓声が落ち着いてきた頃合いに、司会者の人がマイクを片手に壇上から降りてきた。
「試合終了ッ! まさかの大番狂わせが起こりました! 世界六位を捻じ伏せ勝利を捥ぎ取ったのは百武組合長だぁッ! では.... ここからはインタビューに移りたいと思います!」
そうして百武さんの前まで来た彼は、その手のマイクをこちらに手渡してきた。
『あとは任せても大丈夫ですか?』
『ええ、勿論です』
百武さんの体に繋げていた神の呪縛を解き、俺は視点を自分の体へと戻す。
『フェル! 任務完了だ!』
『ガウッ!』
次にフェルの方にも撤退を呼びかけると、虚影を使ったうえで更に影這入によって俺の影に戻って来た。これなら物理的な接触による感知も不可能... 俺よりもよく考えてるな、フェル。
まぁ、何はともあれやっと俺の出番は終了だ。なかなかに手に汗握る戦いだったが、他人の体を使っているとなると、自分で戦うのとは違った緊張感があるな。具体的に言うと、負けたらヤバいというプレッシャーから来る気疲れが凄まじい。
これが大吾であれば・・・
あの時は相対的に相手の方が格下だったし、まぁ大吾だし。特にプレッシャーも緊張感もなかったのだが...
「うん。そんな事より、ここからがある意味本番だな」
それた思考を中断し、目の前の状況に意識を集中させる。ここからが俺の命運を分ける分水嶺だ。目線の先の百武さんは、マイクを握りなおしておもむろに口を開いた。
「今回のエキシビジョンマッチですが、最後は少し大人げない戦いを見せてしまったことを、まずは謝罪したいと思います」
そして開口一番に放たれたのは、最も俺が懸念していた部分に言及するような内容だ。
「私自身、内心では危ない橋を何度も渡っておりまして、その分だけ命の危険を感じていました。ただでさえあった能力値の差が、神々廻さんの持つEXスキルによって更に強化されていましたからね。
少しでも隙を見せれば、たった一撃で身代わりを全て削り切られかねないほどの厳しい戦いでした」
「なるほど、そこまでに凄まじい戦いだったのですね! たしかに素人目に見ても、その応酬の苛烈さがありありと伝わってきた試合でした。
しかし、やはり本人に聞くと聞かないとでは試合の見え方が大きく変わりますね」
「ええ、一見すると互角に見えた試合だったかもしれません。しかし、その実はゾウにアリが挑むと言って良い程の、ワンサイドゲームだったと言えるでしょう。私の素の実力では決定打を何一つとして持ち合わせていませんでした」
「それほどまでにですか!?」
「はい。一度は勝利を確信した局面もあったのですが、神々廻さんのEXスキルという一手によって覆されてしまいました。彼女が生まれながらのEXスキル三つ持ちであることは広く知られていましたが、まさか四つ目までも使ってくるとは...
私としても、レベル250を超えることで獲得できるEXスキルの存在を失念していました」
「!!ッ 都市伝説として囁かれている、50階層を超えてレベル250になることでEXスキルを手にできる.... その噂は真実だということですか!?」
「はい。実際にその領域に足を踏み入れた英傑の証言です」
おー。なんかいい感じに軌道修正して、話しが逸れ始めたぞ。
「なるほど.... では、そんな不利を覆したあの鎖のような物は何なのですか?」
あ、ヤバい。
「....再現性がないと、そういったことを覚えているでしょうか? 実はあの鎖は高位のアイテムなのですが、消耗型のアイテムなのです」
「そんな貴重なアイテムだったのですか!?」
「ええ、ですが今回の戦いでは周囲への影響や、私自身の安全性を考慮して使用するという判断に踏み切りました。
実際に、神々廻さんや私の行使したスキルの一部は結界のキャパを超えて周囲にまで物理的な影響を出していました。試合を止めるべきかと思いましたが、悠長にしゃべっている余裕が無かったのでね。
ここまでを踏まえて、この勝利はひとえにアイテムの力という奇策... いわば札束で殴ったからであり、再現性のない決着だと評したのです」
おお! さすがは百武さん。
人の上に立つ人物なだけあって、アドリブなのに流暢であり、まるで「この人の言うことは正しい」と感じてしまうような、人を惹きつけ信じさせる威厳があった。
そんな風に感心していると、突然脳内に声が響く。
『早川さん、あの鎖はどれくらいで使用限界を迎えますか?』
その問いに、俺はすぐに答えを返す。
『今すぐにでも破壊出来ます』
『? では、お願いします!』
その問答の直後に、俺は手に握っていたコピー版神の呪縛を全力で握り潰した。
制限解除によって最大限に封印力が強化され、その代償に耐久力が大幅に削れていたコピー版は、複製による劣化で不滅のスキルを失っていたことも相まって、連鎖的に亀裂が走ると魔力に還元されて消えていく。
複製に魔力を3割近く持って行かれただけあって、還元された魔力は眩い光を放ち、舞台を照らしている。よし、良い感じに使い切った演出だ。これは成功か!?
と、そんなことを考えていると、鎖から解放された巫女は案の定、更なる追及を行ってきた。
「私の敗北ですね.... まさかこんな隠し玉を持っているなんて、一体どこで手に入れたんでしょうか?」
流石にこれだけの情報で神の呪縛の入手経路を俺の存在までに繋げる事はないだろうが... その含みのある言い方は、ものすごく心臓に悪い。
そして、その追及に対する百武さんの弁明はというと・・・
「....実は、あのアイテムは海帝竜討伐の時にドロップしたアイテムなんですよ」
「何ですって?」
「えぇ、三英雄とも呼ばれる私たち三人が直接的に討伐した海帝竜のドロップアイテムは、魔石を除いて我々三人で分配されました。アレはその内の一つだったんです」
この度々話に出てきている海帝竜と言うのは、キングを筆頭に多くの英傑達がその討伐に駆り出されたと言う程の、強大にして災害とも呼ばれる程の異常個体だったはずだ。
実際にトドメを刺したキングの武勇伝によれば、そのレベルは400に達していたとか... なるほど、確かにそれならEXランクのアイテムをドロップしたと言う話にも信憑性が出てくるな。
「.....納得はしました。が、そんな希少品をここで使うのはどうしてかしら?」
「命の危機を感じましたから。どんなスキルなのかは詮索しませんが、強いて言うならばキングと相対した時に近いと感じました」
「....完敗ね。後で少し時間をくれるかしら?」
「ええ、色々と聞きたいことが多いですから」
最後に小声で打ち合わせをした二人が握手を交わすと、再度周囲は拍手喝采に包まれた。
リアクション 喜び Lv.1
ブックマーク 喜び Lv.2
評価 喜び Lv.3
感想 歓喜
レビュー 狂喜乱舞
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作者の反応
いつか、キングの海帝竜討伐戦のSSを書きたい。