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29. ヒュドラ

 ベネデッタのところに運ばれてきたパフェには、虹色の綿菓子が渦を巻きながら立ち上っていて、横にロリポップが刺さっている。その極彩色の見た目にベネデッタは言葉を失う。


「あははは、なんだこれ」


 ベンは思わず笑ってしまう。トゥチューラでは絶対に見られないぶっ飛んだスイーツに、ベンは日本っていいなと改めて思った。


 ベネデッタは恐る恐るフォークで綿菓子を口に入れ、その見た目とは違った優しい甘みに笑みを浮かべる。


 百面相のように表情をコロコロ変えながらパフェと格闘するベネデッタ。ベンはそんな彼女を見つめ、癒されながらコーヒーをすすった。


 トゥチューラにはコーヒーなんてないので、久しぶりの苦みにベンはちょっとくらくらしながら、それでも懐かしの味に思わずにんまりとしてしまう。


「美味しいですわぁ」


 ベネデッタは口の脇にクリームをつけながら微笑み、ベンは静かにうなずいた。


 こんな時間がいつまでも続けばいいのに……。


 若者のエネルギー渦巻く夢のような空間で、大切な人と過ごす時間の愛しさに、思わずベンは涙腺が緩んでしまう。


 前世では毎日通勤で乗り換えていた渋谷。でも、何もできずに死んでしまい、今、異世界経由で初めて愛しい時間の流れに巡り合えたのだった。


        ◇


「ベン君は、この星の人なんですの?」


 パフェを半分くらいやっつけたベネデッタが上目遣いに聞いてくる。


 ベンはコーヒーをすすり、ベネデッタの美しい碧眼を見つめるとゆっくりとうなずいた。


 ベネデッタはふぅ、と大きく息をつくと、


「ベン君は稀人(まれびと)でしたのね……」


 そう言ってうつむいた。


「黙っていてごめんなさい。シアン様に転生させてもらったんです」


 ベネデッタは長いスプーンでサクサクとパフェをつつき、しばらく考え事をする。


 そして、一口アイスを堪能すると、いたずらっ子の目をしてベンを見つめ、ニコッと笑って言った。


「わたくし、ここで暮らすことにしましたわ」


 ベンは何を言ってるのか分からず、ポカンとしてベネデッタを見つめる。


「ここ、日本でしたっけ? 活気があって、いろんな文化にあふれ、最高ですわ。もうトゥチューラになんて戻れませんわ」


 ベネデッタはそう言って店内を見回し、先進的なファッションに身を包んだ若者たちの楽しそうな様子をうっとりと眺めた。


「ちょ、ちょっと待ってください! 公爵令嬢が日本で暮らす……んですか?」


「あら? だめかしら? お父様もベン君と一緒なら認めて下さるわ」


 ベネデッタは訳分からないことを言って、パフェをまたサクサクとつついた。


 ベンは言葉を失った。一緒に日本で暮らすってどういう事だろうか? なぜ、公爵は自分と一緒なら許すのだろうか?


 ん――――?


 ベンは疑問が頭をぐるぐると回って、首を傾げたまま固まる。


 その時だった、腹の底に響くような衝撃音が渋谷一帯を襲った。


 驚いて窓の外を見ると、建設中の超高層ビルの上で何か巨大なものがうごめいている。よく見るとそれは大蛇の首のようなものだった。その首が九本ほど、獲物を探すかのようにウネウネ動きながら渋谷の街を見下ろしていた。首は一つの巨大な胴体に繋がっており、全長はゆうに百メートルはありそうだ。


「あれは何ですの? イベントかしら」


 ベネデッタは緊張感もなく楽しそうに聞いてくる。しかし、日本にあんな魔物などいない。


「違う、緊急事態だ。逃げよう!」


 そう言って、立ち上がった時だった。


 ポン! と音がしてぬいぐるみのシアンが出てくる。


「ベン君! お願いがあるんだけどぉ」


 と、シアンはおねだり声で、ベンの前で手を合わせた。


「嫌です! さぁ、逃げましょう!」


 そう言ってベネデッタの手を引いた。


 すると、シアンは標的を変え、


「ベネデッタちゃん、日本に住みたいよねぇ?」


 と、ベネデッタに声をかける。


「えっ!? いいんですか?」


 パアッと明るい表情をするベネデッタ。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! まさかあの化け物倒すのが条件とかじゃないですよね?」


「星の間の移住なんて普通は認められないんだよ?」


 シアンは悪い顔でニヤッと笑って言う。


「なぜ、僕なんですか? シアン様が倒せばいいじゃないですか、女神なんだから瞬殺できるでしょ?」


「んー、今、僕の本体は木星で交戦中なんだな。面倒だから木星ごと蒸発させちゃおうかと思ってるんだけど……」


 シアンはそう言って小首をかしげた。


 ベンは意味不明のことを言われて言葉を失う。木星を蒸発させるようなエネルギー量なら、太陽系そのものが吹っ飛びかねないのではないだろうか?


 その時だった、


 ギュワォォォォ!


 化け物の頭九個が全部ベン達の方を向いて雄たけびを上げる。その重低音は渋谷全体を揺らし、そのすさまじい威圧感に皆、パニックになって走り出した。


「どうやらお目当ては君のようだゾ」


 シアンはニヤッと笑う。その瞳には、子供が新しい遊びを見つけた時のようなワクワク感があふれていた。

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