CHAIN_6 鎖vs鞭 -1-
「確か色々あったんですよねここ」と口にしたツナグ。それを無神経な発言と捉えたリコルは唐突に立ち上がり、
「そんな軽い言葉で済むような話じゃねえんだよ」静かに胸ぐらをグイッと掴みあげた。
「ツナグになにするの! やめなさい! 暴力反対!」
リンが必死に抵抗しているが何の意味もない。
「リコル君! 今すぐにやめなさい!」
部長が慌てて止めに入りリコルはツナグから引き剥がされた。リコルは部長の手を振り解いてツナグを睨んでいる。
「ごめんね、ええとツナグ君だっけ。怪我とかはしていないかな?」
「大丈夫です」とツナグは座り直して入部届の記入を続ける。誰もが笑顔を見せることなくタッチペンの無機質な音だけが室内に響いている。
書き終えたツナグは立ち上がって、
「部長。この部で過去に何があったかなんて正直どうでもいいです。俺はただデントがやりたい。大会にも出てみたい。それだけです」
入部届の表示されたタブレット端末を部長に返した。しかし、
「気に食わねえ。お前の入部は認めない」横からリコルが入部届を強引に奪った。
「リコル君、返してくれ」と部長が取り返そうとするがリコルは言うことを聞かない。
「さっさと出ていけ、一年」
「嫌です」
「そうよ! なんで私たちが出ていかなきゃいけないのよ! こんなやつデントだったら簡単にやっつけられるのに!」
怒っているように見える不思議な人工知能。そこからツナグはいい案を思いついた。
「じゃあこうしましょう。もし俺がデントで先輩に勝ったら入部を認めてください」
「……へえ、面白いじゃん。いいよそれで。お前が負けたら、そうだな、二度と私の前に姿を見せるな」
「リ、リコル君……!」
「わお、全然釣り合ってないし……」
部長もレイトも非常に困惑していた。
「いいですよ。今からやりますか?」
「もちろんだ。今すぐ。あとで泣いて後悔しても知らねえからな」
双方望むところだと揃って部室から出ていった。残された二人は揃ってため息をついたあと、見届け人としてついていった。
§§§
最寄りのデントセンターで四人はDIVEに接続し電脳空間へと入った。今回戦うのはツナグとリコルだけなので、ケイタとレイトは観戦モードで電脳観戦者席にいる。
「リン、頼むぞ」
「任せて!」
リンは通常形態より共振形態【レゾナンスフォーム】へ移行。脳が拡張されていく感覚。体に何かが混ざっていく感覚。同期率を上げて正常域をクリア。
「ツナグ! いけるわよ!」
「おっしゃ! いくぞ!」
視界が切り替わりバトルフィールドへと転送される。今回は実名での対決。匿名の時のように誰なのか見て分からないということはない。
「かかってきな」
向こうでリコルが挑発している。その表情には大きな余裕がある。
§§§
「あの一年生大丈夫かなあ……。リコルはきっと容赦しないよ」
リコルの性格をよく知るレイトはツナグに同情していた。
「せめて一方的な展開にならないことを祈るしかない。僕も負けるしな」
「どんどん強くなってるからねえ」
伸び盛りのリコルにビッグマウスの一年生がどれだけ通用するか、二人とも興味半分心配半分だった。
§§§
「かかってこないならこっちから」
相手の能力が分からない以上、様子見の意味を込めて鎖を真っ直ぐ飛ばした。
「おい、ビビってんのか」
だがそれは彼女の目の前で瞬時にはたき落とされた。その手に握っているのは、鞭。
「ツナグ! できるだけ色々な行動を引きだして! 予測精度を上げるから!」
「分かった」
ツナグはバトルフィールドを駆け回りながら鎖で遠隔攻撃を何度も繰りだす。何発かはかすったが当然決定打にはならない。
「ちまちまやってんじゃねえよ!」
リコルは隙をついて鎖をかすめ取り、そのまま放り投げた。
「しまったッ……」
壁にぶつかって体力ゲージを減らす。
「ならッ!」
鎖を飛ばして壁や地面に刺し、すぐに引き戻すことで相手へ一気に接近する。
リコルは鞭を構えて迎え撃った。
避けられると思ったそれには秘密があった。スレスレのところで鋭利なトゲが急に出てきたのだ。ツナグはトゲでダメージを負い、一旦距離を取った。
「どうだ、私のローズウィップは。痛いだろ」
「……面白いですよ」
「強がりがッ」
リコルは攻勢を強めた。鞭を振るうと薔薇のトゲが飛ぶ。これはヒサメの氷柱連弾に似ているがそれよりも命中精度は低く、学習済みの攻撃はもはや脅威にならない。
「いい感じでデータが集まってる! 頑張ってツナグ!」
「おう」
トゲとしなる鞭をかわして飛び上がったツナグは地面に鎖を射出。刺さった直後に勢いよく引き戻して着地。ぶわっと砂煙が舞い上がりリコルの視界を遮る。彼女がためらった矢先、破竹の勢いで間合いを詰めた。
鎖で固めた拳を叩き込もうとしたが間一髪でガードされた。
「遅かったッ!」
それでもリコルの体力ゲージは削れた。彼女はここで初めて認識を改める。舐めてかかればやられると。
「よしッ」
飛ばした鎖が腹部にヒット。続く一撃で片足を絡めとり地面に叩きつける。
「ぐッ……! くそがッ!」
ツナグの動きは格段に良くなっていく。そのことにリコルは気づいていたが、ここで負けるわけにはいかないと本気になって応戦する。
「調子に乗るのもここまでだ」
そう言ってリコルは伸ばした鞭を身体に纏わせた。トゲは全て外側に集まりミノムシのような形態になる。
「薔薇の舞 《ローズダンス》」
ミノムシ状の身体からさらに触手のように複数の荊棘が飛びだした。
「ツナグ! 気をつけて!」
リンの忠告を受けた直後、リコルは回転し始めた。
§§§
「出た出たリコルの真骨頂。これやられるとほんと面倒なんだよねえ」
経験者のレイトはそう語る。
「さあどう出る、新入生」
ケイタは真剣な面持ちで次の一手を見守る。