黒猫ツバキとプラナリアの魔法
登場キャラ紹介
コンデッサ……ボロノナーレ王国に住む、有能な魔女。20代。赤い髪の美人さん。
ツバキ……コンデッサの使い魔。言葉を話せる、メスの黒猫。まだ成猫ではない。ツッコミが鋭い。
プラナリア……本作で出てくるのは名前だけ。「ウズムシ」とも呼ばれる、ちっこくて平べったい動物(体長は1~3センチ)。驚異的な再生能力を持つ。切っても分裂して増えるため、時代劇では最強の敵「プラナリ悪代官」としてしばしば登場する(嘘)。
ここは、ボロノナーレ王国の端っこにある村。……の外れにある、魔女コンデッサのお家。
コンデッサが、己が使い魔である黒猫のツバキへ向かって自信満々に語りかける。
「ツバキよ。私は、素晴らしい新魔法を発明することに成功したぞ!」
「おお~、凄いニャ。それで、ご主人様。どんにゃ魔法?」
「聞いて驚け! 名称はズバリ、《プラナリア魔法》だ!!!」
「〝プラニャリア〟って、何?」
黒猫が小首をかしげる。
「ツバキは、プラナリアを知らないのか?」
「知らないニャ」
「プラナリアは、とてつもない復元能力を持った生命体でな。体を2つに切ると、各々の切断面から欠損した部分が再生されるんだ。つまり『1匹を切ったら~、これは仰天! 2匹になりました』という結果を得られるのさ」
「プラニャリアさんのビックリさは分かったけど、それをどういう風に魔法に活用するニョ?」
「ふっふっふ。まぁ、見ていろ」
コンデッサはテーブルの上にお皿を置き、ステーキを載せる。
「ここに、ステーキが1枚ある」
「見れば、分かるにゃ」
「このステーキに《プラナリア魔法》を掛けるぞ」
びびびびび!
コンデッサがステーキへ向け、魔法を放つ。
「そして、このステーキをナイフで切り分けると……」
「ステーキが2枚になったニャ。でも、大きさは元の半分……ニャ!?」
ツバキが、驚きの声を上げる。なんと、2つに切り離されたステーキのそれぞれが、切断面からジワジワと再生し始めたのだ。やがて2枚とも、元のステーキそっくりになる。
すなわち、1枚のステーキが、同じ大きさの2枚のステーキになったという次第。
コンデッサは、得意気な表情になった。
「どうだ? ツバキ。とっても、お得な魔法だろ?」
「ワンダフルにゃ! これにゃら、どんにゃに食べてもステーキは減らないニャン。ステーキ食べ放題ニャ! アタシ、初めてご主人様を尊敬したニャ!」
「〝初めて〟というセリフが少々引っ掛かるが……まぁ、良い。この魔法によって、切断後に量が自己増殖したステーキのことを〝プラナリアステーキ〟と呼ぶことにしよう」
「…………」
「略して〝ナリステ〟」
「……にゃんかパッとしないネーミングだけど、そこは、ご主人様の好きにすれば良いニャ」
「何をブツブツ呟いてるんだ? ツバキ」
「ニャニも言ってないにゃ。……それにしても、不思議な魔法だニャ~。『質量保存にょ法則』や『等価交換にょ原則』を丸っきり無視してるニャン。増えた分のお肉は、いったいどこから来てるのかニャ?」
「細かいことは気にするな、ツバキ」
「ご主人様が、大雑把すぎるのニャン」
「ともかく、早速ナリステを頂こう」
「分かったニャ!」
魔女と黒猫は、仲良くナリステを1枚ずつ食べることした。しかし口に入れた途端、主従は揃って微妙な顔になる。
「……こにょステーキ、パサパサしてるニャン」
「……歯ごたえが、スカスカだな。どうなってるんだ?」
「ひょっとしてニャリステって、外見は元のステーキそっくりでも、中身のお肉の量は違うんじゃ……」
「そ、そんな筈は……」
コンデッサは再びナリステを作り、その目方を量ってみた。すると、元のステーキの半分の重さしか無かった。
「見掛けニョ大きさは同じとは言え、実際の量は2分の1しか無かったニョね。やっぱり、いくらご主人様とは言え、『質量保存にょ法則』や『等価交換にょ原則』には逆らえなかったニョにゃ」
「くそ! そのような自然界のルールなどに、私は負けないぞ」
「潔く敗北を認めるニャン、ご主人様」
「負けぬ! 退かぬ! 媚びぬ!」
「ご主人様は、覇王でも目指すのかニャ?」
♢
数日後。
「ツバキよ。私は以前の欠点を改良した新しい《プラナリア魔法》、その名も《プラナリア魔法・改》を発明したぞ」
「ご主人様、まだ諦めていなかったニョ?」
「当たり前だ」
間を置かずに《プラナリア魔法・改》の効果を試す、コンデッサ。
1枚のステーキが、2枚のナリステになった。
「よし。ナリステの重さを量ってみるぞ」
「おお~。1枚のステーキと1枚のニャリステの重量が、一緒ニャン」
「どうだ! これでステーキが正真正銘、2倍になったことが証明されたな。私は、実に偉大な魔女だ。立派すぎる。まさに、覇王。正直に言えば、自分の才能が、ときどき怖くなる」
「ニャリステを食べるにゃん」
「自慢をスルーされると、それはそれで空しい……」
コンデッサとツバキは、並んでナリステを食べた。そしてまたしても、どちらも微妙な表情になる。
「にゃんか……このニャリステ……美味しく無いニャン」
「確かに。通常のステーキの、半分くらいの旨さしか無いな」
「…………」
「…………」
「きっと質量は同じでも、旨味の素は半分になっちゃったのニャン」
「そんなオカしなことが……念のため、栄養成分を調べてみるか」
調査したところ、ナリステ1枚には一般的なステーキの2分の1の栄養素しか含まれていないことが判明した。
「結局、ニャリステは2枚食べなきゃ、1枚のステーキと同じだけの栄養摂取は出来ないのニャ」
「…………」
「それも、あんまり美味しくにゃいニャリステを……」
「…………」
「ご主人様は『1枚のステーキに《プラナリア魔法》を掛けて10等分すれば、10枚のナリステを得られて満腹だ~』って豪語してたけど、そのニャリステは普通のステーキの10分の1の美味しさしか無いニャン。間違いなく、皮靴みたいな味がするはずニャ」
「…………」
「アタシは、皮靴を食べたことは無いけど」
「……………」
「ご主人様は、皮靴を食べたことあるニョかな?」
「……………」
「やっぱり、『質量保存にょ法則』や『等価交換にょ原則』は絶対なのニャ」
「私は、敗北を認めない! 負けを認めたら、そこで試合終了となってしまう」
「これは、試合では無いニャ」
♢
また数日後。
「ツバキよ。私は改良に改良を重ね、ついに《プラナリア魔法》の完成形である《プラナリア魔法・改改》を発明したぞ」
「ご主人様の執念こそ、怪怪にゃん」
「猫のたわ言など、聞く耳もたん。私の全力を、その眼でキチンと見定めるが良い。今度の《プラナリア魔法》は、完璧だ。『質量保存の法則』や『等価交換の原則』も恐るるに足らず!」
そう高らかに宣言するや、コンデッサは意気揚々と1枚のステーキへ《プラナリア魔法・改改》を放った。
びびびびびび!
「2枚に切り分けて……と」
「どっちのステーキも、ムニュムニュと量が増え始めたニャン」
「ほら、2枚のナリステが出来上がったぞ」
「大きさは両方とも、前のステーキと一緒にゃんネ」
「重さを量ってみろ。目方も同じだぞ。栄養成分の量も、変わっていない」
「食べてみるニャ………にゅにゅにゅ! 美味しいニャン!」
「そうだろう! この2枚のナリステは、元のステーキと、味も量も栄養も全く同じだ。マイナス点など何処にも無く、そっくりそのまま2倍になったのだ。プラナリアの復元能力を魔法で再現する――この偉業を、私は見事に成し遂げた!」
「ご主人様は、本当に優秀にゃ魔女だったんニャね~。いま、初めて知ったニャン」
「〝初めて〟というツバキのセリフが、どうしても引っ掛かるんだが……ともかく、偉大なる魔法使いである私の前では『質量保存の法則』や『等価交換の原則』も為すすべが無かったという訳さ」
「凄いにゃ! ご主人様。天井を突き破るほど、驕り高ぶってるニャン。調子に乗りすぎニャ!」
「ハッハッハ。そんなに私を褒めるなよ、ツバキ」
驕り高ぶり、調子に乗ったコンデッサは《プラナリア魔法・改改》を使いまくった。
ステーキへ《プラナリア魔法・改改》を施して10等分し、10枚のプラナリアステーキを作り……。
マグロ切り身に《プラナリア魔法・改改》を施して10等分し、10枚のプラナリアマグロ切り身を作り……。
チーズケーキへ《プラナリア魔法・改改》を施して10等分し、10個のプラナリアチーズケーキを作り……。
マスクメロンに《プラナリア魔法・改改》を施して10等分し、10個のマスクメロンを作った。
他にもイロイロな高級食材に、《プラナリア魔法・改改》を掛けまくる。
「美味しいモノ、いっぱいニャ~」
「どんどん食べろ。いくら消費しても構わないぞ。《プラナリア魔法・改改》で、あっと言う間に増やせるからな」
「贅沢三昧にゃん」
「食費を節約しつつ、豪奢な食生活を存分に味わえるなんて、満足この上も無いな」
「ハッピーにゃ」
「善き哉、善き哉」
浮かれ気味のコンデッサとツバキ。主従の幸福な日々は、永遠に続くかと思われた。
しかし……。
♢
悲劇の日は、唐突に訪れた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! なんだ、コレ――――――――!?」
家中に響きわたるような音量で、コンデッサが悲鳴を上げる。
主の元へ、すぐに駆けつける使い魔。
「ご主人様、どうしたニョ?」
ツバキがやって来たのにも気付かず、コンデッサは棒立ちになっていた。預金通帳を顔の前で開き、目を皿のようにしながら、記入されている数字を何度も見返している。
黒猫は、魔女の肩にピョンと跳び乗った。そして、マジマジと通帳を覗き込む。
「ニャニャ!? 残高が、ちょっぴりに、ニャっちゃってるニャン!」
「……ああ、ツバキか。どうして、こうも預金額が減っているのか、訳が分からない。引き出された形跡も無いのに、預けたお金は何処へ消えたんだ? このままでは、生活がヤバいぞ。家計が大ピンチだ!」
「銀行さん側のミスかニャ?」
「それは無いと思う。魔女銀行の信頼度の高さは、ボロノナーレ王国随一だしな。何か理由があるはず……」
「ご主人様、無意識のうちに贅沢したり、余計な出費をしたりニャんてことは……」
「そんな馬鹿なこと……贅沢……余計な出費……ハ! まさか」
何かを悟ったのか、コンデッサは1枚のステーキを持ってくる。
「ご主人様。何をするニョ?」
「ちょっと、試してみたいことがあってな。……《プラナリア魔法・改改》!!!」
びびびびびび!
魔法を浴びたステーキを切り分ける、コンデッサ。
それぞれの肉片は増殖し、2枚のナリステになった。すると同時にコンデッサの通帳の預金高が、ステーキ1枚の金額分、少なくなる。
「…………」
「……ニャ~」
「……もう1度、確認するか。ツバキ、通帳を見ていてくれ」
「了解にゃん」
「ケーキに《プラナリア魔法・改改》を当てて10等分し……うん。プラナリアケーキが、10個できたぞ」
「ご主人様~。ご主人様の預金通帳にょ残高から、ケーキ9個分の金額が消えたニャン」
「…………」
「……これこそ、『質量保存にょ法則』『等価交換にょ原則』ニャン」
「…………」
「プラニャリアさんだって、1匹から2匹になるためにょエネルギーは、外から貰ってるのニャン」
「…………」
「ご主人様の《プラニャリア魔法・改改》は、預金通帳からエネルギーを頂いていたわけニャ」
「…………」
「ご主人様。まだ《プラニャリア魔法・改改》を使うニョ?」
「使わない」
「あと、明日からニョ生活費は……」
「…………」
♢
それからしばらくの間、やけにコンデッサが一生懸命に仕事をするので、知り合いの魔女たちは「あの怠け者のコンデッサが……」と驚いたという。
♢
「飽食の暮らしは、泡のように消えちゃたニャン。〝濡れ手に粟〟かと思ったら、〝濡れ手に泡〟だったのニャ」
「あの夢のごとき時間は、もう戻っては来ないんだな……」
「《プラニャリア魔法》によってもたらされた、夢にょ時間……まさしく、あれは〝プラニャリ時間〟だったニャン」
「…………」
「プラニャリ時間は、終わっちゃったのニャ。待っているにょは、現実にゃ」
「プラナ現実が、悲しい……」
「ご主人様、プラニャリ精力的に頑張るニャン。生活費のために!」
「プラナリアイアイサー!!!」
「無理しちゃダメにゃよ」
「じゃあ、寝る」
「働くニャ」
コンデッサとツバキは、今日もプラナリ相変わらず仲良しである。
ツバキ「ちなみにプラニャリアさんは分裂して増えるわけだから、プライベートにゃリアルは無いのニャ。それで名前が〝最も欲しいモノ〟――『プラ(イベート)にゃリア(ル)』になったんだと、アタシは思うニャン」
コンデッサ「見事な推理だな」
ツバキ「そうなのニャ」
コンデッサ「全く、的外れだけどな」
ツバキ「にゅ!?」
※プラナリアの語源は、ラテン語の『planarius(平たい面)』です。