CHAIN_65 異変
傾斜地にそそり立つ石造りの街。世界的な文化遺産をモデルに作成されたようなその場所は西洋風の古民家が軒を連ねていた。頂上付近に小さなお城と修道院。今ではその在り方が見直されている風車や水車の姿もあった。
先の電脳災厄GCCによる暗黒の日々で風力や水力などの再生可能エネルギーは再び注目を浴びることになりそれ以後は世界的な流れとしてその割合を伸ばし続けている。
「わあ、なんか思っていたよりも素敵な場所ですね」
「大会でもなければ普通に観光してただろうな」
「ですね。こんな場所ならお化けや幽霊もいなさそうですし」
「でも現実世界だったらこういう歴史がありそうな場所にこそよく出そうだけど」
「そ、そんなこと言わないでくださいっ」
ツナグのふとした軽口でエルマはまた怯えてしまった。
「ごめん。今のは完全に俺が悪かった」
「責任取って先に行ってくださいね、お兄さん。僕はそのすぐうしろをついていきますから」
「分かった、分かった。先に行けばいいんだろ」
エルマをうしろに数歩分の間隔を空けてツナグは歩き始めた。
「人間ってお化けだの幽霊だの科学的根拠のない与太話が好きねえ」
ツナグの頭の上でつまらなそうにしてだらけているリン。
「見えないから想像するのが楽しいんだよ。つうか、お前も他人からすれば幽霊みたいなもんだからな」
「むうっ! 私はちゃんと科学的根拠があるもんっ!」
「けどお化けや幽霊と一緒で実体がないからなあ」
「……ふんっ! いいもんっ! なんとか実体を手に入れてツナグをあっと言わせてやるんだからっ!」
人工知能に拗ねるという概念が存在するのかは定かではないがリンはその拗ねた様子で口をへの字に曲げていた。
「はいはい。その日を楽しみにしてるよ」
リンなら本当にやってのけるんじゃないかとツナグはかすかに思っていた。
「――参加者の皆様。あと十分後に森林エリアを封鎖します」
坂道を歩いている途中で運営からの定時アナウンスメントが流れた。
「封鎖されるのは森林エリアか。良かったな。移動してて」
「はい。ちょうどその時に風間君たちと会ってたらもっと大変でしたね」
「――つきましては現在対象のエリアにいる参加者の方はすみやかに移動を開始してください。定刻を迎えた段階で対象のエリア内にいた場合、参加権をロス……ロス……ロススススススススススススススス*π≠¶§∞√¢£¡µ∫√∫!@#$%^&」
アナウンスメントは途中から壊れたスピーカーのようになって耳の奥に響く奇妙なノイズが混じった。
訂正もなくそれっきり途切れて再び辺りは静寂に包まれた。
「な、なんですか今のは……」
「不具合じゃないか。にしてはちょっと不気味だけど……」
さきほどからホラーのような展開が続いている。さすがのツナグもこの状況に少なからず違和感を覚えた。
「とりあえず森林エリアはもうすぐ封鎖されるってことでいいよな」
「そうですね」
「なら駆け込みで森林エリアからこっちに流れてくる参加者も結構いるかもしれない」
「ああ、確かにっ」
「少し急ごう。そいつらの戦いに巻き込まれるのはごめんだ」
大勢で混戦模様になるとどこから攻撃が飛んでくるか予測しづらくなる。味方といえども攻撃は当たるので状況的には好ましくない。
石畳の坂道は渦巻き状で頂上まで続いている。二人は歩くペースを上げて周囲を警戒しながら上がっていった。
道すがら誰もいない古民家にお邪魔して便利アイテムが隠されていないかどうか探索してみる。オフラインゲームのように本棚を調べたりクローゼットを開けたり壺の中を覗いたりと家の中を物色。現実世界ではまずありえない行為だ。
「あっ! なんかありましたよっ!」
台所の引き出しにあったのは便利アイテム『スモークスクリーン』。玉のようなそれを投げると着地と同時に煙幕を発生させる。
「お兄さん、どうですかこれ?」
「使えるっちゃ使えるけど……」
敵の視界を一時的に制限するがそれは自分たちも同じ。逃走する際には便利という以外に用途が見当たらない。所持していたアイテムに比べるとレア度はかなり低いと言える。
「ガラクタですか?」
「……うん、まあ。とりあえず持っておけ。何かの役に立つかもしれないし」
「分かりました」
ちょうどエルマは何も持っていなかったのでそのアイテムを所持した。
古民家から出てまた歩き始める二人。
「他のプレイヤーになかなか会いませんね」
「確かにそうだな。みんなどこにいるんだろ」
一時間の時点で参加者の人数は半数を切っている。ということはもっと減っていてもおかしくはない。
「ツナグ。この辺りにはおそらく誰もいないわよ」
エコーを飛ばしたリンがそう言った。
「なら少し休憩するか。お前はどうする?」
「それなら僕も一緒に休憩します」
「よし。じゃあちょっと休憩場所を探すか」
良い頃合いだと考えて二人は身を隠せる場所を探した。切断中は無防備なので用心するに越したことはない。
「お兄さん。裏庭とかにある作業小屋とかどうですか?」
「ふむ。悪くないな。じゃあそういうのを探してみるか」
「はいっ」
支給された大まかなマップを見ながら二人は周辺を探し始める。
この街エリアにある作業小屋の多くは風車付きもしくは水車付きの粉挽き小屋。でも二人が探しているのは民家の裏庭にある農具の保管小屋のような場所。
「あっ! お兄さんっ! お兄さんっ! こっちになんかそれっぽいのがありますよっ!」
「おいおい、一人で行くと危ないぞ」
その注意を聞き流してエルマは民家の間にあるわき道から裏庭のほうへ。
「――わあああっ!」
「どうしたっ!?」
悲鳴が聞こえてツナグはすぐに駆けつけた。するとそこには腰を抜かしたエルマが。
その視線をたどってみると、
「……風間」
立ち尽くしたままこちらをじっと見つめている男がいた。




