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私が、可愛くないから。
そうだ、本当はわかっている。容姿なんか関係ない。褒められても素直にありがとうと言えない、次の約束をされても後ろめたさを感じてしまう、折角お友達を紹介されても打算を織り交ぜてつき合いを制限しようとする、捻くれてしまっている私のこの性根が、何よりも一番可愛くない。
だけど私の言葉はサウル様に強く抱きしめられることで遮られてしまった。
「あの庭で初めてお会いした時、貴女はたくさんの花に囲まれながら静かに佇んで、伺うように私を見ていた。貴女の銀色の髪が、陽の光を反射して美しくきらめいていて、夕日色の瞳は好奇心に輝いていて、とても眩しく感じたのを憶えています」
「……閣下?」
「二度目にお会いした時、夢中になってサクラを見ていた貴女は本当に愛らしかった。私が魔法で出した花束を、本当に嬉しそうに受け取ってくださった。あの夢見るような微笑みは、まだ私の目に焼きついています」
「あの、閣下」
「午前中、二人で市を回っていた時も貴女はとても可愛らしかった。はじめはあんなに怯えていたのに、手を繋ぎながらゆっくりと見て回っているうちに、いつもの明るい笑顔を見せてくれるようになって。ああ、私は貴女に信頼されているのだと、とても嬉しくなりました」
ひやあああああ!! 先ほどからサウル様が語っているの私のこと!? 私のことよね!? 三百パーセントくらい美化されているけれどそうよね!? は、恥ずかしいいいい!! ええ!? 私こんなにサウル様に観察されてたの!? 嘘でしょ!?
両手で耳を塞ぎたいけれど、サウル様にきつく抱きしめられているせいで身動きがとれない。ちょっともうこれ以上は恥ずかしすぎて耐えられないんですけど!! 私は堪らずに抗議の声を上げる。
「閣下! もういいです、閣下……!!」
「いいえ、まだ足りません。ご自分がいかに魅力的であるか、貴女にはきちんと自覚して頂かないと。……ああ、慣れないサンドウィッチを一生懸命に頬張っている貴女もとても可愛らしかったですね。食べ方がわからなかったでしょうに、頑張って私の食べ方をまねして……食事中でなければ抱きしめていたかもしれません」
ひえっ!? しかも私がサウル様を観察していたことまでバレてる!? こ、怖い! ごめんなさい!!
「舞台を見て一喜一憂する貴女も素敵でした。さっきまで笑っていたかと思えば次のシーンでは涙を堪えていたり。表情がころころと変わるのが本当に愛らしくて、いつまでも見ていられると思いました」
「ごめんなさい閣下! もう言いません! もうあんなことは言いませんから許してください!!」
「駄目ですよ、この程度で音を上げてしまっては。貴女の素敵なところはまだまだたくさんあるのですから、全部聞いて頂かなくては」
「全部!?」
全部ってどれくらい!? 私は頭の中が真っ白になった。
その後、馬車が屋敷に着くまで延々とサウル様は、私の「可愛いところ」を列挙し続けた。新手の拷問ですね。どうしてこうなった……?
◆ ◆ ◆
「本日はありがとうございました」
「ええ、こちらこそ。……楽しかったですか?」
「はい、お陰様で」
一日楽しく過ごしたのは本当です。疲れましたけれども。ええ、最後はものすごく疲れましたけれども!
ぐったりとした気分で馬車を降りながらも、できるだけ笑顔は崩さないようにする。ううう、まだ頬が熱い。でもここで気を抜いたらどんな攻撃、もとい口撃がくるかわかったものではないので、努めてしゃんと見せておく必要がある。……決して馬車の中で「照れている貴女も可愛い」と囁かれたことを警戒しているわけではない。
「最後になりましたが、こちらを。今日はまだお渡しできていませんでしたから」
そう言ってどこからともなくサウル様が取り出したのは、いつもの魔法の花束だ。サウル様はあの日から一度たりともこの花束を欠かしたことがない。とても律儀だ。今日の様子からしても絶対にモテるに違いないのに、どうして今私の婚約者でいるのだろう。私の可愛い可愛くないはひとまず置いておいて、他にも縁談はたくさんあったのでは? 謎すぎる。
「ありがとうございます」
私はありがたく花束を受け取った。何だかんだ言ってこうしてサウル様から花束を頂けることをとても嬉しく感じてしまっている自分がいる。婚約を解消したら、きっとこういうのもなくなるのだろう。婚約している間くらいはこのときめきを感じることくらい許されるはずだ、と思ってしまう辺り、私は自分に甘い。大丈夫、ちゃんと憶えています。上辺だけのおつき合い。忘れてません。
頂いた花束をじっと見る。まるで葉っぱのような、大きなピンク色の三枚の花びらの中に、更に白い小さな花が三つ咲いているという、不思議な見た目の花だった。だけど華やかで可愛らしい、花らしい花だ。きっと私なんかより、ヒロインやローレンス様の方がお似合いになるだろう。胸の奥がちりりと痛んだのは気のせいだろうか。
(花って、花の中にも咲くんだな……)
「ベル嬢」
つい現実逃避に馬鹿げたことを考えていると、名前を呼ばれた。顔を上げた瞬間に、サウル様の顔がふっと近づいてくる。
(……え?)
頬に触れた柔らかい感触に一瞬、思考が停止した。何が起きたか理解した瞬間、ぼっと顔から火が出そうなほど熱くなる。は? え? は!?
真っ赤になって口をぱくぱくさせることしかできない私を満足げに眺め、にこにことしながらサウル様が言う。
「また明日会いに来ます、私の可愛い婚約者殿」
「!?」
では、とこちらに背を向けて、再び馬車に乗って去って行く後ろ姿を呆然と見送るしかできなかった。それからしばらく、ルイーザが呼びに来てくれるまで私はそのままぼーっと突っ立っていた。
頂いた花の名前と花言葉は後でまたルイーザから教えてもらった。花はブーゲンビリアという名前らしい。そしてピンクのブーゲンビリアには「あなたは魅力に満ちている」という意味があるらしく……それを聞いた途端、何だか無性に泣きたくなった。いや、お風呂でひとりで湯船につかっている時に実際泣いた。何で泣いてしまったのか自分でもわからない。嬉しいのか、悲しいのかもわからなかった。
翌日から、サウル様は会いに来てくださる度に何かしら私を褒めるようになった。褒めてくださる内容は髪型だったり、服装だったり、その時の会話の受け答えであったり、多岐に渡る。ただ、私のことを本当によく見てくださっているのだということがわかるので照れくさいことこの上ない。しかも帰り際には決まって「また会いに来ます、私の可愛い婚約者殿」と頬か額にキスして行くのだ。破壊力がすさまじい。え? 待って? もしかしてこの習慣、婚約が解消されるまでずっと続けられるんですか? 無理。心臓が保ちません!