1.織田信長とお市
戦火十四年四月。
朝日がカーテンから透けて差し込む。その光で気持ち良く目を覚ます人が多いだろう。しかし。俺___織田信長はその朝日に気付いた瞬間、不機嫌になった。
「………もう朝かよ」
俺がこうぼやいたのには理由がある。
今日からめでたく戦将学園高校の新入生である俺に昨夜六時過ぎに一本の電話がかかってきた。丁度夕飯の時間だったので、ジャンケンで負けた妹が出たのだが、その電話の相手は俺に用だった。渋々電話に出るとなんと戦将学園の教員だった。
『織田信長くん、ですね?』
「はい、そう、ですけど……。あの、ご用件は何でしょうか?」
『はい、実は毎年始業式で新入生の話がありまして、そこで話す生徒は必ず入試でトップの成績を取った生徒なんです』
「はあ…。それで何故俺に……?」
『新入生代表として話して頂きたいんです。今日中に話す内容を考えて頂きたいんですが、よろしいでしょうか?』
「はあ…。っては!? えっ、俺ですか!?」
『はい、そうです』
ちょ、ちょちょ、ちょっと待て………。あ、あり得ねぇだろぉおおおお!!
心の中で焦りまくって必死にツッコミを繰り出した俺だが、電話に向かってはきちんと冷静に返した。
「な、なにかの間違いではないでしょうか。俺、そんなに頭良くないんスけど…」
『いえ、間違いじゃありません。トップは貴方ですよ、織田くん。今見ている結果一覧に書かれているので間違いないです』
「いや、でも、ホントに俺、トップ取れるような能力はないんですが……」
『貴方の言い分は分かりました。しかし、話はして貰わないと困るのでお願いします。では、失礼します』
「あっ、ちょっ………!」
プーップーップーッ___と俺が断りの言葉を言う前に電話は切られてしまった。
お、おいぃいいいい!! 切るんじゃねぇええ!!
ガチャンっと雑に電話を置き、食卓に戻る。
妹が電話の内容を聞いてきたので話すと、妹は食べながら俺に言う。
「お兄様がトップなんて間違いでしょう。でも、頼まれたんですから頑張って下さいね」
「手伝ってくれたりとかは………」
「できたらいいのですが、私は言葉を考えるのは苦手ですから無理です」
…………笑顔でやんわりと返された。
という訳で。徹夜で考えていたのだ。
なんとか書き終えたけど、これでいいのかどうか……。いや、いい筈だ。なにせ徹夜で考えたんだからな!いや、でもなぁ…。
徹夜で働かない頭を回転させていると下の階から妹の声が聞こえてきた。
「お兄様! 朝食の支度ができましたわよ!」
「んー、はーい。今行くー」
覇気のない声で妹に返事をした。
……はあ、取り敢えず朝飯食いに行こう。椅子から立ち上がりドアを開けて部屋を出たその瞬間。
「うわぁあああああ!? いってぇ………。市! 飛び付くなって何回言ったら分かんだよ!?」
「あら、いつもの事なのですから慣れて下さいまし、お兄様」
「誰が慣れるか! 誰が!!」
朝からドターンッと派手に倒れる俺。そして俺に抱きついてきたこの黒髪ロングの可愛い少女。俺の妹の市だ。
織田家は代々美形とは聞いているが、市はその中でも相当な美形だ。クリクリとして大きな漆黒の瞳。サラサラで流れるような美しく艶やかな黒髪。潤った桜色の唇。どこからどう見ても美女としか言いようがない。
そんな市は残念なところが一つ。
「お兄様、クマができてますわ。寝不足ですの? 私が直して差し上げましょうか」
「ばっ、か……っ! 近い近い!! 何しようとしてんだよ!?」
「お兄様の瞳にキスを…………」
「ふぎゃぁあああ!! やめろやめろ! 危険な図になる! 母さん!! 市をどうにかしてくれ!!」
「母様に助けを求めても意味ありませんわよ。私のブラコンは今に始まった事ではないのですから」
そう、この可愛い少女は超超超ブラコンなのだ。
幼い頃からこの重たい愛を受けてきたが、まだ彼女が幼かったので多少は許していたのだ。しかし、俺は高校一年生、市は中学一年生。いい年頃だ。三つ離れているからといって相手の魅力に惹かれてしまう。特に市は超絶可愛いので、俺の心臓は恋愛感情がある訳でもないのにバクバクと鳴っている。
俺は強制的に彼女を引き剥がして立ち上がる。
「……っ。いいから、朝飯食いに行くぞ!」
俺は市を置いて階段を駆け降りた。すると彼女はトコトコと階段を降りてきて俺に抱き付く。
「うふふっ、お兄様。だーい好きですわ」
「あーはいはい。俺も好きだよ」
棒読みで市の言葉に返すが、彼女は俺の「好き」の一言を聞けて嬉しいらしく、特に俺の口調に気に留めなかった。
そういやぁ、夢でもこんな出来事しょっちゅうあったな。
俺は市が生まれて彼女を見た日に夢を見た。それは昔の記憶のような夢で、夢の中でも俺は市と兄妹だった。そして、彼女のブラコンは健在だった。
恐らく俺の昔の記憶。名前も一緒だった。あのかの有名な戦国武将と同じ名前なので皆名前は分かる筈だ。
しかし、色んな人が出てくるのに、俺が顔も名前も分かるのは市だけ。後の人は皆顔がぼやけてしまっていて、名前を呼んでいる筈なのにそこだけが切り取られてその人の名前を知る事ができない。
誰なのだろうと気になるが、時が来たら思い出すのではと確信は無いのに直感で感じていた。
市に記憶があるのかどうかも分からない。まあ、いいか。今は。
俺は市に抱き付かれたままダイニングの方に向かった。
*
朝食。俺は今おかしな状況の中にいる。
「おい、市」
「はい、お兄様」
「何コレ?」
「何って、『あーん』ですわよ」
「んな事はわかる!! 何で俺がされてんの!? おかしいだろーが!!」
何故母さんも父さんも何も言わないのだろう。俺以外、織田家は頭がイッてんのか?心配だ。
市の行動にギャーギャー喚く俺と頬を染めながらあーんをしてくる市、そしてそれをそのまま放置の両親。最早悟りを開いてるレベルで市の行動に慣れたのだろう。だが、俺は慣れたりしないぞ。やられてる本人は耐えらんないからな。
微笑ましいとか、母さん、感想がおかしい。マジ織田家女性陣、一回脳味噌診てもらった方がいいと思う。
朝食は市の言いなりになって終え、歯を磨き、洗顔等を終わらせて家を出た。
…………朝から疲れた。