CHAIN_42 再戦
「……ツ……ツ……ツナ……ツナグ……ツナグ……」
誰かが呼んでいる。その呼び声に導かれて気球のように意識を浮き上げる。
「ツナグっ! 起きてっ!」
そこには憎たらしい顔をした電脳の妖精がいた。
「……うるせえな。起きてるってば」と顔を横に向けると、
「何も喋ってないが」
眉間にしわを寄せたリコルがいた。
「……ああ、リコル先輩。すみません。夢の延長で」
「夢じゃないわっ!」
頬を膨らませるリンを無視してツナグは上半身を起こした。辺りを見回すとここは病院ではなく競技会場の医務室であることが分かった。
「気絶したお前をここに運んできた。看護師によると体に目立った異常はなし。でも念のために病院へ行けとのこと。両親にも連絡してある。もうすぐ迎えに来るはずだ」
「……ありがとうございます。何から何まで。もしかしてわざわざ残ってくれたんですか? 俺のために」
周りに他の部員の姿はない。ということは状況から判断するにそれしかない。
「ただ聞きたいことがあった」
「なんですか?」
「アレは本当に消えたのか?」
「……アレ」と呟いてツナグはリンと目を合わせた。
「バッチリよ! 逆探知もできないよう念入りにねっ!」
「それをやった張本人はちゃんと削除したって言ってますよ」
「……よかった」
まさか本当に第三者がいるとは露知らずリコルはほっと胸を撫で下ろした。普段は男勝りな彼女も今この時は年頃の女の子をしていた。
「色々とお前には悪いことをした。だから礼は必ずする。待っておけ」
満足する答えが得られたとリコルは立ち上がって帰り支度をした。
正直な気持ちとしては「別にそんなのいらないですよ」と答えたかったツナグだがそれを言うと不機嫌になりそうだったので「気長に待ってます」と当たり障りのない回答をしておいた。
そのあと迎えにきた母親に連れられて家まで帰った。母のアカリはそれまでツナグがデントをまた始めていたこともデント部に入部して大会に出ていたことも知らなかったので電話がかかってきた時には大変驚いていた。
§§§
後日。ツナグは授業中にリコルからメッセージを受け取った。それは「放課後、体育館裏に来い」という大昔から語り継がれる伝統の呼び出し。大概良い意味ではない。
はてさて自分はいったい何をやらかしたとツナグはため息をつきながら体育館裏に向かう。リンは「体育館裏って興味深い文化ね」とわざわざ検索して一人楽しんでいた。
体育館裏には制服姿のリコルが待っていた。珍しく髪を束ねている。
「すみません。遅れました」
「こっちに来い」と言われてそれに従うツナグ。その胸に何か袋のようなものが押しつけられた。
「んっ。この前の礼だ。受け取れよ」
「……礼って、ああ、あの時の」
ツナグは思い出した。まさかこんな形でお礼をしてくれるとは思ってもみなかった。
「ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「ああ」
素直に受け取ったツナグは紙袋から箱を取りだした。それを開けてみると中には男性用の小さな香水が入っていた。
「……おおっ、おしゃれー」
ファッションに疎いツナグにはそれくらいの感想しか出てこない。
「候補は他にもあったがそれにした。まあ好きに使え」
照れているのか頭をかきながらボソボソと喋るリコル。
「ありがとうございます。大事に使います」
「じゃあこれで借りは返したからな」
それだけ言ってリコルは立ち去っていった。
あの予選が終わってから無千高校の顧問は逮捕された。それはマスメディアにも大きく取り上げられて、部活動のメンバーは全員事情聴取を受けた。その結果、無千高校デント部は存続が難しいとの学長判断により無期限の活動休止が決まった。
それにより不戦勝高校と呼ばれていた無千高校は不戦敗高校となったのである。
競技会場のクラッキング事件については付け入る隙がなく何も解明されていない。例の動画の出所も不明で警察は捜査を続けている。
§§§
家への帰り道。繁華街を通り抜けようとしていたツナグに声をかける者がいた。
「――やあ、奇遇だね」
「お前は……氷天架ヒサメ」
「ここで会ったのも何かの縁。あの約束のことは覚えているかい?」
わざとらしさを残した喋り方でヒサメは問うた。
「あの、予選が終わったら一戦交えるってやつだろ」
「そうだ。もし君がよければ今からでもやろう」
ツナグが目をやるとリンはうなずいた。
「分かった」
「場所は僕が案内するよ」
優雅な足取りで向かうヒサメについていくツナグ。すると見覚えのあるデントセンターにたどり着いた。そこは仮面を被ったツナグが初めてヒサメに出会った場所。
「ここに見覚えはあるかい?」
「さあな。小学生の時に来たことがあるかもしれないけど」
ツナグはあくまで別人であるとの態度をとった。
「面白い巡り合わせだね。ここには小学生の時から通っている。もしかしたらその時にはもう僕たち出会っていたのかもしれないね」
「……気持ち悪いやつだな」
「はははっ、そんなこと生まれて初めて言われたよ。やっぱり君は面白いやつだ」
悪口を言われようが爽やかに笑って返すそれは氷帝という画面越しの冷たいイメージを崩した。
二人はセンター内の受付を通り過ぎていよいよDIVEの前までやってきた。
「さあ、到着だ」
「一戦だけでいいんだよな?」
「ああ。その代わり手加減は無用。本気でかかってきてくれ」
「分かったよ」
それを最後に二人はDIVEに入って電脳空間へログインした。




