CHAIN_27 ダークウェブより
そのあと自宅に向かってとぼとぼ歩いていると、
「――ツナグ。変なノイズが混じってる。うしろのほう」
リンがそう警告した。振り返ると一瞬だけ人影が見えた。誰かにつけられている。
「リン。戦闘態勢」
「うん。同期率は抑えるから」
人工知能なりに気遣ってリンは共振形態【レゾナンスフォーム】に移行。
相手を誘うように歩幅を狭めて歩いていくと、後方からの足音が徐々に大きくなってきた。気づかないふりをしてそのままでいると、
「――ッ」
急接近してきた相手が罠にかかった。ツナグは後頭部への不意打ちをかわして半回転しカウンターの一打を放った。
「ぐふッ! ど、どうして」
ツナグと同年代の男は鼻を押さえ驚き戸惑っている。
「無千高校のやつだな。なんでこんなことをするんだ」
「う、うるせえ! 何も知らねえくせに!」
男は答えずに殴りかかってきた。ダイナに比べればこんな相手屁でもない。
的確に何発も反撃してやると男はとうとう諦めて逃走を図った。
「……ふう」
大きく息を吐く。それとともにリンが通常形態へと戻ってくる。
「大丈夫、ツナグ?」
「ああ。なんともない」
スッと体にいつもの日常的感覚が返ってきたが特に異常はない。
「なあ、リン」
「なあに?」
「あいつらの保管サーバーの場所を特定することってできるか?」
「いくらスマートな私でも何の手がかりもない状態じゃ無理よ」
「だよな」
「でもそのサーバーへのアクセス権限を持つ端末が近くにあれば忍び込んでちょちょいのちょいよ」
「……端末」
真っ先に浮かんだのは司馬トランの携帯端末。まず間違いなく彼はサーバーへのアクセス権限を持っているだろうとツナグは仮定した。
「リン。近くってどのくらいの距離だ?」
「ツナグが視認できる距離にいれば問題ないわ」
「ならもしサーバー内の全データを削除するとしたらどのくらい時間がかかる?」
「量によるけどオールデリートなら時間はそうかからないわ。関連するデバイスや電脳世界のCWサーバー・クラウドサーバーを含む別サーバーの解析までやるならもっと時間はかかるけど、それでも一時間半から二時間ってところね」
「悪くない。十分だ」
ツナグは頭の中で策を講じた。
§§§
ある日の放課後。みんなが帰っていく中で男子生徒がツナグに声をかけてきた。
「よう。お前、デント部に入ったんだって?」
「ああ、そうだけど」
「ははっ、マジだったのかよ」
そう言って取り巻きとともに笑ったのは悪い意味でクラスの中心人物である山元ケイゾウ。人をからかうのが好きなとにかく面倒なやつ。
「俺もデントやってんだけどよ。ちょっと腕試しさせろや」
「……遠慮しとくよ。大会への準備で忙しいし」
ツナグが立ち上がると、
「まあ、まあ、待てって」
ケイゾウがその肩をガッチリと掴んで強引に引き止めた。
「ダークウェブって知ってるか?」
「一応知ってるけど、それが何か?」
この時代、ダークウェブは電脳世界上に存在する通常ではアクセスが困難なエリアのことを指す。そこでは違法とされるアバターの改造や性的接触が横行し、情報・物品が袖の下で取り引きされている。
「俺はそこにアクセスしたんだ。すごいだろ」
「でもそれって違法じゃ……」
「バーカ。アクセス自体は違法じゃねえんだよ。まあ、そこでデントの試合をタダでやりまくってたわけだが。ヤベえな、俺」
にやにやしながらケイゾウが振り返ると取り巻きたちがそれをおだてた。
電脳世界上でもアビリティを使うことができるのでデントの試合をおこなうことはできる。しかし通常のエリアには大きな制限がかけられているので話にならない。
「ダメなやつじゃん。大丈夫かよ」
「大丈夫なんだよな、これが。親戚の兄ちゃんが個人でDIVEを持ってるからな。デントセンターと違ってそこからならバレねえんだよ」
昔と同じようにDIVEを個人で所有することもできるが、性能面の向上に伴って費用も大きく膨らんでいた。それ自体は自動車ほどの値段だが、通信機器を含めた設置に莫大なコストがかかるのだ。
全ての通信は複雑に暗号化されていて取り締まる側の人間ですらおいそれと手出しができない。より厳しくなった個人情報に関する法律もそこに影響している。
「ってわけだ。これから一発、勝負しようぜ。もし俺が勝ったらよ、取り巻きに入ってしばらくの間、使いっ走りになれ」
強請に近い迫力のケイゾウたちを見てツナグはどうしようか考えた。すると横からリンが出てきて、
「いいじゃないの。ドカンとぶちかましてやりましょ」
ない袖をまくり上げる身振りで臨戦態勢に入った。
「……じゃあ、俺が勝ったらもうクラスのみんなに意地悪するのはやめてくれ」
ツナグ側からも条件を提示するとケイゾウたちは「こいつ、俺に勝つつもりでいる」と大笑いした。
「んじゃ、今から行こうぜ」
§§§
能天気な顔で仲間を引き連れて出発するケイゾウたち。ツナグは小さなため息をついてそのあとについていった。
勝負の舞台は学校近くのデントセンター。手頃な価格の対戦モードを選んでも高校生のツナグにとっては痛い出費。
でもお金を出すからにはしっかりと遊ぶつもりでケイゾウとの対戦に臨んだ。取り巻きたちは観客モードでバトルフィールドの外から応援している。
「いつものやついっとく?」リンが飲食店の店主ふうに聞く。
「いや、いい」ツナグはそれを拒否した。
相手を舐めているわけではない。四六時中頼ってばかりなのでたまには自分の力でなんとかしてみせようというのだ。
それに今考えている作戦ではリンの帰りが遅くなる可能性も十分にあり、その間は自分一人でどうにかしなければならない。
ダークウェブで鍛えたというその腕がどれほどのものなのかツナグには想像もつかないが、対無千高校戦に向けての良い予行練習になる気がしていた。
§§§
「――げェッ!」
ケイゾウは思わず拍子抜けしてしまうほど弱かった。今まさに止めの一撃を受けて回転しながら宙を舞っている。
これで三ラウンド目。ほとんどダメージもなくツナグが完勝。
「も、もう一戦だ! 今のなしっ! なんかすっげえお腹痛かったし」
「……はあ」
ツナグは首を横に振る。これ以上はお金の無駄だと一足先に現実世界へ帰還した。
「ツナグっ! やるじゃない! 私抜きであんなに勝っちゃって!」
いつもは褒められる側のリンが今回は珍しくツナグを褒めている。
当人は自分の掌をじっと見つめていた。
相手が弱すぎるのか、それとも自分自身が強くなっているのか。ツナグはふとそんなことを考えていた。
「おいっ! 逃さないぞっ!」
少し離れた場所で接続していたケイゾウはドタドタと忙しく歩み寄ってきた。うしろの取り巻きたちは逃げ場をなくすようにツナグを取り囲む。
「あのさあ、いったいいつまでやるつもりだよ」
「無論、俺が勝つまで」
「だからそんなにできないって。お金なくなるし」
そう言ってはみても彼らは聞く耳を持たない。困っていると、
「――お前ら、何してんだよ」
遠くから見慣れた男、ダイナがやってきた。彼も練習しに来たようだ。
「たっ、たたた滝本ォッ!」
ダイナを見た瞬間、ケイゾウは声を上げて震え上がった。取り巻きたちは同じ様子で慌てて主の背後に隠れた。
「うるせえな。口に拳骨突っ込むぞ」
「ひっ、ひィィィッ!」
滝本ダイナという男の噂は学校中に流れていて同じ学年なら絶対に会いたくない生徒ナンバーワンだった。
「お前も、何してんだよこんなところで」
「見れば分かるだろ。デントの練習だよ」ツナグがそう返すと、
「勝ったのか?」ダイナは勝敗について尋ねてきた。
「ああ」
「まあ、当然だな。よし、これから俺と勝負だ。練習したいスキルがある」
「いいよ。行こうか。もうあまりお金は使えないけど」
ちょうど良かったとツナグはその提案に乗った。
「あっ! 待っ」
ケイゾウはツナグを引き留めようとしたがダイナに睨まれて子犬のように縮こまった。
歩きながらツナグは振り返ってみる。向こう側で声を出さずに文句を垂れているケイゾウたちがいた。「覚えてやがれー!」というふうに口が動いている。
「ぶっ潰すつもりでかかってこい」
「そのつもりだ」
みんなが怖がり避けている男だが、ツナグにとっては下手な友人よりも付き合いやすい相手だった。




