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「何か考え事ですか?」


 サウル様に声をかけられ、私はようやく我に返った。いけない。行きと同じくまた思考に耽ってしまっていた。

 慌てて向かいの席を見ると、サウル様がとんとんと人差し指でご自身の眉間を叩く。


「難しい顔をなさっていたので」

「あ……すみません……」


 どうも眉間に皺が寄っていたらしい。淑女失格だ。


「何を考えていらしたんです?」

「えーっと……とても素敵な方だったなと思って」


 断罪シナリオを回避するためにどうすればいいか考えていました、なんて口が裂けても言えない。苦肉の策で最後の方に考えていたことだけを答えることにした。


「とても明るくて、お可愛らしい方でしたね。初対面の私にも気兼ねなく話しかけてくださいましたし、閣下ともとても仲が良さそうで……」

「……もしかして、嫉妬してくださいました?」

「はい?」


 予想外の言葉に目を丸くしてサウル様を見る。サウル様は少し困ったような笑みを浮かべた。


「その様子だと、私の勘違いのようですね。もし貴女が私のことで嫉妬してくださったら嬉しいと思ったのですが……」


 確かに仲はよろしそうだと思ったけど、嫉妬? 私が? ローレンス様に?

 ありえない。想像するだけで滑稽だ。私と彼女では月とすっぽん。比べるだけでも恐れ多い。私は思わず笑ってしまった。


「そんなまさか……あんな素敵な方とはとてもじゃありませんが張り合えません。競ったところで私の負けが見えています。こう見えて身の程は弁えているつもりですのよ」

「なぜ?」

「……え?」

「なぜ、ご自分がローレンス嬢よりも劣っているとお思いに?」


 なぜ? そんなの決まっている。彼女はモブなんかじゃない、ちゃんとバックグラウンドが用意された本物の悪役令嬢で……でも人気投票では他の攻略対象を押さえて三位にまで登り詰めた魅力的なキャラクターで……ああ、でもこれはゲームの話だ。こんなことをサウル様に説明したところでどうしようもない。


「その……ローレンス様は大変お可愛らしいですし……」

「それは貴女もでしょう? 私にはローレンス嬢よりも、貴女の方が余程可愛らしく見えますが」

「いやいや、さすがにそれはあり得ませんよ」


 サウル様の突拍子もない言葉に、ついつい真顔になってしまった。しかしサウル様は私のこの反応がお気に召さなかったらしい。珍しく眉を顰めて私を見つめ返す。


「なぜです?」

「なぜって、それは……だって、私はお父様似ですし」

「ええ、先代ご夫妻も揃って美しい方たちでしたね。貴女はお二人に似てとてもお美しいですよ」

「うっ……で、でも、あまり顔立ちは女の子らしくないというか……」

「どの辺りが?」

「ま、眉、とか……?」


 なぜ私はこんな風にサウル様に詰問されているのだろう。そして答えているうちに段々と自分が何を言っているのかわからなくなってきた。どうしてか、サウル様と話していると自分が間違っているような気分になってくる。いや、私は間違っていない、はず。なんだけど……。


「眉ですか? すっきりと整っていて美しいと思いますが」

「で、でも、何というか! きりっとしすぎてると言いますか! そう、目もつり上がってるし!!」

「はい、猫の子のようで大層愛らしいかと」

「猫!?」


 何このさっきから全力で肯定してくるスタイル!? お兄様でも乗り移ってるの!?

 いやいや、確かにぱっちりとしたつり気味の可愛らしい目のことを猫目とか言いますが、私のは本当にそんなにいいものじゃないんですってば! あああ、どうやってご説明すればいいの!?


「おかしいですね」


 サウル様がひらりとした身のこなしで向かい側の座席から私の隣へと移動してきた。え!? 何で!?

 呆気にとられている私の両肩を掴み、間近でじっと見つめられる。この世のものとは思えない美貌に目前まで迫られ、私は緊張に身を硬くした。この至近距離は拷問です。


「貴女はご両親からも、サムからも、使用人たちからも、随分と可愛がられて育ったと聞いています。それなのにどうしてそんなにご自分に自信がないのです?」

「ど、どうして、って……」


 途端、喉に貼りついたかのように声が出せなくなる。深い緑色の双眸は、まるで私の内心を見透かしているかのようだ。脳内に次々と浮かんでくるのは過去、私を傷つけた言葉の数々。


――あんなブス、好きになるわけないじゃん。ちょっと優しくしただけでつきまとわれて、いい迷惑だよ。ブスのくせに色気づいて必死にこっちの興味惹こうとしてんのマジキモイ。あーあ、どうせ好かれるなら、もっとかわいい子が良かったなー。

――つき合ってる? そんなわけないでしょ? 簡単にヤらせてくれそうだったから近づいただけだよ。実際ちょっと「カワイイ」っていったらすぐヤらせてくれたよね。ま、そういうバカなとこは確かにカワイイけどさ。

――ちょっと家事ができるからって調子に乗るなよ。大した見た目もしてないんだから、身形くらいもっとまともになるよう努力しろ。俺に恥をかかせるな。お前みたいなやつ、他に貰い手なんかないんだからな。


 そうだ、私は可愛くない。本当に可愛かったら、こんな言葉は投げられたりしなかった。私は自分が可愛くないということを、人から愛されるような人間ではないということを、絶対に忘れてはいけないのだ。でなければまた騙されて、傷つけられて、終わってしまう。だからどんなに褒められても、それを鵜呑みにしてはいけないのだ。


「ベル嬢? ……ベル嬢!」

「あ……」


 軽く肩を揺すられ、私ははっと現実に戻された。見ればサウル様が酷く苦しそうな顔で私を見ていた。なぜ、あなたがそんな悲しい顔をなさるの。


「申し訳ありません、過ぎたことを言いました。貴女にそんな顔をさせるつもりはなかった……」

「閣下のせいではありません。私、私、が……」


 私が、可愛くないから。

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