表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/106

CHAIN_79 ひしめく蟲

 待ち構えていると、徐々に敵の姿がはっきりと見えてきた。羽のあるマインドイーターが羽なしの仲間を運んでいる。その中に一際目立った個体がいた。先頭をゆくそれは他よりも一回り大きく細長い足で器用に石斧の柄を握っている。


 以前より賢くなって道具を使うことを覚えたとしか思えないその姿にプレイヤーたちの間で動揺が走った。


「あいつら、成長するのか……」

「私ふうに言うならアップグレードってところね」

「……こっちは現在進行形でダウンしつつあるってのに」


 軽口を叩いている間にも群れはさらに近づいて、とうとう互いの存在を明確に認識できる距離までやってきた。


「頼むから持ってくれよ。俺の体」ツナグは励ますように自分の胸を軽く叩いた。


 昔から困っている人を見るたびに助けなきゃいけない使命感に駆られる。何もせずに見捨てようとするとフラッシュバックする幼少期の記憶。


 別にスーパーヒーローになりたいわけじゃない。ただ、誰かの辛そうな顔は見たくないからできる限りそれを阻止したいだけ。


 それが望美ツナグの人助けにおける原動力だった。


「――来る」


 今まさに開戦の一矢が放たれた。頭上を通過し敵の群れを目がけて飛んでいく。


 マインドイーターたちは回避行動に移り、群れは大きく分断された。その際に羽付きのものは抱えていた仲間を次々と投下。プレイヤー側も合わせて一斉攻撃を開始した。


 バリスタから放たれる矢。投石機から投げられる大石。大砲から撃たれる砲弾。その全てが混ざって横殴りの雨のように空を流れる。


「いきますっ!」


 エルマも構えて極太の矢を放った。外れたと思いきやたまたま羽に命中して一匹を空から撃ち落とした。


「やった!」無邪気に喜ぶエルマのうしろで、

「油断するな! 鉄鎖の投槍 《チェーンジャベリン》」


 ツナグが別方向から滑空して向かってくる敵影に鉄鎖の槍を打ち込む。


「敵はどこから来るか分からない。気をつけろ」


「は、はいっ!」


 鎖を乱暴に引き抜くと敵は地に落ちていった。ふと目を向ければ地上ではマインドイーターがひしめき合っていた。対空兵器による攻撃は功を奏しているが、その反面撃ち落とすだけで、もはや地上組のプレイヤーだけでは対処しきれなくなっていた。


「俺も下へいく」

「援護しますっ!」


 エルマの声を背にツナグは城壁から飛び降りた。上にいた時とは全然違う絶望感。目の前に集く化け物の塊に気圧されて鳥肌の立つ感覚が全身に流れる。


「いっぱいいるけど私とツナグならこんなのへっちゃらよ!」

「…………。……ああ、そうだな!」


 一度よろけてしまった心が立ち直る。


 ツナグは思い出した。うるさいけど頼りになる相棒がいつもそばにいることを。


「――いくぞ、リン!」

「ええっ!」


 ツナグは敵の群れに向かって飛びだした。同期状態を最大限に活用して高度予測という名の閃きを手繰り寄せる。


 先を見通してこの場の敵を一掃できるような戦いの流れへと持っていく。


「鉄鎖の投槍 《チェーンジャベリン》」


 飛ばした投槍が無作為に動いて敵の群れを突き抜ける。そのまま壁に突き刺さり、


「からのッ! 鎖の分枝 《チェーンブランチ》」


 伸びた鎖からまた別の鎖が枝分かれのように飛びだした。


 今だから完全に扱える計算され尽くした広範囲への攻撃スキル。


 串刺しにされたマインドイーターたちは口々に奇声を上げる。反対にプレイヤーたちは無傷のままそれを好機と見て攻勢を強めた。


「くっ……。やっぱり多いな」


 倒しても減った気がしない。それどころか増えている気さえする。


「ぐわッ……!」


「チィッ」ツナグは舌打ちのあとに鎖を飛ばして襲われているプレイヤーを助けた。


 他のプレイヤーを庇護しながらの戦いはどうしても気が散ってしまう。いくら高度な並行処理ができるとはいえ体は一つしかない。もう一つ体があればとツナグが思った矢先、


「――ツナグ!」


 背後から声が聞こえた。


「その声は……コージ!」


 振り返ると、銀色の毛を逆立てた大狼がこちらへ向かってきていた。


「その姿は……!」

「背中に乗れッ!」


 言われるままツナグは機を見計らってその背に飛び乗った。


「遅くなったッ」

「大丈夫だ。それよりもこれがコージの」

「ああ。これが俺のアビリティ『メタモルフォーゼ・シルバーウルフ』だ」

「最高のタイミングだ。ちょうど手がほしかった」

「足なら貸すぜ。飛ばすからしっかり掴まれよ!」


 スピードを上げるコージにツナグは前傾姿勢で応えた。


「銀狼の銃弾 《シルバーバレット》」


 三歩目、予定調和のステップを外してコージは一気に加速した。躊躇なく群れに突っ込んで勢いのまま敵を跳ね飛ばしていく。


 ジグザグに戦場を駆け回る銀狼の背中でツナグは利き手を構えた。


「鎖の機関銃 《チェーンマシンガン》」


 掌から連続で撃ち出される鎖の弾丸が敵を群れごと蜂の巣に変えていく。


「ツナグ! ここで一発、大技いけるかッ!」

「任せろッ!」

「よし! いい返事だッ!」


 コージは群れを突き抜けて真っ直ぐ走り、


「銀狼の三日月蹴り《シルバークレッセント》」


 城壁を蹴って反転、空へ大きく跳躍した。


「……今だッ!」コージのかけ声。

「――鎖の大分枝 《グランドチェーンブランチ》」


 ツナグは溜めに溜めた鎖を一斉に放出した。爆発的に枝分かれを繰り返す鎖は空から地上のマインドイーターを次々と串刺しにしていく。槍が降っても、という例えを体現するような非現実的な土砂降りに地面が鳴動する。


 鎖の連結をきつく締めて硬化。手を捻って切り離すと自立した鳥籠のような包囲網が完成した。その中で断末魔の声を上げながら泡のように弾けていく多くのものたち。


 枝の一本たりともプレイヤーには刺さっていない。彼らは驚くばかりでなく勇気づけられて未だ残留している敵の処理に意気揚々と向かった。


「お前ってやつは! 最高だ! ツナグ!」


 鳥籠の天辺に降り立ったコージは感嘆の声を上げる。


「でも敵はまだたくさん残ってる!」

「ああ! このまま城の裏手へ回るぞ!」

「分かった!」


 コージは飛び降りて今度は城壁沿いに走っていく。ふと空を見上げると大隼に乗ったカイが熾烈な戦いを繰り広げていた。相手にしているのは羽付きの軍団。あの道具を扱う特異個体が率いている。


「今は彼らに任せよう」斜めに見上げてコージが言った。

「そうだな。今は」


 カイもその仲間もそこまでやわじゃない。専念すべきは地上に蔓延る相手。案の定、羽なしのマインドイーターも壁に張りついて這い上がろうとしている。


 二人は衝撃を与えて壁から遠ざけると同時に攻撃を加えて確実に仕留めていく。


「恐れるな! 果敢に戦え!」


 マリアも地上に来ていた。陣頭指揮に当たりながら剣を振るって戦っている。


「お邪魔するぜ」

「その声、仲コージか」


 目の前で戦いに参入した銀狼の正体にすぐ気づいたマリア。


「そして君も」それから背上のツナグにも目を向けた。

「戦況は?」コージの問いに、

「ここは今のところ問題ない」マリアは迫りくる小型の敵を斬り捨ててから答えた。

「だから手薄な場所をカバーしてくれ。やつらの狙いは城ではなく私たちなのは分かっているが、巻き込まれて拠点を破壊されては困る」


 彼女はみんなの拠り所である城のほうを心配している様子だった。


「じゃあここを任せて俺たちは他をカバーにしにいく。それでいいな?」

「それでいい。戦える人員も限られている。可能なら分散したほうがいい」

「他を片づけて戻ってくる。もし無理そうなら素直に退け」

「心配には及ばない。それよりも自分たちの心配をしたほうがいい。特にその、彼を失うのはみんなにとって大きな損失になり得る」と言ってマリアはツナグを一瞥した。


「それこそ心配には及ばないな。ツナグはおそらくここにいる誰よりも強い。ここへ戻ってくる頃にはほとんど片づいてるさ」

「……過信はするな。この状況では何が起こっても不思議ではないからな」

「理解しているつもりだ。だがその言葉、肝に命じておく」


 コージが体の向きを変えると、ツナグは「またあとで」とマリアに返した。彼女は静かにうなずいて「天の御加護を」と信仰者ふうに二人の安全を祈願した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ