6.猿とチャラ男は犬猿の仲
「猿ー、なんか面白ぇ事しろよ」
「猿と呼ぶなと言っているでしょう、チャラ男。あと、私が今本を読んでいるのが分からないんですか?」
昼休み。
俺、織田信長が屋上に来た時から秀吉と長可はこんな感じで険悪ムードだった。あと、俺にまとわりついてくる蘭丸がマジでうざったい。
俺は秀吉と森兄弟を臣下にしてこんな平和な世で天下なんて言う訳の分からんものを取るために日々精進しなくてはならなくなった。
だが、主としてここで一つ言わせてもらおうか。まとまりなさすぎねぇか?ほかの仲間を探さなきゃいけないのに誰一人動こうとしないうえ、探さないかと言ってみると、秀吉は……。
「生徒会長なのでそれなりに情報探っていますから、分かり次第報告します」
とか言って一人でやってるし、蘭丸はやる気はあるけど使えないし、長可はそもそもやる気さらさらないし。まったく、こんなにバラバラで天下なんて取れると思ってんのか? このバラバラ感はさすがに問題だと思うぞ。
………………ていうか。
「蘭! お前はいつまで俺にくっついてる気だ!? いい加減離れろ!!」
ボコッ
「痛いっ!! 信長様、酷いじゃないですか、打つなんて」
「嬉しそうに言うな、このドM! てか、様付けやめろっつってんだろ!」
「様付けしないなんて、僕の忠誠心に反します!!」
「お前のは忠誠心じゃねぇだろうが! 崇拝だ崇拝! そんで、いちいち近寄ってくんな、変態!!」
「へばぁ……!?」
はぁ、はぁ……。キモすぎて回し蹴りぶちかましてしまった。もうほんとにやだこの変態崇拝者。どうにかしてくれ、頼むから。もうここは兄弟に頼んでみるしかねぇな。思い立った俺は長可に声をかけた。
「おい、長可。蘭丸はお前の弟だろ。どうにかしやがれ」
「はあ? 蘭が気色悪いくらいのノブオタクなのは全員が知ってる事実だぜ? 兄貴の俺様が何か言ったって変わりゃしねぇって」
そう言われれば確かにそうだが、それでも今後の俺の精神がおかしくなりそうで怖ぇんだよなぁ……。てか、長可、なんか機嫌悪くね?
「つーか、そんな事より俺はなー、このクソ猿が気に食わねぇのよ」
「私は何もしていませんが? クズ男を喜ばせるような芸を知りませんし、貴方を喜ばせてもなんの得にもならないからスルーしているだけなのですが。あと、猿って言わないでください。私より貴方のがよっぽど猿です」
そういえば、豊臣秀吉って織田信長から『猿』って呼ばれてたとかって話が有名だよな。あれ?でも……。と、俺は二人の会話を聞いていて思ったことを口に出す。
「猿って呼び始めたの、俺じゃなくねぇか?」
「違いますね。というか、前世で貴方に猿なんて呼ばれたことは一度たりともありませんよ」
で、ですよねー! 俺の前世の記憶はやっぱ間違ってなかったみてぇだわ。良かった……。
前世の記憶で秀吉を猿って呼んでる奴って、今の俺の記憶の中だと一人しかいねぇんだが。ま、まさか……。
と、俺はそろーりとその人物に目を向ける。
「あ? 何見てんだ?」
「い、いや……。あのさ、確認だけどさ、猿って呼び始めたのってさ……」
「あー、うん。俺、長可様だけど?」
やっぱかぁああ!!
「超適切な渾名だろ? な? 猿くん!」
「…………信長、いい加減、この糞阿呆をぶっ飛ばしてもいいですか?」
ひ、秀吉がキレてる!? 秀吉がキレるとすっごく面倒なんだよ! 前世の記憶で見た限りすっごく面倒臭い。いつも冷静な秀吉が異常なくらい喧嘩っ早くなる。俺でも止められるかどうかって時があるっていうのに……。てか、蘭丸はまだへばってんのか!?
そう思って、後ろを振り返って見ると……。
や、やべぇ。目が合っ……。
「信長様、次はもっと強くお願いしますね!」
立つ気力はないのか、寝転んだまま親指を立てて笑顔で言い放つ。
そして、そんな蘭丸を見て俺の中で何かがブッチリ切れた。
「それしか言えねぇのかてめぇはぁああああ!!」
「へぶっ!?」
ズッシャアアアア、と蘭が再び屋上の床に転がる。お望み通り、強めに顔面を蹴っ飛ばしてやったが、満足かこのマゾ野郎。
駄目だ、蘭丸は使えねぇ。本当の役たたずだ。ここは俺一人でどうにかするしか……。そう思って、険悪な空気を纏う秀吉に声をかける。
「ま、まあ、秀吉、待てって! な、落ち着こ!」
「これが落ち着いていられますか? 前世でも長可のことなんか本当に嫌いでした。関わりたくない程に嫌いでした。それが今世では同級生、しかも、問題児。関わりたくもないのに、先生共には生徒会長だから面倒見ろと言われ……、挙句の果てに同じ臣下の立場? 反吐が出ますね」
「あ? それはこっちの台詞だっての。俺様から女は奪っていくわ、殿には悪さチクるわ。しかも、真面目すぎな上、いちいち俺のやることなすこと見て突っかかってきやがって、ストーカーかっての。こっちだってお前に面倒見られたくもねぇし、同じ臣下とか最悪だわ」
「女を奪ったってなんですか? 私は貴方の選ぶ派手な女になんて微塵も興味ありませんよ。あ、あと、言っときますけど向こうから寄ってくるんですよ。まあ、それだけ貴方の男としての魅力が劣っているって言ってしまうようなものですが、ふっ」
ピキッと長可の額に青筋が入る。
「…………こんの、糞眼鏡猿!! ぶっ殺す!」
「どうぞ? 受けて立ちますよ」
って、二人とも変身しとるがなあぁああ!?
「おい! 流石に学校で異能力はまずいだろ!? 二人とも落ち着け!」
俺はなんとか二人を落ち着かせようと間に入る。だが、秀吉も長可も聞く耳を持たない。
「どいてろ、ノブ。どっちが上かってことを分からせてやる」
「信長、ここは黙って見ていてください。この阿呆の口を封じてやります」
「ほう? やれるもんならやってみやがれ、クソ猿」
「ふっ、その言葉、後悔しても知りませんよ」
ダメだ、止まらない。二人とも本気だ。これじゃ、学校が大変なことになるのは目に見えてる。
ていうか…………。
こんなしょうもねぇことで喧嘩してんじゃねぇよ! 昔っからしょうもない言い争いばっかしやがって。なんかこんなどうでもいい喧嘩を必死に止めようとしてあわあわしてた俺が馬鹿みたいじゃねぇか。
しかも、一応、主人である俺を無視して喧嘩続けるとかどういうことなんだ? 主もくそもねぇじゃねぇか。しかもまだうだうだ口喧嘩してるし。あー、だんだんムカついてきたぞ。
「決着つけようぜ! 猿!」
「望むところです」
長可が鉈を、秀吉が槍を振り上げて戦おうとしたその時。
ガキーーーンッ!
「…………てめぇら、いい加減にしろよ」
二人のしょうもない喧嘩にブチ切れた俺は変身して、間に入って二刀で鉈と槍を止めた。そしてそれを振り払って刀をしまうと、俺はいつもより低い声で告げた。
「長可、秀吉……。お前ら、正座しろ」
「「は、はい……」」
二人は俺がキレていることにビクついて、大人しく言うことを聞いて正座する。それを見て、俺は言い放った。
「お前ら、異能力使って喧嘩するのはいいが、場所を考えろ。ここは学校だ。周りに気を配れ。あと、そんなしょうもない喧嘩で異能力使うな。止める方のことを考えろ。長可、お前は秀吉が気に食わねぇからっていちいちちょっかい出すな。秀吉も、長可が嫌いだからってつっかかんな。前世も言ったが、止めて欲しくないなら俺のいない所でやれ。わかったか、この馬鹿ども」
「ごめんなさい」
「すみません」
「分かったならよし。…………蘭丸、いつまでお前はそこで転がってんだ。もうすぐ昼休み終わるからとっとと起きろ」
「は、はい……」
蘭丸、お前、怒られてねぇのに何でビビってんだ。訳が分からねぇ。まあ、俺、キレると冷酷なのは昔からだからな。昔を思い出して本能的にビビってんのかな。
昼休みもあと五分で終わるという予鈴を聞いて、騒がしかった場を一気に冷めさせた俺はそのまま変身を解き、馬鹿な臣下たちをおいて教室に戻った。
はぁ……、こんなまとまりない集団で大丈夫か?
前途多難だ……。