CHAIN_19 次鋒シングルス
「かかってこいよ」
開始早々に鞭をしならせて挑発するリコル。
「その手には乗らない。あんたのお得意の戦闘スタイルは反撃型。知ってるんだから」
「私も有名になったな」
リコルの情報は調査済みだった。
「あんたなんて呼ばれてるか知ってる? 薔薇の女王よ。大層な名前よね」
§§§
「リコル先輩って有名だったんですか?」とツナグは隣の部長に問う。
「そうだね。彼女の言う通り、巷では薔薇の女王って呼ばれていて昔からものすごくデントが強かったんだよ。間違いなくリコル君は僕らの部のエースだった」
「へえ、知らなかったです」
「だから最初に止めたんだよ。君とリコル君が戦おうとした時」
「ああ、どうりで」
「でも君は僕らの予想を遥かに超えていた。いい意味でね」
§§§
「ふんっ。周りのやつらが勝手に付けただけだ」
「そうね。でも今日でその薔薇の女王伝説もおしまいよ」と言ってエイラは手を手刀のようにして空を切った。
瞬間、空が振動。衝撃波がリコルの頬を切った。
「私のアビリティは『ウィンドカッター』。あなたの『ローズウィップ』なんてバラバラにしてあげる」
「お前程度にわざわざ私の真価を見せる必要はねえわ。蕾のままでも勝てる」
鼻で笑ったリコルにエイラは苛立った。
「そよ風の二重奏 《ブリーズデュエット》」
姿勢を低く構えたエイラは手刀から衝撃波を二波発生させた。フィールド上の芝生オブジェクトを切り裂いてリコルのもとへ。
見えないその攻撃はリコルの肩口と足にヒット。威力は高くないものの体力ゲージは減少する。
「たったそれだけかよ」
リコルは鞭を構えると力強く振るって薔薇のトゲを飛ばした。
「そんなものッ!」
エイラは風刃で弾く。こちらへ向かってくるリコルに対応すべく、
「疾風の三重奏 《ゲイルトリオ》」
次なるスキルで迎え撃った。手刀から放たれた風の刃はさきほどよりもずっと速い。その連続が真正面からリコルを襲う。
「……ッ」
勘を頼りに直撃だけは避ける最小限の防御。リコルは怯むことなく突っ込んだ。滑り込むようにして相手の懐へ潜り込み、強くしならせた鞭を打ちつける。
「薔薇の弾性 《ローズフリック》」
バチンッ、と弾ける音がした。
「う……ッ」
攻撃が腹部にヒットしてエイラは吹っ飛んだ。
着地と同時に転がったがすぐさま起き上がって、
「疾風の 《ゲイル》」
反撃の一手を繰りだそうとしたが、伸びてきた鞭によって腕を掴まれた。
「なにッ!?」
エイラはそのまま持ち上げられて振り回された。
最初は壁に。次は地面に。リコルはまたたく間も与えないほどに激しく何度も、何度も、何度も叩きつけた。
エイラは体力ゲージがゼロになった時にようやく解放された。しかしあれよあれよという間に形勢が逆転し弄ばれたことに放心状態だった。
§§§
そのままインターバルを挟んで次のラウンドへ。
「よう。少しは休めたか?」とにやつくリコル。
「――ッ!」
エイラはビクッとして後ずさった。最初の強気が嘘のように今度は怯えていた。
「怖がんなよ。もっと遊ぼうぜ」
「ふ、ふざけないで!」
大きく構えるエイラ。来るとリコルは予感した。
「暴風の四重奏 《ストームカルテット》」
体ごと大きく両手を振り上げて出した風の刃。それは回転し芝生や土を舞い上げて黒の竜巻と化した。
「まだよッ!」
次々と産み落とされた竜巻はこれで四つに。
「――ッ」
舌打ちするリコル。当たったらマズいと分かっているのだろう。
向かってくる竜巻を回避する経路を探して行動するが、
「そんなの無駄よッ!」
エイラが両手を振るうと竜巻の動きが強引に変わった。遠隔操作できるのだ。四つの竜巻は逃げ場を防ぐようにしてリコルを追尾している。
「めんどくせえッ」
四方から押し寄せる大質量の暴風。見渡す三百六十度。逃げ場は封じられた。
「お願い、当たってッ!」
その叫びと同時に全ての竜巻はリコルへ当たりにいった。
リコルのいる中心地点で竜巻は互いに衝突して轟音を鳴らす。直撃は免れない。
「やった……ッ!」
今のエイラが持つ最強のスキル。全てがヒットしたなら間違いなく致命的なはずだ。
「――薔薇の弾性 《ローズフリック》」
「えっ」
ありえないことが起こった。竜巻で押し潰されたはずのリコルが頭上から今まさに目の前へ。
「――ぐッ!」
顔面に強力な鞭の反発を受けて弾き飛ばされるエイラ。
「薔薇の弾丸 《ローズバレット》」
続けざまに繰りだした鞭に伸縮よる弾丸のような一撃。
「ぐはッ……!」
リコルは手を止めない。
「荊棘の機関銃 《ソーンマシンガン》」
薔薇の弾丸の要領で今度は無数のトゲを速射した。起き上がる前の無防備なエイラにそれは全弾命中して体力ゲージがマイナス側へ振り切れた。
試合は終了。ゴングが鳴った。
「ど、どうして……」
突然現れたリコルの謎に未だ戸惑っているエイラは見上げて何かに気づいた。
「……あっ」
天井には窪みとその中央に穴が開いていた。
そう。リコルはギリギリのところで頭上へ薔薇の弾丸を放ち、先端のトゲを天井に刺した。あとは伸びた鞭を縮めて上方へと脱出。
振り子の要領で勢いをつけるとエイラ目がけてその身を投げたのだ。
これがエイラの知りたかった謎。その様子もモニターにはしっかりと映っていた。
「……なぜ気づかなかったの……」とエイラは悔しげに地面を殴った。
二ラウンド先取により勝者は能登リコル。
これで二ポイント目が彩都高校に付与された。もう一ポイントでブレイク。最終戦を待たずして彩都高校の勝利進出となる。
§§§
戻ってきたリコルの表情は勝利とは裏腹に不服そうだった。
「どうした? リコル君。不満そうじゃないか」と部長が聞くと、
「……この時点でローズウィップの伸縮レンジを晒すべきじゃなかった。失敗だ」
リコルは下唇を噛んだ。
有名プレイヤーとしてはなおさら戦闘に関する情報はできる限り秘匿しておきたいものだ。だから初戦から手の内の一部を晒したことを悔やんでいた。
「リコル。大丈夫だってば。むしろよくやったと思うよ、あれだけで」
レイトはゆっくりと立ち上がって励ました。
確かにそうかもしれない。ツナグと戦った時に見せたあの薔薇の舞も試合ではまだ使用していなかった。見た目からは想像がつきにくいだろうが、実は戦略を立ててこの大会に臨んでいた。
「……ふんっ。次はもっと上手くやる」
さすがのリコルも同じ学年でこのデント部の辛い時期をともに乗り切った彼の言葉をむげにするようなことはしなかった。




