あたためられる
「あ、あ、ぁあたため、てください」
もう慣れている。私が喋ると笑う人間には。
マニュアル通りのお前の「ありがとうございました」の何万倍も私の言葉には魂があんだよ。そんな言葉がただ頭の中で流暢に飛び交う。
目の前で人身事故を目撃した日から、私はうまく話せなくなった。吃音症は進もうとする私の足をつかんで離さない。自己紹介では笑われ、音読では飛ばされ、意地の悪い奴らは私をばかにして真似をする。
どれほど嫌でも辛くてもそれすら自分の言葉で伝えられない無力さに嫌気がさす。
両親は私の吃音症が元で離婚し、母は家を出て行ってしまった。その時も、何も言えなかった。
コンビニのパスタは案外美味い。私の思い描くあの味とは少し違うけれど。
忘れ物みたいにぽつりとそこにあるこの公園のベンチは、私にとてもよく似合っていると思う。
いつも通りの晩御飯。慣れた手つきでビニールを剥がし、食べ始める。
すると、緑のTシャツをきた少年が私の隣に座った。小学校高学年くらいに見えるその少年は何も言わず、ただ隣に座っていた。
沈黙に耐えかねて声を出す。
「ここここここんな夜に、だっだ大丈夫?」
今日は特に調子が悪い。気持ち悪く思われるだろうな、と星もない空を見上げる。
「このパスタ、美味いよな。一口くれよ」
予想していた返事と違った。少年は私からフォークを受け取ると、くるくるとパスタを巻き取って、大きく一口食べた。
「わわわ私の話し方、変だと思わない……?」
少年の持つ雰囲気のために、つい聞いてしまった。
「思わない」
即答だった。その瞬間に抱えてきたものが少し、すっと軽くなるのを感じた。
「俺は何度注意されても靴下を裏返したまま洗濯機に入れてしまう。それと変わらない。誰だって苦手なこととか不得意なことはあるよ。ちょっとくらい喋るのが下手でも、俺にパスタをくれた。それで十分だろ」
そう行って少年はベンチを立つ。無愛想だがまっすぐな目。夏の夜の生ぬるさを初めて心地よいと思った。
小さくなって行く少年の背中。
「く、くち!ミートソースついてるよ!」
少年は恥ずかしそうに振り返り
「次はカルボナーラがいい!!」と言って駆けて行った。
簡単なことでひどく悩んでしまう夜は、好物でも食べて自分の機嫌を取っています。
夜のプリン、サイコー。
アドバイス、感想等お待ちしています。
無味ノ山羊