CHAIN_58 騙し合い
「みんな。確実に仕留めるぞ」
「ええ、もちろんよ」
「ああ、ダメージも受けちまったしな」
さっきの出来事が嘘のように三人は団結している。
「そういうことかよ……!」
ツナグはようやく気づいた。三人は最初から結託していたのだ。ツナグはただの三文芝居に引っかかってまんまとおびき出されたというわけだ。
「鉄鎖の籠手 《チェーンガントレット》」
ツナグの両腕を蛇のように鎖が覆って籠手状に変化。肘の反対側にあるくぼみ、肘窩は装甲を薄くして可動域を広く保っているので動きに自由が利く。
「観念しろ。三体一で勝てるわけがない」と男が言った。
「やってみなきゃ分からねえだろ」
硬い拳を打ち鳴らして威嚇すると彼らは一斉に襲いかかってきた。
女の攻撃は直線的で避けるのは容易。ツナグはカウンターで殴りつけた。
「ぎゃっ!」
女が後方へ飛ぶ。くぐるようにして下から拘束男が姿を現した。その手には三節棍が握られている。
「もらったァッ! 三節棍の破砕 《フレイルクラッシュ》」
「――ッ」
ツナグは籠手で受け流した直後に素早くしゃがんで横へ跳んだ。途中で後方へ回り込んでいたもう一人の男も同時に攻撃を加えようとしていた。
「うわっ!」
「おまっ!」
二人はぶつかりそうになり慌てた様子で身をよじった。
「ツナグ。あの三人全然連携が取れてないわよ」
「ああ」
リンの言う通りあの三人は連携が取れていない。それはつまり元からの知り合いではなく今日知り合った程度の間に合わせチーム。
いける、とツナグは思った。だから落ち着いてまずは一人を落とす。
残存体力から見て狙うべきはあの拘束男。元から少なかったのであと数発も入れればダウンするはずだ。
ツナグは集中した。地面を勢いよく蹴って一直線に男のもとへ。当然向こうは反撃に打ってでる。男は三節棍を構えてカウンターアタック狙い。女は短剣を振りかざし、男は何かのスキルを使用した。
「――思い出せ」
ダイナとの戦闘訓練では一対一だけでなく一対多の戦い方も学んだ。むしろ彼にとっては後者のほうが日常茶飯事で慣れていた。
「鉄鎖の投槍 《チェーンジャベリン》」
ツナグは籠手を急速解除。横へ飛びながら放ったその鎖が女の胸部を突き抜けた。
「――ッ」
勢いそのまま鎖がギュイと曲がってもう一人の男も貫く。先端は樹木に深く突き刺さって数珠つなぎのようになった。
ツナグは素早く手もとの鎖を隆起した木の根に結びつけて切断。二人は一時的に行動不能状態へ陥った。彼らが手間取っているうちに本命へ。
「鉄鎖の拳 《チェーンブロー》」
ツナグは拘束男へ殴りかかかった。
「かかったな! 三節棍の居合 《フレイルドロー》」
真っ正面からの攻撃は絶好の機会。拘束男は反撃の連打を浴びせようとしたが、
「はっ!?」
ツナグは冷静にそれを回避して横へ回り込み、
「おらァッ!」
今度こそ本気で殴りつけた。拘束男は大きくよろける。
本気の攻撃に見せかけた回避優先のフェイント。ダイナのよく使うはったりだ。
「まだまだッ!」
隙を逃さずにツナグは鉄拳の連打を浴びせた。
身体能力そのものは電脳戦に大きな影響を及ぼさないが、戦い方は刻一刻と変わる戦況の中で勝ち筋を見いだす選択肢として確かな意味を持つ。
「ぐは……ッ!」
拘束男の体力ゲージがマイナス側へ振り切れた。参加権ロストにより男の体は消滅。
「鉄鎖の二連拳 《デュアルチェーンブロー》」
左右の拳を鉄の鎖で幾重にも覆う。籠手に比べてずしりと重く機動力が下がる分、攻撃力は段違いでその破壊力はリンのお墨付き。
残りの二人が数珠つなぎの鎖を断ち切るよりに先にツナグが動いた。
「火花の 《スパーク》」
動揺した男が手をかざす。その時すでにツナグが目の前で大きく踏み込んでいた。渾身の一撃、からの乱れ打ち。
「がッ……はッ……」
何度も拳を打ち込まれた男はとうとう崩れ落ちて消滅した。
「そ……そんな……」
最後に残った女は目を見開いて後ずさった。
「ツナグ。逃しちゃダメよ」
「ああ」
逃走を図る女の背にツナグは同じく鉄拳の雨を浴びせた。抵抗しなかったので時間はそれほどかからなかった。
「やるじゃない! ツナグっ!」
「ふう。なんとかなったな」
心配していた鎖の誘導も上手くできた。まだまだ共振形態【レゾナンスフォーム】ほど精密にはできないが局所的な操作は単独で可能になっていた。
これで倒した人数は四人。初参加なら上出来と言えるだろう。
「……でもちょっと人間不信になるなこれ」
まさか同じ年代の子が勝つために一芝居打つとはツナグ自身考えてすらいなかった。
「騙し合いが人間の本質なんじゃないの?」
「おいおい。どこで覚えたんだよそんな言葉」
あっけらかんとした様子でとんでもないことを聞く人工知能にツナグは頭を悩ませた。
「人間のことを調べていた時にそう書いてあったから」
「どんな文献だよ。だから言ったろ。ネット上の情報は全部鵜呑みにするなって」
「だってだってー。人間みたいな曖昧な概念については何が正しくて何が間違っているのか分からないんだもんっ」
それもそうかとツナグは首を捻った。
彼女にとって時に合理性に欠けた言動をする人間は曖昧な概念なようで。
「じゃあ人間の本質ってなんなのよ?」
「うーん。そうだなあ……。ダメだ。俺にも分からねえ」
未完成の人工知能による哲学的な問い。人間の本質とは何か。
それは人間であるツナグにすら答えることができなかった。
「ツナグの役立たずー」
「うるせえな。たぶん、そうだ。『知る』ことなんじゃねえのか。生まれてからずっと勉強ばっかさせられてるし」
「まるで私みたいね」
「かもな。元々お前もそういうふうに創られたんだろうし」
「それでミツルは私にいったい何をさせたかったのかしら」
宙に浮かぶリンはツナグの真似をするようにして首を捻った。
リンは自分が創られた本当の目的を忘れていた。本人談では強制起動時の不具合により一部データが破損した可能性が高いとのこと。
「さあな。まだ生きてたら直接聞けたんだけどな」
ツナグの目は憂いを帯びた。生前祖父のミツルはおもちゃを作ってはそれで遊ばせてくれた。物静かで優しい人物だったことをツナグ自身今でもよく覚えている。
「お前に託した爺ちゃんの望みか……」
きっとそれはみんなの役に立つ何かだろうとツナグは信じていた。
気持ちが少し沈んだのでツナグは木々のうしろに身を隠してから現実世界へと戻り一旦休憩を入れた。




