表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

黒猫ツバキと魔女コンデッサ

黒猫ツバキとプラナリアの魔法

作者: 東郷しのぶ

登場キャラ紹介

 コンデッサ……ボロノナーレ王国に住む、有能な魔女。20代。赤い髪の美人さん。

 ツバキ……コンデッサの使い魔。言葉を話せる、メスの黒猫。まだ成猫ではない。ツッコミが鋭い。

 プラナリア……本作で出てくるのは名前だけ。「ウズムシ」とも呼ばれる、ちっこくて平べったい動物(体長は1~3センチ)。驚異的な再生能力を持つ。切っても分裂して増えるため、時代劇では最強の敵「プラナリ悪代官」としてしばしば登場する(嘘)。

 ここは、ボロノナーレ王国の端っこにある村。……の外れにある、魔女コンデッサのお(うち)


 コンデッサが、(おの)が使い魔である黒猫のツバキへ向かって自信満々に語りかける。


「ツバキよ。私は、素晴らしい新魔法を発明することに成功したぞ!」

「おお~、凄いニャ。それで、ご主人様。どんにゃ魔法?」

「聞いて驚け! 名称はズバリ、《プラナリア魔法》だ!!!」

「〝プラニャリア〟って、(にゃに)?」


 黒猫が小首をかしげる。


「ツバキは、プラナリアを知らないのか?」

「知らないニャ」

「プラナリアは、とてつもない復元能力を持った生命体でな。体を2つに切ると、各々(おのおの)の切断面から欠損(けっそん)した部分が再生されるんだ。つまり『1匹を切ったら~、これは仰天! 2匹になりました』という結果を得られるのさ」

「プラニャリアさんのビックリさは分かったけど、それをどういう風に魔法に活用するニョ?」

「ふっふっふ。まぁ、見ていろ」


 コンデッサはテーブルの上にお皿を置き、ステーキを()せる。


「ここに、ステーキが1枚ある」

「見れば、分かるにゃ」

「このステーキに《プラナリア魔法》を掛けるぞ」


 びびびびび! 

 コンデッサがステーキへ向け、魔法を放つ。


「そして、このステーキをナイフで切り分けると……」

「ステーキが2枚になったニャ。でも、大きさは元の半分……ニャ!?」


 ツバキが、驚きの声を上げる。なんと、2つに切り離されたステーキのそれぞれが、切断面からジワジワと再生し始めたのだ。やがて2枚とも、元のステーキそっくりになる。

 すなわち、1枚のステーキが、同じ大きさの2枚のステーキになったという次第(しだい)


 コンデッサは、得意気な表情になった。


「どうだ? ツバキ。とっても、お得な魔法だろ?」

「ワンダフルにゃ! これにゃら、どんにゃに食べてもステーキは減らないニャン。ステーキ食べ放題ニャ! アタシ、初めてご主人様を尊敬したニャ!」

「〝初めて〟というセリフが少々引っ掛かるが……まぁ、良い。この魔法によって、切断後に量が自己増殖したステーキのことを〝プラナリアステーキ〟と呼ぶことにしよう」

「…………」

「略して〝ナリステ〟」

「……にゃんかパッとしないネーミングだけど、そこは、ご主人様の好きにすれば良いニャ」


「何をブツブツ(つぶや)いてるんだ? ツバキ」

「ニャニも言ってないにゃ。……それにしても、不思議な魔法だニャ~。『質量保存にょ法則』や『等価交換にょ原則』を丸っきり無視してるニャン。増えた分のお肉は、いったいどこから来てるのかニャ?」

「細かいことは気にするな、ツバキ」

「ご主人様が、大雑把(おおざっぱ)すぎるのニャン」

「ともかく、早速ナリステを頂こう」

「分かったニャ!」


 魔女と黒猫は、仲良くナリステを1枚ずつ食べることした。しかし口に入れた途端、主従は揃って微妙な顔になる。


「……こにょステーキ、パサパサしてるニャン」

「……歯ごたえが、スカスカだな。どうなってるんだ?」

「ひょっとしてニャリステって、外見は元のステーキそっくりでも、中身のお肉の量は違うんじゃ……」

「そ、そんな筈は……」


 コンデッサは再びナリステを作り、その目方(めかた)を量ってみた。すると、元のステーキの半分の重さしか無かった。


「見掛けニョ大きさは同じとは言え、実際の量は2分の1しか無かったニョね。やっぱり、いくらご主人様とは言え、『質量保存にょ法則』や『等価交換にょ原則』には逆らえなかったニョにゃ」

「くそ! そのような自然界のルールなどに、私は負けないぞ」

(いさぎよ)く敗北を認めるニャン、ご主人様」

()けぬ! 退()かぬ! ()びぬ!」

「ご主人様は、覇王(はおう)でも目指すのかニャ?」



 数日後。


「ツバキよ。私は以前の欠点を改良した新しい《プラナリア魔法》、その名も《プラナリア魔法・(かい)》を発明したぞ」

「ご主人様、まだ(あきら)めていなかったニョ?」

「当たり前だ」


 間を置かずに《プラナリア魔法・改》の効果を試す、コンデッサ。

 1枚のステーキが、2枚のナリステになった。


「よし。ナリステの重さを量ってみるぞ」

「おお~。1枚のステーキと1枚のニャリステの重量が、一緒ニャン」

「どうだ! これでステーキが正真正銘、2倍になったことが証明されたな。私は、実に偉大な魔女だ。立派すぎる。まさに、覇王。正直に言えば、自分の才能が、ときどき怖くなる」

「ニャリステを食べるにゃん」

「自慢をスルーされると、それはそれで(むな)しい……」


 コンデッサとツバキは、並んでナリステを食べた。そしてまたしても、どちらも微妙な表情になる。


「にゃんか……このニャリステ……美味しく無いニャン」

「確かに。通常のステーキの、半分くらいの(うま)さしか無いな」

「…………」

「…………」

「きっと質量は同じでも、旨味(うまみ)(もと)は半分になっちゃったのニャン」

「そんなオカしなことが……念のため、栄養成分を調べてみるか」


 調査したところ、ナリステ1枚には一般的なステーキの2分の1の栄養素しか含まれていないことが判明した。


「結局、ニャリステは2枚食べなきゃ、1枚のステーキと同じだけの栄養摂取(せっしゅ)は出来ないのニャ」

「…………」

「それも、あんまり美味しくにゃいニャリステを……」

「…………」

「ご主人様は『1枚のステーキに《プラナリア魔法》を掛けて10等分すれば、10枚のナリステを得られて満腹(まんぷく)だ~』って豪語してたけど、そのニャリステは普通のステーキの10分の1の美味しさしか無いニャン。間違いなく、皮靴(かわぐつ)みたいな味がするはずニャ」

「…………」

「アタシは、皮靴を食べたことは(にゃ)いけど」

「……………」

「ご主人様は、皮靴を食べたことあるニョかな?」

「……………」

「やっぱり、『質量保存にょ法則』や『等価交換にょ原則』は絶対なのニャ」

「私は、敗北を認めない! 負けを認めたら、そこで試合終了となってしまう」

「これは、試合では無いニャ」



 また数日後。


「ツバキよ。私は改良に改良を重ね、ついに《プラナリア魔法》の完成形である《プラナリア魔法・改改(かいかい)》を発明したぞ」

「ご主人様の執念こそ、怪怪(かいかい)にゃん」

「猫のたわ言など、聞く耳もたん。私の全力を、その眼でキチンと見定めるが良い。今度の《プラナリア魔法》は、完璧だ。『質量保存の法則』や『等価交換の原則』も恐るるに足らず!」


 そう高らかに宣言するや、コンデッサは意気揚々(ようよう)と1枚のステーキへ《プラナリア魔法・改改》を放った。


 びびびびびび!


「2枚に切り分けて……と」

「どっちのステーキも、ムニュムニュと量が増え始めたニャン」

「ほら、2枚のナリステが出来上がったぞ」

「大きさは両方とも、前のステーキと一緒にゃんネ」

「重さを量ってみろ。目方(めかた)も同じだぞ。栄養成分の量も、変わっていない」


「食べてみるニャ………にゅにゅにゅ! 美味しいニャン!」

「そうだろう! この2枚のナリステは、元のステーキと、味も量も栄養も全く同じだ。マイナス点など何処(どこ)にも無く、そっくりそのまま2倍になったのだ。プラナリアの復元能力を魔法で再現する――この偉業を、私は見事に成し遂げた!」


「ご主人様は、本当に優秀にゃ魔女だったんニャね~。いま、初めて知ったニャン」

「〝初めて〟というツバキのセリフが、どうしても引っ掛かるんだが……ともかく、偉大なる魔法使いである私の前では『質量保存の法則』や『等価交換の原則』も()すすべが無かったという訳さ」

「凄いにゃ! ご主人様。天井を突き破るほど、(おご)り高ぶってるニャン。調子に乗りすぎニャ!」

「ハッハッハ。そんなに私を褒めるなよ、ツバキ」


 驕り高ぶり、調子に乗ったコンデッサは《プラナリア魔法・改改》を使いまくった。


 ステーキへ《プラナリア魔法・改改》を(ほどこ)して10等分し、10枚のプラナリアステーキを作り……。 

 マグロ切り身に《プラナリア魔法・改改》を施して10等分し、10枚のプラナリアマグロ切り身を作り……。

 チーズケーキへ《プラナリア魔法・改改》を施して10等分し、10個のプラナリアチーズケーキを作り……。

 マスクメロンに《プラナリア魔法・改改》を施して10等分し、10個のマスクメロンを作った。


 他にもイロイロな高級食材に、《プラナリア魔法・改改》を掛けまくる。


「美味しいモノ、いっぱいニャ~」

「どんどん食べろ。いくら消費しても構わないぞ。《プラナリア魔法・改改》で、あっと言う間に増やせるからな」

贅沢三昧(ぜいたくざんまい)にゃん」

「食費を節約しつつ、豪奢(ごうしゃ)な食生活を存分に味わえるなんて、満足この上も無いな」

「ハッピーにゃ」

()(かな)、善き哉」


 浮かれ気味のコンデッサとツバキ。主従の幸福な日々は、永遠に続くかと思われた。

 しかし……。



 悲劇の日は、唐突(とうとつ)に訪れた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! なんだ、コレ――――――――!?」


 家中に響きわたるような音量で、コンデッサが悲鳴を上げる。

 (あるじ)の元へ、すぐに駆けつける使い魔。


「ご主人様、どうしたニョ?」


 ツバキがやって来たのにも気付かず、コンデッサは棒立ちになっていた。預金通帳を顔の前で開き、目を皿のようにしながら、記入されている数字を何度も見返している。

 黒猫は、魔女の肩にピョンと跳び乗った。そして、マジマジと通帳を(のぞ)き込む。


「ニャニャ!? 残高が、ちょっぴりに、ニャっちゃってるニャン!」

「……ああ、ツバキか。どうして、こうも預金額が減っているのか、訳が分からない。引き出された形跡も無いのに、預けたお金は何処へ消えたんだ? このままでは、生活がヤバいぞ。家計が大ピンチだ!」

「銀行さん側のミスかニャ?」

「それは無いと思う。魔女銀行の信頼度の高さは、ボロノナーレ王国随一(ずいいち)だしな。何か理由があるはず……」

「ご主人様、無意識のうちに贅沢したり、余計な出費をしたりニャんてことは……」

「そんな馬鹿なこと……贅沢……余計な出費……ハ! まさか」


 何かを(さと)ったのか、コンデッサは1枚のステーキを持ってくる。


「ご主人様。何をするニョ?」

「ちょっと、試してみたいことがあってな。……《プラナリア魔法・改改》!!!」


 びびびびびび!


 魔法を浴びたステーキを切り分ける、コンデッサ。

 それぞれの肉片は増殖し、2枚のナリステになった。すると同時にコンデッサの通帳の預金高が、ステーキ1枚の金額分、少なくなる。


「…………」

「……ニャ~」


「……もう1度、確認するか。ツバキ、通帳を見ていてくれ」

「了解にゃん」


「ケーキに《プラナリア魔法・改改》を当てて10等分し……うん。プラナリアケーキが、10個できたぞ」

「ご主人様~。ご主人様の預金通帳にょ残高から、ケーキ9個分の金額が消えたニャン」


「…………」

「……これこそ、『質量保存にょ法則』『等価交換にょ原則』ニャン」


「…………」

「プラニャリアさんだって、1匹から2匹になるためにょエネルギーは、外から貰ってるのニャン」


「…………」

「ご主人様の《プラニャリア魔法・改改》は、預金通帳からエネルギーを頂いていたわけニャ」


「…………」

「ご主人様。まだ《プラニャリア魔法・改改》を使うニョ?」

「使わない」

「あと、明日からニョ生活費は……」

「…………」



 それからしばらくの間、やけにコンデッサが一生懸命に仕事をするので、知り合いの魔女たちは「あの(なま)け者のコンデッサが……」と驚いたという。



飽食(ほうしょく)の暮らしは、泡のように消えちゃたニャン。〝濡れ手に(あわ)〟かと思ったら、〝濡れ手に(あわ)〟だったのニャ」

「あの夢のごとき時間は、もう戻っては来ないんだな……」

「《プラニャリア魔法》によってもたらされた、夢にょ時間……まさしく、あれは〝プラニャリ時間(アワー)〟だったニャン」

「…………」


「プラニャリ時間(アワー)は、終わっちゃったのニャ。待っているにょは、現実にゃ」

「プラナ現実(リアル)が、悲しい……」

「ご主人様、プラニャリ精力的(アグレッシブ)に頑張るニャン。生活費のために!」

「プラナリアイアイサー!!!」

「無理しちゃダメにゃよ」

「じゃあ、寝る」

「働くニャ」


 コンデッサとツバキは、今日もプラナリ相変(あいか)わらず仲良しである。

ツバキ「ちなみにプラニャリアさんは分裂して増えるわけだから、プライベートにゃリアルは無いのニャ。それで名前が〝最も欲しいモノ〟――『プラ(イベート)にゃリア(ル)』になったんだと、アタシは思うニャン」

コンデッサ「見事な推理だな」

ツバキ「そうなのニャ」

コンデッサ「全く、的外れだけどな」

ツバキ「にゅ!?」


※プラナリアの語源は、ラテン語の『planarius(平たい面)』です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] >預金通帳からエネルギー な、なるほど~~~~~~~! すごい説得力! コンデッサ、がんばれ……。 魔法というまったく未知の不可思議な力なら、なんでもアリだと思考放棄していましたが、そ…
[一言] 泡 粟 アワーの畳みかけるような言葉遊びが面白かったです。 預金がすっからかんになってた時のコンデッサの焦り具合を想像すると笑えないですね(面白かったです この手の話はあとで必ずしっぺ返し…
[良い点] ツバキの突っ込みが鋭いです! 『アタシ、初めてご主人様を尊敬したニャ!』←ツバキがご主人様をどう思ってるのかわかって爆笑しました。あと、着地点が上手いなと思いました。プラナリア魔法でどう落…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ