コボルトキング
領内はたった一体の魔物に大混乱していた。突然、城壁から中に降ってきたコボルトキングに、新米冒険者達は右往左往しているばかり。もう何人も鋭い爪の犠牲になっていた。
「槍を捨てて、短剣を構えなさい！！」
ボーワダッテ……が必死に声を上げる。しかし剣を構えたところで相手の姿を捉えていなければ意味がない。俺と歳の変わらない若い冒険者の悲鳴が連続する。まずい……。俺が注意を引くか。
「こっちだ！ 犬っころの癖に人間様みたいに立って歩いてんじゃねぇ！！」
──ウォン？
冒険者の首に爪を突き立てようとしていたコボルトキングの動きが止まった。クソ、流石に味方が近すぎて【ボム】は使えないか？ テトも無理？ ならば……！！
「お前だよ、お前！！ くっせえ犬っころが王様気取って大行進か？ 恥ずかしい。さっさと森の奥に帰れよ」
魔物は上位になれば人間の言葉を解する。コボルトキングだって当然理解しているだろう。俺の罵倒を。
──ガルルゥゥ！
唸り声を上げながらコボルトキングが踏み込んできた。鋭い爪が目の前に迫るが──。
短剣の腹を爪に添え、紙一重で後ろに受け流す。キングはそのままの勢いで城壁に突っ込み、くるりと回転してまた身構えた。
「マルス君……！！」
ボーワダッテ……が俺の横につく。
「あなたの能力でやつの足を掴めますか？」
「やってみよう」
そう言うと、ボーワダッテ……は俺の影に溶けるようにして消えた。キングの表情が変わる。
「こっちだ！！」
まともにやり合う必要はない。キングを仕留めるのはローズとテト。俺は隙をつくるだけ。ならば、やりようはいくらでもある！
剣をキングに向かって投げつけ、作戦本部に向かう。中に転がり込み、入り口の反対側の壁に穴を空けた。
ガルルゥゥ！！
キングも入って来る。
「かかったな！ 犬っころ！！ 上を見てみろ！！」
ウォン？
隙あり……【レンガ固定解除！！】
先ず床のレンガが抜け落ち、キングが体勢を崩す。急いで作戦本部から這い出ると、もう一度【レンガ固定解除！！】。
苦労して作ったドーム状の丸屋根と壁が一瞬で崩落した。しかし、キングに大したダメージはないだろ。
俺は全力である場所を目指す。
ここでいい。ここで決めよう。
立ち止まり振り返ると、レンガの瓦礫の中でキングは肩を震わせながら立っていた。
「はははっ！ やっぱり犬っころは馬鹿だなぁ──」
ギュンッ！！ と風が鳴る。もはやキングの姿を目で追うことは出来ない。しかし、狙いが分かれば防ぎようはある！！
──ガチンッ！！ と音がして短剣が軋んだ。キングの右手の爪は俺の首を狙い、そして防がれた。怒りに満ちた赤い眼が大きく見開かれる。
「今だ！」
「御意！」
ヌッと俺の影から手が伸びてコボルトキングの足首を掴んだ。今しかない……！ しゃがみ込み、コボルトキングの足元に敷き詰められた木レンガに手を触れる。
レンガ職人を舐めるなよ……！！
【レンガ作成解除ォォオオ！！】
固定解除が出来るなら、作成解除も出来る筈。これは前々から検証していた。
キングの足元の木レンガが一瞬光る。そして──。
ドバンッ！！！！
弾けるように一本の大樹が生えた。それはコボルトキングに直撃し、天高く打ち上げる。
「ローズさん！！」
「任せて！！」
物見塔からコボルトキングに向けて赤い光が伸びる。中空でもがいても、ローズの照準は外れない。
誰もが空を見上げた。
赤い光がコボルトキングの体を包み──。
【フレアァァァァ！！】
視界が白く染まった。
