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CHAIN_1 目醒め

 夏の香りを残したここは日本の首都、東京。昔と違い今ではこの時期が出会いや別れの季節とされている。そしてちょうどここに大きな別れを経験した青年がいた。


 名前は望美(のぞみ)ツナグ。アウトドアスポーツがよく似合う風貌で明るい性格の持ち主。先日亡くなった祖父の家で両親とともに遺品の整理をしている。生前は仲が良かったこともあり葬式以降ずっと意気消沈していた。


「婆ちゃん。屋根裏部屋の鍵ってある?」

「あるよ。ちょっと待ってておくれ」


 祖母のサツキは重い腰を上げて仏壇のほうへと歩いていった。


 サツキは他の誰よりも悲しいはずなのにその顔は穏やかで落ち着いていた。やはり長年連れ添った夫婦だからこそ前々からいつかそういう日が来ると覚悟していたのだろう。


「ほれ。これが鍵」

「ありがとう。で、屋根裏部屋って何が置いてあるの?」

「そこは父ちゃんの作業部屋さ。暇ができてはそこにこもって何かを作ってたね。置いてあるものに触ると怒るから掃除なんかしてないしきっと散らかってるだろうよ」

「そうなんだ。じゃあついでに箒と塵取りを持っていくよ」

「何が落ちてるか分からないから足もとには気をつけるんだよ」

「分かった」


 折り畳み式の梯子を下ろしていざ屋根裏部屋に入るとまず床に散乱した紙や書物が目に入った。奥には明り取り用の窓と作業台。目にする機会の多いタブレット型のパーソナルコンピューターや個人では取り扱っていないような機器がずらりと並んでいる。


 祖父のミツルは大手IT企業のラジエイト社でネットワークエンジニアとして働いていた。定年後は晩年まで黙々と一人物作りに励んでいたという。


 ツナグにとってはよくおもちゃを作ってくれる優しい物静かなお爺ちゃんだった。


 床に散乱した書物や紙を片づけるツナグの目に留まった作業台の上の小さな木箱。興味本位でそれを開けてみると中には美しい金の指輪が入っていた。


 ツナグはそれを手に取って無意識のうちに左手の薬指にはめた。次の瞬間、歯車が嚙み合うような音がして全身に激痛が走った。神経を伝うその痛みは数秒で治まった。


「いたっ……。なんだ今の」


 おかしいところはないかと自分の体を触って確認してみるが特に異常はない。


 改めて薬指にはめた指輪に目を落とす。純金製なのか光が反射した時の輝きは高級感に満ち溢れている。


 もしかしたら大事なものかもしれないと思い指輪を外そうとするが、


「あ、あれ……?」


 全然外れない。サイズはぴったりで指の関節に引っかかっている様子もない。


「んー! このやろー!」


 顔を真っ赤にして引っ張ってみるが効果なし。どうしたものかと考えるツナグのもとにサツキがやってきた。


「掃除のほうは順調かい? 今お茶の用意をしてるからあとで休憩しにおいで」

「わ、分かった! もう少しで終わるから」ツナグはとっさに指輪を隠した。

「……やっぱり、あまり実感がないね」

「爺ちゃんのこと?」


 サツキはこくりとうなずく。


「寂しい?」

「ええ、そうね。いつもここにお茶を持ってきて作業する姿を見てたから。もうそれができないのはとても寂しいわね」


 みんなの前では落ち着いているように見えていた。今のこの表情が本当なのだろう。


「婆ちゃん。お茶にしようか。掃除はまたあとでやるよ」

「そうかい。ならお菓子も用意しないとね」


 孫の自分が少しでもその寂しさを癒せたらとツナグは掃除道具を残して一度部屋をあとにした。


 §§§


 お茶を飲みながら祖父の思い出話に花を咲かせた。その時のサツキはとても嬉しそうにしていた。しかし結局指輪のことは打ち明けられずに時間が過ぎてとうとう家まで帰ってきてしまった。


「うーん……。どうやって外そう。油を使ってもう一度思いっきり引っ張ってみるか」


 自分の部屋で一人考え込んでいると、


「無理やり外すと死ぬよっ!」


 どこからか声が聞こえた。辺りを見回すも誰もいない。


「気のせいか……」

「気のせいじゃないって!」


 耳もとで叫ばれて慌てて振り向くとそこには手のひらサイズの少女がいた。肩の上で不機嫌そうな表情を浮かべている。


「よ、妖精……?」

「確かにこのプリティな私はまさしく電脳の妖精ね」


 バレリーナのように華麗に回転してみせる少女。


「やっぱり違うわ。なんかこう、お前からは神秘的な感じがしないし」

「し、失礼ね! こう見えて私、科学の神秘なんですけど!」

「どういう意味だよ?」


 ツナグが問うと少女は月面をスキップするかのように肩から左手の薬指に降り立った。


「この中に私がいるのよ!」


 少女はその小さな手で黄金の指輪をペタペタと叩いている。


「それは爺ちゃんの……」

「これが神経を通してあなたの脳に繋がっているの。簡単に言えばここにいる私はあなたの脳が見せている幻覚ってことになるわ」

「待て待て。神経だの脳だの幻覚だの、理解が追いつかないんだが」

「バカねー、もう。あなたの頭の中に私がいるってことよ」

「……うわっ、寄生虫みたいで気持ち悪いな」


 ツナグの全身に鳥肌が立った。一方で少女は頬を膨らまして立腹した。


「ひ、酷い! このプリティな私が寄生虫ですって!」

「だって事実そうじゃないか。この指輪から伝って俺の脳に寄生してるんだろ」

「そんな言い方しないで! ミツルも悲しむわ!」

「……ミツルって俺の爺ちゃんか?」

「そうよ。ミツルは私を創ってくれたすっごい人なんだから。そういえばミツルはどこにいるの?」

「爺ちゃんは……もういないよ」

「いないってどういうこと?」少女は不可思議そうに首を傾げた。

「亡くなったってことだよ」

「亡くなる。ああ、死んだってことね!」


 倫理観の欠片もないようなその態度にツナグは怒りを覚えた。


「おい、お前。言い方には気をつけろよ」

「どうして怒ってるの?」

「どうしてってそんなのも分からないのか」

「分からないわ。だってまだ学習中だもの」

「学習中?」

「私は人工知能。いわゆるAIってやつね。それからええと……私って何のために創られたんだっけ……。忘れちゃった。まあいいわ。ともかく私はまだ発展途上なの。特に人間の感情については理解するのがまだまだ難しいわ」

「忘れたってなんだよ。AIのくせに」

「私はまだ未完成なのにあなたが勝手に指輪をつけて強制起動させたからじゃない!」

「じゃあバグってるんだな」とツナグが言うと少女は地団駄を踏んだ。


 精神年齢が同じもの同士の水掛け論は深夜遅くまで続いた。やはり肉体を持つツナグのほうが先に疲れてしまい途中で眠りに落ちた。


 §§§


 二十二世紀前半。人類は未曽有の電脳危機に瀕した。突如として世界中の電子機器およびネットワークに異常が発生したのだ。一年にも及ぶ暗黒の日々を経てようやく復旧したが被害は桁外れのものとなった。


 各国は足並みを揃えて太陽フレアによる電磁波の嵐が原因と発表した。それで多くの人々は納得したが、一部は懐疑的だった。


 のちにその事件は『GCC』グローバルサイバークライシスと命名され、暗黒期に命を落とすことなく誕生した子供たちは絶望の雲に差す一筋の希望として祝福された。


 時はGCCから十数年後の秋のこと。青年と人工知能の物語はここから始まった。



 頑張って書いていきますので、これからなにとぞ応援よろしくお願いいたします。

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