アメリカから来た少女 ダイナマイトシゲ 後編
一時間目、二時間目と深い眠りについていた良典であったが、三時間目はまるで別人のようにスッキリと目覚めていた。
「イオン化傾向の順番からすると~、Mgの方が先だから~」
見た目は子ども、頭脳は大人を地で行く野乃先生の化学であった。
「良典君?」
「は、はヒャイ!?」
まさかいきなり指されると思ってなかった良典は派手に舌を噛んだ。
「何か分からない事はありませんか~?」
「……いつも思うんですけど、プラチナとか水銀って実生活で使う機会ありますかね?」
「ありますよ~~。水銀は古いですが体温計に。プラチナは──フフ、結婚指輪に使いますからね~~」
結婚指輪、その言葉に良典の顔が綻んだ。
(あのボーイ……もしかしてロリコン野郎なのデスカー?)
そんな良典を見て、ダイナマは素直な異様さを感じた。
昼休み、良典は楓と委員長と三人で屋上でランチに勤しんでいた。
「あれ? 西村は?」
「知らないわよ! 例のエロい転校生と一緒じゃないの!?」
「なぁ楓……なんで委員長怒ってるんだ?」
「知美様は達夫様をお慕いしております故……」
「へっ!? マ、マジ……!?」
「そこっ! 煩いわよ!!」
委員長がギラリと良典を睨み、良典はそれ以上提言する事が出来なくなった。
五時間目は体育であり、今日はプールが行われた。
プールの半分を男子側、もう反対を女子側とし、女子側には明らかに浮いた水着を着たダイナマが燥いでおり、動く度に派手に揺れるシリコンバレーを拝もうと、男子達の目線はダイナマに釘付けとなっていた。
「これで総ての男子は私の虜デース!」
「はーい、タイムを計りますよ~」
女子の監督役として、野乃先生がちんちくりんな水着の上に子どもサイズの白衣を身に纏い、プールサイドに鎮座していた。
「あれは……野乃先生!!」
良典は野乃先生に気付くや否や、授業そっちのけで野乃先生をウォッチし続けた。しかしそれを咎める者は居なかった。何故ならば体育教師ですらダイナマのフロストベルトに釘付けであったからだ。
「野乃先生~」
良典が無邪気に手を振ると、野乃先生は笑顔で手を振り返した。良典はそれだけでやる気が漲った。
(やはりロリコン野郎のペドフィリア星人デシタカー!!)
ダイナマは相手にされぬ怒りで、今にも爆発しそうであった。
事件は放課後に起きた。
──ガッ!
──ガッ!
帰ろうとした良典を、ダイナマの取り巻き達が拉致監禁し拘束した。
「こうなれば恥ずかしい写真をばら撒いて社会的にdeleteしてヤリマース!」
ダイナマが指を指すと、そこには申し訳なさそうな顔をしてダイナマイトを手にする西村が居た。
「西村!? おい! 何をする気だ!!」
「すまない……こうすれば俺は一番に……アメリカファースト出来るんだ……!!」
ズボンを脱がされパンツ姿にひん剥かれた良典は、手にしたダイナマイトの先を向けられ、自らの身に何が起きるのか直ぐに察知した。
「おいまさか……俺のケツに──!?」
「故郷に錦を飾るのデース!」
拘束され抵抗できない良典のヒップに、容赦無いケツダイナマイトが迫る──!!
「お待ち下さい……」
「誰デース!?」
待ったを掛けたのは楓だった。
「ココは関係者以外立ち入り禁止デース!」
ダイナマがアゴで取り巻きを操り追い払おうとする。
「御ほもの匂いがしました故」
楓が使われていない空き教室の隅で拘束された良典を見付けると、拳を強く握り締めた。
「ゆ、許しません……!!」
「Oh! ヤル気デースカー!? キャットファイトは得意中の得意デース!!」
「良典様は攻めで御座います!!」
空き教室に楓の声が響いた。
「……は?」
「……ふぁっ!?」
ダイナマと良典は謎の声を上げた。
「良典様が西村様にお尻爆弾をせねば、このカップリングは成立致しませぬ!!」
楓は訴えた! 訴えたが、その訴えが何なのかはダイナマには伝わらなかった!!
「喧しいデース! 野郎共やってしまいなサーイ!!」
「御ほもに国境はありません!」
楓は薄い本を盛大にばら撒いた。本の中身が開かれ、そこには西部開拓時代に、自らの肉体を激しくぶつけ合うカウボーイの熾烈な戦い(意味深)が描かれていた。
「ぐわぁ! なんと濃厚なホモなんだ……!!」
それは委員長が徹夜して完成させたガチホモ本であり、ダイナマのアメリカンにどっぷりと浸かってしまったとりまきたちにとって、劇薬以外の何物でも無かった。
「目が! 目が腐るー!!」
取り巻き達は次々と目を押さえ、空き教室から逃げ出した。
「楓ー、耐性のある西村も死んでるぞー」
「知美様は『自身の最高傑作』と申しておりました故……」
「そ、そうか……」
良典は拘束が解け、自由になると、西村の顔に落書きを始めた。
「俺に仕打ちをした罰だ」
楓はダイナマに近寄ると、一冊の薄い本を差し出した。
表紙にはアメリカンなヒーローとダークな悪役が可愛らしいタッチで描かれており、中には啀み合う二人が火花を散らす戦いから一瞬にして朝チュンするいつもの内容であった。
「…………マイヒーロー……ううっ!」
ダイナマは何故かその場に泣き崩れた。
「どゆこと?」
「御ほもに国境はありませぬ……彼女もまた、御ほもに救われたのです」
「……訳が分からん」
──翌日、ダイナマの制服はお淑やかになっており、髪も黒になっていた。
「変わりすぎじゃないか?」
「態度を改め、ワタシもヤマトナデシコシコになりマース」
「でもあの乳は反則よね。あれだけで男子はご飯三杯はいけるわね」
「良典様も大きい方が宜しいのですか?」
少し冷ややかな視線で楓が問うも、良典はポケットからスマホを取り出し画面を見つめた。
「いや、俺は別に…………」
「流石良典様で御座います」
スマホの画面には水着に白衣の野乃先生と良典のツーショットが写っており、良典は既にご飯七杯を平らげていた。
「何々? 何の話?」
「あ、スケベ野郎が来たぞ」
顔を出した西村の額には『スケベ野郎』と書かれており、それに気付かぬ西村は暫く皆の笑いものにされた。