03
殺される未来を回避するために必要なのは、現状を把握し持っている情報を確認することだ。というわけで、私は部屋に戻るなりすぐさまその作業に取りかかることにした。
情報を整理するにはまず書き出すのが一番だろう。私は本棚や引き出しから、子どもの頃に勉強用として使っていた古いノートを引っ張り出し、まだ未使用のページが残っているものを探し出す。
紙は貴重だ。使用人に頼めば新しいノートを手配してもらえるが、再利用できるならその方がいい。古いノートの再利用など、昨日までの私では考えもしなかったことだ。どうやら記憶が戻ったことで、私の金銭感覚はすっかり貴族令嬢から庶民思考へと変わってしまったらしい。まあ、身の丈に余る贅を尽くして散財するよりはマシだろう。
ああ、そういえば前世でもこうやって色んな物を節約してグッズや本を買い集めたっけな……。転生したというのに、未だに捨てられたグッズたちのことを思い出すと胸が痛む。今世では何かハマってもむやみに関連グッズを集めるのはやめよう。後々大切にできなかったと後悔するのは自分だ。世の中何があるかわかったものじゃない。
コスプレ衣装は……私、男性キャラクターのコスしかやってこなかったからな。それもモブ専門。とてもじゃないけれど貴族令嬢の趣味にはできないだろう。こちらも諦めよう。
そんなことを決意しながら探し始めること数分、幸い何冊か、まだページの残っているノートを見つけることができた。特に文法のノートなどは、丁度卸したばかりの時に基礎学習を終えたらしく、ほぼ未使用のような状態だった。
私は部屋を片づけると、書斎机に向かってノートを広げる。何から書き出せばいいだろう。やはりゲーム本編の流れから書くべきだろうか。私は前世の記憶を思い出しながら、第一作目からの大まかな流れと設定、それから私の知り得る限りのこの国の情報を書いていく。
乙女ゲーム『聖と魔を巡れるスフィア』は、近代ヨーロッパ風の世界観をベースにしたハイ・ファンタジーだ。大聖霊の加護を受ける王国スフィリティアが舞台となる。
この国では古くから精霊信仰が根づいており、王室も教会も精霊たちを大切にしている。中でも最も霊力が高く、あらゆる精霊たちを統べる存在を大聖霊と呼び、主神として祀っているのだ。
そのため、この国ではどんなに魔力の強い人間でも、精霊たちと契約し、その力を借りて魔法を使うことが一般的だ。契約の儀式は通常、十五歳の誕生日の祝福の時に行われる。精霊との契約に魔力量は関係なく、単純に契約者が精霊に気に入られるかどうかが条件となる。とはいえ精霊からすれば人間は庇護の対象となるらしく、大抵の場合は何らかの精霊が無条件で契約を結んでくれる。そのため貴族だけでなく、庶民でも十五歳になったら教会で儀式を受けるのが一般的だ。
ただ、そんな精霊たちでも契約を拒否するケースがある。契約者が精霊たちの力に頼らず、自力で魔法を扱う人間だった場合だ。「精霊を伴わない魔法は他者に危害を加える暴力に他ならない。身の丈に合わぬ力を自らの意志で操ろうとする傲慢さが、精霊たちの怒りを買うのだ」というのが一般的な俗説らしい。実際、精霊を伴う魔法(精霊術)は癒しや守りに徹したものが多く、他人を傷つけることはできない。自分を守る術にはなっても、人を攻撃する手段にはならないのだ。
そのため、この国で精霊術以外の魔法を学ぶことはタブーとされている。自力で魔力を操る者は魔に属する者という考え方なのだ。魔女や魔術師といった存在も忌避され、他国との国交もほとんどない。唯一国交が盛んなのは、法力大国と名高いアーベントロートだけだ。
アーベントロートは魔法よりも法術と呼ばれる術が一般的に使われている。魔法と法術の違いはよくわからないが、若い頃アーベントロートの神官だった母に言わせれば「自分の持ち得る知識と技術を使って魔力を操るのが魔法。信仰を持って修行を積み、神への祈りによって魔力を解放するのが法術」らしい。そしてどうやらこの国では「法術は神への祈りの結果だから、精霊の力を借りて行使する精霊術と同系列である」と認識されている。
話がずれたが、要はこの国は神や精霊の力を伴わない魔力の行使、つまりは魔法を極端に嫌っているのだ。そして魔法を使う人間は「魔族」と呼ばれ、長年差別されてきた。そう、この国では「魔族」という言葉は魔法を使う人間のことを指しているのだ。前世では魔王の配下などの亜人のことを魔族と呼んでいたが、この国にそんな超人的なものはいない。いないと思う、多分。
サルヴァシヨン家が『魔族公』と呼ばれるのも、初代公爵の時代から徹底して精霊術に頼らず自らの魔法を戦いや生活の基盤とし、魔法を扱う人間を自分の領地に集め治めているからだ。そして魔法は攻撃する手段にもなり得るので他の領地の人間からは非常に恐れられている。
因みにサルヴァシヨン家をはじめとする国内の魔族を疎ましく思い、押さえつけようとする派閥は「嫌魔族派」、サルヴァシヨン家の重要性を理解し、魔法にも理解を示してる派閥は「親魔族派」と呼ばれている。我がフェリス家は父の代から親魔族派だが、教会の権力が強いせいで国内の貴族には圧倒的に嫌魔族派が多い。
とはいえサルヴァシヨン家は代々王室に揺るぎない忠誠を誓っているし、戦争などの事態になれば真っ先に戦場へ駆り出される。この国の戦力はほとんどサルヴァシヨン家が握っていると言っても過言ではない。実際「サルヴァシヨン家を敵に回せばこの国は滅びる」とまで歴史書に書かれているくらいなので、嫌魔族派もそう易々と手が出せないのだ。
続編が始まるまでは。
……しまった。推しのことなのでついついサルヴァシヨン家について一生懸命書いてしまった。世界観についてはこのくらいにして、そろそろ第一作目の流れから書き出そう。
物語は、ヒロインが十五歳の誕生日の祝福を受けるところから始まる。精霊契約の儀式を行ったヒロインの前に、大聖霊が降臨するのだ。大聖霊の降臨など数百年に一度あるかないかの大珍事。このため彼女は国から聖女として認められ、庶民でありながら十六歳になる年に王侯貴族が通う王立学園へ入学させられる。
そこで出会った攻略対象たちとの学園生活を経て、彼らと結ばれるか、それとも聖女として一生を教会に尽くすかの選択を迫られる、というのが大筋の内容だ。
プレイ期間はヒロインの入学から攻略対象が卒業するまでなので、相手のキャラによって様々だ。しかし設定もストーリーも王道らしく、メインヒーローはこの国の王太子だったり、その婚約者である令嬢がライバル兼悪役として登場したりする。
ゲーム開始当初、サウル様は留年生という設定で、最終学年である三年に籍を置いていた。家の都合で滅多に登校することはないが、時折ふらりと現れては、攻略対象たちとの関係や進路で悩むヒロインにアドバイスしていくというサポートキャラクターだ。
なぜ留年生なのかゲームでは明確な理由は語られなかったが、先ほどのお兄様の話から察するに、おそらく家督を継いだことによる屋敷内の混乱と、慣れない領地経営で多忙を極めていらっしゃったからだろう。なぜなら同じく在学中に家督を継いだお兄様が正にそうだったからだ。
図らずも本編の謎が一つ解けてしまった……。
(って、そうじゃない)
ついつい現実逃避したくなる思考を慌てて元に戻す。
サウル様がサポートキャラになった場合、卒業後も度々学園へ顔を出し、ヒロインの相談にのってくれる。しかし、リメイク版では実装されたサウル様ルートが存在する。サウル様を頼らずにひとりで問題を解決していこうとする選択肢を選ぶと、サウル様との友情エンディングが見られるのだ。恋愛エンディングではないが、続編のサウル様エンディングへと繋がる会話もあったりするため、ファンの間では結構重要なルートだったりする。
「問題は、一年生の時点でヒロインが誰を選ぶか……」
相手は誰でもいいが、私が死亡を回避するには、ヒロインの在学中に何としても攻略対象の誰かと恋愛エンディングを迎えてもらわなければならない。なぜなら続編のヒロインは卒業まで誰とも恋愛関係にならなかったという設定なのだから。
それでなくともサウル様は、初対面で自分を嫌悪しなかったヒロインにかなり好意的だ。いくら親友の妹兼婚約者というポジションとはいえ、私は悪役令嬢。続編への展開になってしまったら死亡フラグしかないように思う。
続編を回避できるのなら、それに越したことはない。