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大和撫子とBL本 後編

  ――翌日――


「……ふぁぁ~~っ!」


 リンゴが入りそうな程に大きい欠伸を一つ。良典は自然な目覚めと共に時計に目をやった。


 時刻は朝の9時


「ファッ!?」


 完全な遅刻が約束され、良典は逆に落ち着きゆっくりと着替えを始めた。しかし直ぐに異変に気が付いた。


「──楓はどうした?」


 良典の母親は朝早くから弁当屋のバイトへと出掛け、登校時は楓だけが頼みの綱であったが、まだその姿はおろかインターフォンすら鳴っていない。


 嫌な予感がした良典はバタバタと支度を急ぎ、慌てて家を飛び出し、学校とは反対に楓の家の前へ。大きな門は冷たく閉められており、良典は心を落ち着かせ指を上げた。



  ──ピンポーン……



 インターフォンを押す良典の指は微かに震えており、嫌な予感が的中していないことを心の中で強く願い続ける。



「……はい。月見里ですが……」


 インターフォンから聞こえたその低くくぐもった声は怒りを胎んでおり、良典の顔が恐怖で僅かに滲む。それでも良典は拳を握り締め、声を発した。


「あ、あのー、楓さんは?」


「わざわざ迎えに来てくれたか。すまない、今日は訳あって学校を休む」


「な、何があったんですか!?」


 インターフォンを切られぬよう、食い気味に問う良典。しかし、どう見ても事情を知っていそうな声色に、良典は不信感を持たれてしまった。


「……どうやら君にも話を聞かないといけないようだな。入りたまえ」


 良典は幼少の頃より楓の父の恐ろしさは身に染みて分かっていた。一度ボール遊びで盆栽を割った時、それはそれはど偉い剣幕で子どもの良典を怒鳴りつけ、親まで呼び出され長々と説教を喰らった事があったのだ。



「お、お邪魔しますー……」


 こそらーっと門を開けゆっくりと思い足取りで玄関を目指す良典。松の木が立ち並び、沢山の盆栽や池の鯉が泳ぐ庭を歩き、ついに玄関へと辿り着く。




  ──ガラガラ……



 静かに玄関を開けると、そこには仁王立ちで待ち構える楓の父が居た……。


「お、おはようございます……」


「うむ、おはよう」


 への字に口を曲げ、見るからに不機嫌極まりない楓の父。そして家の奥からは楓の啜り泣く声が聞こえていた。



「君にはコレについて伺いたい」


 ポンと玄関に投げ出されたそれは、無残にも酷く破られており、僅かに見えたラミネート加工の修道服を見て、良典は悪い予感が的中したと全てを悟った。


「昨夜、娘の部屋の灯りが何時までもついていると思えば、コレを枕にうたた寝をしておった!!」



(アホー! 律儀に部屋の灯りを付けやがって! ましてや普段夜更かしなんか絶対しないからこうなるんじゃーい!!)


 良典は俯きながらも心の中で楓の不始末を責めるも、時既に遅し、全ては後の祭りである。



「コレは君の仕業かね?」



 それは非情な質問であった。



 正直に答えてしまうと委員長と楓を見捨てる事になる。委員長がどうなろうが良典にとって構いはしないのだが、この本を自室で預かる約束をした以上、楓とは一蓮托生である。


 しかし良典の入れ知恵と言えば良典は二度と楓に近付くことを禁止されるであろう。そして楓は堅苦しい生活を送り続ける。


 それが嫌だからかどうかは良典の知るところでは無いが、BLに興味を持ち、更には禁を破ってまで持ち帰り、そして今泣いている。


 良典にとって、それだけの材料があれば、楓が現状に満たされていないと判断するに、苦しくはなかった。



「どうなのだね!?」


「──!!」


 威圧的なオーラが一段と濃くなり、良典はいよいよ質問に答えなくてはいけなくなってしまった……。



「……拾いました」


「なに?」


 良典は当たり障りのない嘘をつくことにした。時間稼ぎにしかならないと分かっていても、そうせざるを得なかったのだ。



「昨日、道端で拾いました。そしてイタズラで何も知らぬ楓さんに渡しました。夜に自分の部屋で開けるようにと……」


 良典は更に怒られる覚悟で、全てを嘘で丸め込む作戦に出る。本を見付けた楓の父が一方的に楓を怒鳴り続けたであろうと思い、楓からの情報は何も入っていないと推測。ならばまだやり込める余地があると踏んで攻勢へと打って出たのだった。



「この戯けが!!!!」


「!!」


 近隣に響き渡る程に凄まじい怒鳴り声が、良典の心を傷付けた。



「この様な如何わしい本が何処に落ちていると言うのだ!?」


「近くのスーパーの資源回収ボックスの中です」


 それでもめげずに良典は嘘の要塞を築き上げる。


「貴様例え落ちていたとしても、この様な男同士が絡み合う本を貴様は我が娘に手渡したと言うのか!!!!」


「いえ、私は見ておりません。お父さんは御覧になられましたか?」


「誰が見るか戯け!! 表紙が全てを物語っておるわ!!」




 ―――それまで突貫工事で築城を続けざるを得なかった良典の嘘の要塞へ直感と言う名の伝令が一人…………


 これを好機に良典は反撃の狼煙を上げる!!



「失礼します……」


 良典は破かれた表紙をパズルのように組み合わせ、元の絵が現れた。修道服を着た人物と後ろからあすなろ抱きするイケメンは変わりなく愛を語らっている。




「お父さん……何故これが()()()だと?」



 その言葉に楓の父は僅かに眉を上げた。


 何故ならば、直接的なシーンが無い全年齢向けのこの本で、修道服の人物が男だと判断出来るコマはおろか、説明すらありはしないのだから……!!


「そんな事はどうでも良い!!!!」


 苦虫をかみ潰したような顔で良典を睨みつける楓の父。しかしこれ以上追言出来ぬとなり、良典は最後の賭へと出た!



「失礼します!」


  ──ドタドタ!!


 靴を脱ぎ楓の父の隣を駆け抜け、目的の部屋まで駆け抜けた良典。


「お、おい! 待たぬか!!」


 昔に訪れた記憶を頼りに、良典は楓の父の部屋の扉を開ける!



  ──ガサガサガサ!!


「な、何をしている!!!!」


 闇雲に部屋をガサ入れする良典。机の引き出し、本棚の中、棚の裏まで徹底的に漁り始めた!


「止めろ!! 止めろぉぉ!!!!」


 いくら叫ぼうが良典は止めなかった。ここで見付からなければ終わってしまうのだから…………。




  ──ガコッ!


 …………


 ………………


 ……そして良典は勝利した。



「へへ、お父さん……コレは何ですかねぇ?」


 分厚い資料の中にあった一際古い紙袋に包まれた本。良典は袋の中をチラリと覗き見して全てを確信した。何故ならばコレは分かり易くそっち系の本だったからだ。


「な、ななななな……!!」


 楓の父は酷く慌てふためき取り乱した。バサバサと袋を逆さにして出て来た本の表紙には、白い服を着た髪の長い女性と際どい衣装を着た女性があすなろ抱きをする絵が描かれていた。御丁寧に表紙には『全年齢』と書かれており、頁を捲ると二人の女性が戦って握手して朝チュンする話だった。そして全年齢故に肝心のシーンはオールカット。スケベ描写は微塵も無いのであった……。


「コレ……なんですか?」


 良典の冷たい問い掛けに楓の父は目をキョロキョロとさせ言葉に詰まっている。


「何ですかね? コレ……」


 更に冷たく威圧感を増し、良典は問い詰めた。




「お、御百合曼荼羅(マンダラ)だ……」


「ブッ!」


 凄まじいパワーワードに思わず吹き出してしまった良典。やはり蛙の子は蛙のようだ。良典は笑いが止まらず膝を打って転げた。



「な、何が可笑しい!!」


「ハハハハハッ!! 腹痛い! 親子揃って同じ様な事言ってるよ!!」


「……クッ!!」


 暫し笑い転げ、落ち着いた良典は冷静になって部屋の片づけを始めた。


「お父さん似た様な趣味持ってるのに、楓さんにだけ禁を押し付けるのはズルいですよねぇ?」


「……もう何も申すな! …………この件は不問に致す!!」



「良かったな、楓!!」



 騒ぎを聞き付け部屋の前で全てを見ていた楓は、顔を手で押さえ涙を零し深く何度も頷いた。


「あ、ありがたき幸せに御座います……!!」


「破けたのはテープで直せるから、今度は別な新しいの買って貰おうぜ?」


「ま、待て! これ以上は……!!」



「お父さん。俺はこの一冊が全てだとは思っておりません。叩けば何処かしらから埃が出るかと…………何故ならこのキャラクターが出てくる格闘ゲームは、他にも女性キャラが居るのですから……ねぇ?」


「クッ…………クゥ……!」


 楓の父は唇を噛み締め、悔しい顔を浮かべた…………。





 その後、楓は知美と堂々とBLトークをするようになり、同じBL好きの女子との会話も増え、次第にクラスメイトとも親交が深くなった。



「全く……とんだ『御ほもの書』騒動だよ……」


 屋上で昼食の包みを開ける良典と村西。


「お前、月見里家を荒らしてよくもまあ無事で済んだな?」


「実は、その後に楓の母親が買い物から帰ってきてな?」


「あ……(察し)」


「ど偉い剣幕で楓のお父さん怒られてたぞ? あれは楓のお父さんより怖いな、うん。でもって楓の母親も実はBL好きでしたってオチさ」


「皆腐ってたんか……」


 良典は唐揚げを頬張りいつもと変わらぬ旨さに感謝した。



「良典様!」


「おーう、楓遅いぞー?」


「ゴメンゴメン、パンが売り切れてて……」


「なんだ、今日も委員長と一緒か」


「なんだとは何よ!? 山里君のアホが移らないように監視してるのよ。ねーっ?」


「ふふ、良典様は私にとってゾル様のように素敵な殿方で御座います♪」


「俺のアホの前に委員長の腐女子が移っちまったぞ?」


「あらら……」


「でも、前より取っつきやすくなったって、周りからは評判良いよ?」


 村西の言葉に楓は照れ、知美も笑顔で応えた。


「な、なんにせよ午後も寝るがな……」


「良典様、五時限目は化学で御座います」


「ぬ? それなら起きてないとな」


「全くお調子者め……」


 楓はそんな良典に感謝をしつつ、今日も知美とBLトークに華を咲かせるのであった…………。


「今度良典様と村西様のカップリングで―――」


「やめい!」

「勘弁して!」


 笑顔の増えた楓を見て、良典の心に心地良い風が吹き抜けた―――

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