CHAIN_99 逆説《パラドックス》
「よう。さっきはよくも無視してくれたな」
ケープを払ってカイが銃を向ける。だが向けられた当人は意に介しない様子。
「なら……!」
牽制の意味も込めて銃口から放たれた銃弾。
その弾はたった二本の指でいともたやすく受け止められた。
「……主の寵愛を受けし者たちよ。して、なぜそうも拒むのか」
こちらを振り向いた、と感じられるのは顔を覆うブロックノイズが動いたから。
「お前は何者だ……?」ツナグが問う。
「私は『逆説』の一人、観測者シェラック」
そう名乗ってシェラックはゆっくりと地に降り立った。
「今は因子の選別をおこなっている。たとえば……」
スッと人差し指を向けたシェラック。その先にいたのはカイだった。
間髪入れずに小さな光の球が指先から放たれてカイの体の中へと吸い込まれた。
「なんのつも……ッ!」
突然カイの体がブロックノイズで波打ち、風船のように膨張した。周囲が状況を把握する間もなく泡のように弾けて、データ片のシャワーが降り注いだ。
「カイ……ッ!」
「浸透のない形骸因子は削除対象」
手を下ろしてシェラックは言い放った。
「このやろう……ッ! 鉄鎖の拳 《チェーンブロー》」
ツナグは飛びだしてその拳を振るった。
「――なッ」
なんとそれを片手で受けたシェラック。しかしその手は反発するかのようにバチバチと音を鳴らし、ブロックノイズで激しく泡立っていた。
「オーバーライド。電脳の理を書き換える危険因子。反抗意志があれば同じく削除対象」
「リン……ッ!」
その呼び声で同期率が跳ね上がる。
「おらァッッッ!」
増幅されたパワーでその手を弾き、ノイズまみれの顔面を捉えた。
「…………」
何も言わずに吹っ飛ばされたシェラック。建物を突き破り、何重もの壁を破壊した。
その向こうで何事もなかったかのようにむくりと起き上がって、再びツナグたちのほうへと歩いて向かってくる。
途中でその姿が何の前触れもなく消失した。気づけばツナグの鳩尾に拳が入っていた。遅れて同じように吹っ飛ばされる。
建物を崩壊させて瓦礫の下敷きになったが、自力でそこから脱出した。共振形態によるプロテクトのおかげで通常よりも頑丈になっている。
「なんだってんだよ急に……!」
「ツナグ。あいつ、ノータイムラグ・ノーモーションで本当に瞬間移動してる。空間の座標指定を利用して」
「はあ!? そんなのありかよ……!」
「そんな力業ができるのは私たちを閉じ込めた実行犯しかいないわ」
「じゃああいつを倒せばみんな出られるってことだな……?」
「ええ。おそらく」
「――ッ!」
返事をしようとしたそばから目の前に現れたシェラックが攻撃を仕掛けてくる。
両腕でガードしようとしたが一歩遅かった。向けられた掌から迸る光が穿った。
「ぐあッッッ!」
プロテクトごと腕を貫通してそのまま吹き飛ばされたツナグ。走る痛みを堪えてすぐに起き上がり次の攻撃に備える。
左から来る。予測した方向とは真逆の右から敵は現れた。
「ぐふッッッ!」
シェラックの攻撃は腹部にヒット。プロテクトを貫通して直接ダメージを与えてくる。
「防御処理が追いつかない……!」
あのリンも未知の相手に悪戦苦闘している。
「鉄鎖の投槍 《チェーンジャベリン》」
立ち上がってすぐに反撃に打ってでるが、コマ送りのような座標移動で回避されて、気づけば背後に回り込まれていた。予測とは違う方法で攻められる。
「がはッッッ!」
痛みが格段に増していく。生身ならとうに悲鳴を上げてもがくほどに。
ツナグは瓦礫の中でうずくまって痛みを押し殺した。
「……く、そッ……いっ、てえ……ッ」
「ツナグっ!」
どうにもならずに未完成の人工知能は生まれて初めて本当の無力感を味わった。
「どうすりゃ……いいんだよ……!」
このまま瓦礫の中に埋もれて死んだふりでもすれば見逃してくれるだろうか。ふとそんな弱音がツナグの脳裏をよぎって瓦礫の隙間から外の様子を見た。
するとそこにはシェラックの前に立ちはだかるエルマの姿があった。
「優先順位の更新はなし」
その直後、エルマは埃のように手で払われて弾き飛ばされた。
「エルマッ!」
慌てて瓦礫の中から脱して確認すると、遠くで胎児みたいに丸まっているエルマが。カイのように消滅してはいないが動く気配もない。そこへ急いで駆け寄るコムギの姿が見えた。
「人をゴミみたいに扱いやがって……! リン、いくぞッ!」
「分かったわ……!」
二人の同期率が安全域を越えた。
「同期率八十五パーセント。正常域オーバー」
チクリと脳裏に走る鋭利な痛みを無視して、
「鉄鎖の二連拳 《デュアルチェーンブロー》」
ツナグは敵に立ち向かった。
向上した戦闘予測によりわずかに捉えた敵の出現位置。
「――ここだッ!」
そこ目がけて拳をフルスイング。相手のほうがそれよりも早く出現しているので一手遅めのカウンターを負傷覚悟で食らわせる。しかし、
「動きが読まれてる……!」
リンを上回るシェラックの処理能力。自身の座標を攻撃軌道から絶妙にずらして回避。何の遅滞も反動もなしに自分の攻撃だけを当てにきた。
「――ッッッッッ!」
寸分の狂いもない鮮やかな動作に翻弄されるツナグとリン。その痛みに唇を噛みしめながら立ち上がる。
「まだ……まだ、足りねえ……ッ!」
「同期率九十五パーセント。極限域アクセス」
同期率は上がっていく。脳を鷲掴みにされるような痛みを受けるが、このまま黙っていればどうせ削除されるのだから構っていられない。
リンは全ての機能を一時的に戦闘予測の処理に回して少しで敵の動きを探るつもり。
ツナグは同期率による高負荷を受けながらそれでもしっかりと前を見て立ち続ける。
活路を切り開く。二人の思いが同期する。




