大和撫子とBL本 前編
前に短編で書いた物を連載用にしてみました。
宜しくお願い致します。
(*´д`*)
幼馴染み
それは幼くして女の子が傍に居るという、至極羨まけしからん存在である。
そして、とある酷く汚いオンボロハウスに生まれた男【山里良典】もまた、幼馴染みを持つ幸運の持ち主であった。
ただ……彼の幼馴染みは、何故か大和撫子だった…………。
「良典様……御起床宜しゅうで?」
「ダメ、クソ眠い…………」
美しい程に背筋を伸ばし、大和撫子由来のたなびく黒髪をかき分け、【月見里楓】は今日も美しく奥ゆかしい佇まいであった。
彼女の家は古来より伝統や古風な暮らしを重んじる家系であり、テレビは勿論の事、スマホやゲーム、ネットの類いですら観る事を禁じられていた。
「わたくしが思うに、良典様は些か夜なべが過ぎるのではないかと……」
「いやぁ、スマホゲームについついハマっちゃってね」
「人は一代、名は末代までと申します。良典様も末代まで語られる事をお覚悟の上、余暇を過ごされては?」
「相変わらず楓は小難しい事を言うねぇ? でもね、俺の尊敬する人の言葉にこんなのがある……」
「何で御座いましょう?」
「朝寝朝酒朝湯が大好きで―――」
「小原庄助殿は悪い見本で御座います! 良典様もそれで身上をつぶさぬようお気を付け下さいませ!」
と、お堅い楓とおちゃらけた良典は、それでも仲睦まじく地元の高校へと登校するのであった―――
「おはよう……」
「よう、良典様♪」
「お前に良典様言われる筋合いは無いわい!」
「ハハハ、相変わらずな事で……」
仲の良い友達【村西達夫】に茶化される程、古風でお堅く近付き難い楓と何故か仲の良い良典の二人はクラスでも目立っており、ある意味公認の仲とされていた。
「何でお前だけそんなにあのガチガチにお堅い月見里楓と仲が良いのか、俺にはさっぱりだよ……」
手を横に振り、やれやれと言った感じで村西はため息を一つ放った。
「それはだな?」
待ってましたと言わんばかりにニヤリと微笑み、顔を近付ける良典。村西はその顔に何処となく憎たらしさを覚え、思い切り強く目潰しを放った。
「おごはっ!」
「すまん、何かムカついた」
実際良典が楓と仲が良いことを快く思わぬ男子もおり、要らぬ争いが起きぬよう良典の杭が出そうになると、こうやって打つのが村西の役目であった。
「よし、寝るか……」
良典はろくすぽ授業を聞かずに、ほぼほぼ寝ては昼休みまでを夢の中で過ごしている。先程の楓の忠告もなんのその。小原庄助道まっしぐらである。
しかし一つだけ例外があり、化学の時間だけは起きて真面目にノートまで取っている良典。
「イオン結合は共有結合に比べ結びつきが弱くて~、水に溶けると電離して~」
黒板の下半分までしか手の届かない野乃先生(27)。見た目と言葉遣いは完全に小学生のそれであったが、その童顔から放たれる小難しい化学の授業は妙にアンバランスであり、良典はそれが面白くて野乃先生の授業だけは真面目に聞いていた。
「幼さの象徴とも言える野乃先生が難しいことを言ってると、何だか興奮しないか?」
「アホ、お前だけだ……」
「良典くん? 真面目に聞いてますかぁ~?」
「は、はい! 聞いておりますですます!」
「はい宜しい~♪」
唯単に、良典は野乃先生の事が好きなのであった。
昼になると良典は西村と楓、それとクラス委員長である【佐藤知美】と共に屋上でランチをする。
「いつも思うのだが、何故委員長が? 俺のアホが移るぞ?」
「山里君のアホは要らないけど、月見里さんの大和撫子は是非とも移りたいわね」
赤縁眼鏡にショートカットがチャームポイントな知美は、楓に憧れ気が付けばいつの間にか昼食を共にする仲へと発展していた。
楓は笹の葉にくるんだおにぎりを小さく頬張り、味を噛み締めている。
「おいおい、楓の弁当は相変わらず質素だな。俺の唐揚げをやるから食え食え!」
楓のおにぎりの上に唐揚げが置かれ、楓は戸惑いながらも唐揚げを小さく口に入れた。
「大変美味で御座います……」
「だろ? ウチの母ちゃん弁当屋でバイトしてるから唐揚げたまに貰ってくるんだ」
「それって弁当屋の唐揚げって事じゃん……」
「美味けりゃなんでも良いんだよ! ほら、委員長も食え食え。勉強ばかりしてるからそんなに細いんだぞ?」
「なっ! 余計なお世話よ!!」
「良典はデリカシーを覚えようぜ?」
和気藹々と昼を楽しみ、予鈴のチャイムが鳴ると解散となった。
「良典君は寝過ぎよ。午後はちゃんと起きてなさいよ?」
「食った後は眠いから無理だな」
「良典様……将来に響きます故、座学はキチンとなされた方が……」
「……分かった分かった。そんな顔で睨むなよな……」
二人に説かれ渋々承諾する良典。クラスへと戻り教科書を開き気合を入れた…………。
──スピィィィィ……
「……アホね…………」
委員長は呆れて物が言えなかった……。
下校時刻になり、良典は真っ先に校舎を後にする。行き先は中古本屋かゲーセンが殆どである。
最近はゲーセンも数が減り、ゲームの種類も昔に比べ様変わりしたが、辛うじて古い格闘ゲームが置かれた馴染みのゲーセンが良典の心安らぐ居場所でもあった。
──ガチャガチャ!
ワイングラスを持つようにレバーを持ち、巧みな操作で自キャラを操る良典。
「あーあ、俺も昔に生まれたかったぜ……今じゃ古いゲームの対戦相手なんて居ないもんなぁ……」
良典はワンプレイした後、諦めてゲーセンを後にした。
「…………お?」
ゲーセンを出た良典は、見間違える事の無い黒髪をたなびかせた後ろ姿が郵便局へと入っていくのを見た。
気になった良典はコソコソと郵便局の中を覗き見、それが楓である事を再確認した。
「何やってるんだ?」
楓は何やら小包みを受け取っており、それを見た良典は一目見てピンときたのだった。
「ははぁん。さては見られちゃマズイ物を郵便局止めにして持ち帰ろうって根端だなぁ?」
何処からともなく、お前と一緒にするなとツッコミが入りそうではあるが、キョロキョロと怪しく周りを気にする楓はいつもの落ち着きが見られず、どうやら良典の推測はあながち見当違いでも無さそうであった……。
──ウィィン……
「よっ!」
「キャァァ!!!!」
布を引き裂くような悲鳴を上げ、楓は手にしていた鞄や小包みを落としてしまう。
「あわわわ! す、すまん! まさかこんなに驚くなんて……!!」
慌てて落とした楓の荷物を拾い上げる良典。楓はすっかり慌てふためきワタワタと泡を食っている。
「よ、よよよよよ良典様ぁぁぁぁ!?」
「落ち着け、とりあえず落ち着け!」
荷物をボンと預け、良典は物陰に楓を連れ込んだ。楓が大きな声を上げた為、周囲の視線を釘付けにしていたのだ。
「……やはりそれは御法度か?」
メ〇ンブックスと書かれた小包みが全てを物語る。
楓は顔を赤くしコクンと一つ頷いた。
──カサカサ……
「おいおい! ココで開けるなよ!?」
「今の今まで内密にしておりましたが、ココでお目にかかったのも何かの運命で御座います。是非良典様には本当のわたくしの姿を知って頂きたいのです……ですから──」
綺麗に開けられた小包みの中からは薄い本が一つ現れた。
それは表紙がラミネート加工してあり、修道服を着た人物が後ろからイケメンな男にあすなろ抱きされている絵が描かれていた。
「……同人誌か?」
「『御ほもの書』に御座います。見て頂いて構いませぬ……」
楓に促されペラペラと頁を捲ると、そこには修道服を着た人物がイケメンな男と戦い、傷付いた修道服の人物を介抱し、次の頁では一瞬にして朝チュンしている話が描かれていた。
「これが……『御ほもの書』?」
「どちらも殿方で御座います……」
楓は恥ずかしそうに答えた。
「まさかのBL本かーい!!」
「よ、良典様声が大きいで御座います!!」
口を押さえられモゴモゴとする良典。直接的な描写はカットされており全年齢対象の薄い本の様だが、逆にそこに想像の余地が生まれ、エロスを掻き立てている。
当然この様な物は月見里家では禁忌中の禁忌であり、見付かれば唯では済まない。しかし、そこは年頃故に、悪いと思ってはいるものの、ついつい手を出してしまったようだ……。
そして良典はピンときた。お堅い楓が禁を破ってまで買ったBL本。そしてすんなり打ち明けてくれた訳。その先に有るのは…………
「ま、まさか──俺の部屋に置くつもりか!?」
「あぁ!! 良典様は何故にわたくしのお心を読まれるのですか!?」
「言わんでも分かるわい!! こげんなもんウチに置けるわけなかと!!」
何故か急になまり出す良典。それを聞いた楓は血の気が引いたように青ざめ俯いた。
「よ、良典様…………」
「ダメです」
まるで捨て猫を拾ってきた子どもと母親のやり取りの如く、良典はスパッと切り捨てた。何故ならば一度認めると際限無く増えることを知っているからである。それに見付かれば良典も同罪。楓の父の恐ろしさは良典も重々知っていた。
「うぅ……」
フラフラと歩き出し、隣のスーパーへと歩き出す楓。
(楓がこんなに落ち込むなんて……余程欲しかったのか極度にBLに目覚めたのか…………どちらにせよ楓が俗世に触れて俺は嬉しいけどな)
楓の足取りの先にはスーパーの店先に置かれた、リサイクル用の資源回収ボックスがあった。
「待て待て! そのような兵器を入れたら此処ら一帯の風紀が乱れるぞ!!」
慌てて止めに入る良典。楓の顔は絶望に満ちており、まるで今生の別れの如く同人誌を握り締めていた。そんな楓の顔を見て良典は罪悪感に苛み、仕方なく保管を認めざるを得なかった……。
「分かった分かった! それ一つだけだそ!?」
良典の声を聞くなり途端に楓の表情がパァァァっと明るくなり、楓は飛び跳ね「ありがとう御座います!」と深々と頭を下げた。キラキラとたなびく黒髪。良典は暫し頭を悩ませ困り果てたが、腹を決め墓まで持っていく覚悟を決めた。
「それじゃあ、預かるぞ……」
スッと手を伸ばす良典だが、楓はパッと手を引っ込めた。
「きょ、今日だけは……部屋でじっくり読みたく存じます…………」
「お、おう……見付かるなよ?」
良典は一抹の不安を感じつつ、楓と共に帰路に着いた。
「……ところで何でこの男は修道服を着てるんだ?」
「ブリギット様は生まれは殿方であれど、女性として育てられ自らを女性と思い込み今に至りまする。ある日出会ったゾルと名乗る殿方と熱い血潮を交わす戦になり申しまして、それはそれは幾合にも及ぶ大勝負でありましたが激戦の末ゾル様が優勢になられまして、決着と相成ったその時二人の間に友情を超えた愛情が芽生えましてそれは綺麗な華の如く二人は熱い抱擁を交わし―――」
(どうしよう……楓が壊れた…………)
良典は突如饒舌になった楓に愛想笑いを浮かべつつも、家系に反して俗世に染まりゆく楓の笑顔を見て、少しだけ良い事をしたような気がした。
「ところで、肝心のシーンがカットされている気がするが……」
「?」
「アッー!」
「良典様何を申しておられるのですか? 後ろからの熱い抱擁からの朝チュン以外に何が?」
「あ……(察し)」
良典は全年齢故にそこまでの描写は無く、ましてや楓がそのような行為を知らぬと知り、不思議と安堵のため息を漏らした。
「ところでどうやってコレを知ったんだ?」
「知美様がお好きと伺いまして」
「……奴が諸悪の根源か」
委員長の家の方向に向かってしかめっ面を放ち、良典は自宅の前で楓と別れた―――