CHAIN_56 個人戦シーズン予選
暗闇に一筋の光が走る。それは地平線から昇る朝日だった。夜が明けたのだ。
この日はいよいよ個人戦のシーズン予選が始まる。種目によって異なるが最長八時間にも及ぶ長丁場だ。
参加方法はいたって簡単。大会運営に認可されたDIVEから電脳世界上の会場にアクセスするだけだ。
ツナグの家の近所では学校近くのデントセンターに認可済みのDIVEが多く設置されていた。開始時間に間に合うように早起きしてそこへ向かった。
センター内に入ると大会への参加者とおぼしき人々で賑わっていた。
「あ、部長。それにみんなも」
デント部の面々もレイトを除いてすでに到着していた。
「やあ、ツナグ君。君もここへ来たんだね」
「はい。ここが最寄りだったので」
他の部員へ目をやるとリコルはいつも通り、コムギは明らかに緊張していて、ダイナはなぜか準備体操をしていた。
「最後まで迷ったんですけど結局スタンダード仕様にしました。こっちなら学生割引でかなり安くなるので」
「僕はあらかじめ予約していたスペシャル仕様でいくよ」
「部長、本気ですね」
「ははっ、僕はいつでも本気だよ」
競技時間が長い大会では二種類のDIVEが用意される。
一つはデント用にカスタマイズされたよくあるスタンダード仕様。
もう一つはデント用にカスタマイズ済みでなおかつDIVE内で水分・栄養補給と排泄行動を接続したままこなせるスペシャル仕様。だから数に限りがあり予約は必須。値段はもちろんお高くなる。
競技中は好きにDIVEを出入りしてもよい。食事を取るなり休憩をするなりお手洗いへ行くなり個人の自由。その代わり切断してもフィールド上では常に表示された状態になっていて攻撃を受ければもちろんダメージ判定が出る。
だからこそ本気のプレイヤーはその隙を減らすためにスペシャル仕様でいく。中にはスタンダード仕様のままオムツを履いて参加する者も。
今この場にいるデント部のメンバーでは部長だけがスペシャル仕様だった。そのことに話が及ぶと女性陣はなんとも言えない表情を浮かべた。
開始時刻が迫り、参加者たちがDIVEに入り始めた。
「それじゃあ僕もそろそろ。みんな、幸運を祈る」
部長は力強くうなずいてスペシャル仕様のDIVEが待つほうへ向かった。
「コムギさん。頑張って」
「うんっ。ツナグ君も」
コムギは踵を返した。彼女の使うDIVEは端のほうにあるようで慌てた様子で駆けていった。
「リコル先輩も向こうで会えたら会いましょう」
「ああ。でもその時は敵同士だ。いいな?」
「分かってますよ」
「それならいい。じゃあまたあとでな」
リコルはツナグの額を小突いてから立ち去った。
残っているのはダイナ。
「向こうでもお前には絶対負けねえ。もし出会ったら手加減なしだ」
「そっちこそ。出会い頭すぐに倒してやるからな。待っとけよ」
ツナグが拳を突きだすと、ダイナは「悪くねえ」と言って己の拳をガツンと合わせた。
二人は拳を離して互いに背を向ける。そのまま自身の登録したDIVEのもとへ。
「えーと……。あっ、これか」
自分の登録番号が記されたDIVEを見つけて端末をかざすと扉が開いた。スタンダード仕様のそれはいつもと変わらない。普段通りに準備をしていざ電脳世界の競技会場へ。
ーー接続。
全身の感覚が浮上するような瞬間を経て待機エリアに到着した。自由だった衣装も強制的にデント用のフルボディスーツへと早変わり。
何もない真っ新の空間には参加者がひしめき合っている。これだけの数を相手にするのかとツナグは少し腰が引けた。
「――ようこそ。秋季デント個人戦シーズン予選・中高生の部へ」
天から女性の声が降ってきた。大会運営からのアナウンスメントだ。
「参加者の皆様。もう間もなくで開始時刻となります。それに先立って今回の競技方式を発表させていただきます」
その瞬間、待機エリア中がしんと静まり返った。
「今回は倒した数に応じてより多くのポイントが付与されるバトルロイヤル方式を採用します」
そう伝えられた直後、参加者たちの間で喜びと落胆の声が溢れた。得意なプレイヤーもいればそうでないプレイヤーもいるということだろう。
そもそも初めて参加するツナグはじっとしたまま次の指示を待っていた。
「それではチュートリアルを開始します」
そのアナウンスメントで参加者たちの前にウィンドウが表示された。
「どれどれ……」
ウィンドウには今回の方式についての説明が書き記されていた。
噛み砕いて言えば、とにかく相手の体力ゲージをゼロにして倒せ。逆にゼロになって参加権をロストした場合はポイントが減らされて復帰もできない。
バトルフィールドはいくつも存在していてそれぞれが独立している。参加者はその中からランダムに振り分けられる。従ってグループによる意図的な相互協力は難しくなる。
フィールド上には手助けとなる便利アイテムが落ちていて使用が可能。常に一つは持ち歩くことができる。
制限時間は六時間。延長込みで最大八時間。制限時間が切れるか最後の十人に絞られた時点で終了となる。
なお一時間ごとにフィールド上の区画が閉鎖されていくため否が応でもプレイヤー同士の遭遇率は段階的に上がっていく。
ツナグはチュートリアルを終了させて前を向いた。あとおよそ一分で開始。
深呼吸をしてその時に備えた。
「――開始時刻となりました。それでは皆様、いってらっしゃいませ」
出発の合図で参加者全員の視界が切り替わった。それぞれがバトルフィールドへと転送される。
まばたきのあとでツナグが見たのは辺り一面の砂。なんと砂漠のど真ん中にいた。




