CHAIN_51 デント部、向上中
センイチの試合は順調に進んで無事に一回戦を突破した。
「てっきりどこぞの貴族様かと思ったぜ。女二人も横に侍らせて」
会いにくるなり冗談を吐いたセンイチ。
「面白がるのはやめろよな。それよりも二回戦進出おめでとう」
「ありがとう。まあ、最初だし楽勝だったけどな。で、そこのお嬢さんは? 見ない顔だけど」
「私は牡丹一華女子高等学校の篝火ユリカと言います。ツナグさんの将来のお嫁さん志望です。以後お見知りおきください」
「て言ってるけど?」とセンイチが確認を取る。
「色々と事情が立て込んでるんだ」
「だろうな。ま、俺としては面白いからいいけどさ。あとでもっと詳しく聞かせてくれよ」
「その前にまずは試合に集中しろよな」
「分かってるって。じゃあまたあとでな」
そう言ってセンイチは次の試合のウォーミングアップをしにいった。
「はあ、夢見がちなお嬢様ね」と毒を吐くアイサ。
「夢は願わねば叶わないでしょう。ですから私は好きなだけ夢を見ます」と返したユリカはツナグの腕に抱きついて、その豊満な胸をぎゅっと押しつける。
「ちょ、ちょっと! 離れなさいよっ!」
立ち上がって引き離そうとするアイサの控えめな胸がツナグの頭に当たる。
「…………」
冷静に振る舞おうとしているがツナグの心臓の鼓動は加速していた。人並みの性欲を持つ男子高校生には少々刺激が強い。
「――悪い」
同年代の少女二人におもちゃのように弄ばれ、前傾姿勢になったツナグはその場から一旦抜けだした。少し離れた場所まで行って自分を落ち着ける。
「子孫を残すのには困らないわね」とリン。
「うるせえ」
ツナグは物理的にも落ち着いてから元の場所へと戻った。
§§§
その後、センイチは順調に勝ち進んで決勝へ。応援するツナグの左右でアイサとユリカはずっと言い合いをしていた。
結果としては洗練された動きの強者相手に健闘したが惜しくも優勝を逃した。表彰台でうつむくセンイチに、ツナグは精一杯の声援を送って立ち直らせた。
試合が終わってから戻ってきたセンイチとともに家に帰るツナグ。アイサとユリカも一緒で、少しうしろを睨み合いながら歩いている。
「残念だったな。あともう少しだったのに」
準優勝でもすごい。そんな妥協めいた励ましの台詞は口にしないツナグ。それは彼のことをよく知っているから。
「まあな。でも次があるし。シビュラクエストみたいにこつこつと自分のレベルを上げていくさ」
「懐かしいなそのレトロゲーム。昔よくやったよな」
そのあまりの懐かしさに二人の瞳が昔の雰囲気に戻った。
「ああ。ラスボスが神託でプレイヤーの行動を見通すからすげえ難しかったな」
「結局、二人で限界までレベルを上げてあとは運頼みだったっけ」
「そうだよ。今考えたらとんでもないクソゲーだな。ラスボス自身が作ったみたいでさ」
「ははっ。ラスボスが作ったゲームとかどんなクソゲーだよ。そんなの誰もクリアできないだろ」と思わずツナグは吹きだした。
「確かに。ちょっと言いすぎたな。実際に俺たちはクリアできたわけだし」
「そんなゲームがこの世に存在したら逆に見てみたいけどな」
「同意だ。きっと阿鼻叫喚だろうぜ」
敗戦が何のその。二人は幼い頃のように大笑いしながら帰路に着いた。
§§§
休みが終わって今日は学校の日。登校して退屈な授業を受けてから放課後の部活動へ。
デント部は過去に起きた事件のせいで部室棟の中でも端のほうへ追いやられていた。
「こんにちはー」
ツナグが部室に入ると部員たちが振り向いた。
部長の須磨ケイタ。三年生。落ち着いた雰囲気で身長の高い常識人。彼がいなければこの部の復活はなかったと言える。
多部レイト。二年生。副部長的な立ち位置だが、その実何もしないぼさぼさ頭ののんびり屋。その私生活は謎に包まれている。
能登リコル。二年生。長い黒髪に赤と黄のメッシュが入ったお洒落さん。その戦いぶりから巷では薔薇の女王と呼ばれている。トゲのある性格で一見がさつに見えるが、意外と家庭的なところもある。
加瀬コムギ。一年生。勧誘されて入部した内の一人。文学少女のような地味な装いで強い女性デントプレイヤーになることを目標に日々トレーニングに勤しんでいる。
滝本ダイナ。一年生。もう一人の新入部員。体格が良く喧嘩も強い。入部するまでデントのデの字も知らなかったずぶの素人。が、今では着実にその実力を伸ばしてきている。
みんな今週末の個人戦シーズン予選に向けて各々作戦を練っていた。団体戦と違って今回は全員が敵。万が一戦場で出会っても仲良しごっこはできない。
「ツナグ君、ここ空いてるよ」
そう言って椅子を引いてくれたのはコムギ。入部当初はほとんど自分から喋らなかったが慣れてきてからは気軽に話しかけてくるようになった。ツナグにとっては同じ学年ということもあり接していて最も落ち着く女の子。
椅子に座ると隣のリコルが視線を向けた。
「あ、リコル先輩」
「……ふんっ」
声をかけるや否や顔を背けるリコル。以前は当たりがきつかったが最近はなぜか毒舌程度に収まっている。
「はい、お茶」
「ありがとうございます」
部長がいつものようにお茶を入れてくれる。もちろん彼の自費。
「ああ、美味い」
部室の隅を見るとダイナが腕立て伏せをしていた。わざわざ自宅から器具を持ち込んで筋力トレーニングをするストイックぶり。
デントの世界では身体能力は影響を与えるだけでそれほど意味を持たない。基本的にパワーやスピード、スキル操作などは脳の処理能力に大きく依存しているからだ。それでも同じ実力を持つ者同士なら身体能力が高いほうが有利と言える。
「今日も励んでるな」
「ああ。もうすぐ予選だからな。できることは全部やっとく。お前は?」
「俺もやるよ」とツナグが返すと、
「あ、私が先に借りてもいいですか?」
コムギが小さく挙手して立ち上がった。ダンベルを手に取って持ち上げるもあまりの重さに顔を真っ赤にしている。
「無理するなよ」
「こうでもしないと、私は一生あの人には追いつけませんから」
憧れのあの人とは炎帝・篝火ユリカのこと。彼女と知り合いになったツナグは今度機会があれば紹介して驚かせてあげようと思った。




