白生と色欲
「っ……」
本気を出さなくとも勝てていた色欲は苦戦を強いられていた。
それは相手が御六天だから、ではない。
「行くよ、シロ!」
「うん。」
二人の少女、シロとクロが色欲と戦っていた。
彼女達はジェミニによって御六天並の力を持つ人工生命体になる様に作られている。
まだ作られたばかりであり、そこまでの実力はないが色欲と戦うくらいなら問題ない。
つまり──
「いい感じだね、その調子で続けて。」
実戦訓練の相手としか認識していないのである。
その扱いに色欲は憤りを感じていた。
いくら自分が格下であっても、この扱いには納得がいかない。
今のままでは彼は相手をしてくれない。
色欲は出し惜しみをやめ、全力で戦う事を決意した。
「成熟の時間!」
「うわっ!?一気に強くなった気がするよマスター!」
「このまま続けるの?」
「あぁ、もし死にそうなら守ってあげるから続行していいよ。」
「分かった!」
色欲の魔法、成熟の時間は簡単に言えば諸刃の剣だ。
この魔法は力が時間が経つほど強くなっていく。
これに上限はなく、際限なく上がっていく仕様だ。
ただ当然、代わりに代償が重くのしかかってくる。
それは際限なく上がっていった力に体が耐えきれず、崩壊してしまう事だ。
色欲では、五分経った時点で死は免れない。
しかしながら、現在色欲の体は勇者であるルナミスの体だ。
勇者の体はそう簡単に上限まで行かない。
それでも一時間持つか持たないかくらいだろう。
力の上昇は指数関数的に増加していき、理論上御六天にすら届く。
それが、この魔法の力なのだ。
「それっ!」
「よいしょ。」
「邪魔!」
色欲の杖で二人の斧を受け止め、弾き返した。
本来であればそんな事を出来る力はない。
たったの数秒でも、この効力である。
そのまま斧を跳ね返し魔法で追撃していく。
二人はそのまま後退し、距離を離していった。
「うわっ!どうしようシロ!あれに勝てる気しなくなってきたよ!」
「うんクロ姉がゆっくり戦ってたから。」
「私のせいなの!?」
「目障りなんだよ、お前ら!起きろリリン!時間だ!」
色欲も後がなくなった以上、ここからは全力で戦いに身を投じてくる。
そこには単純にドラグロスを殺したい気持ちと生きて皆でまた会いたい気持ちだけだ。
あれから五分程経過し、二人は苦戦を強いられている。
もう勝てそうにないが、彼が一切止めに入ろうともしないので頑張るしかないのだ。
「そろそろ限界助けてマスター。」
「そうだよ!助けて!」
「いや、まだ平気だよ。」
彼に、二人の心配する様子は全くなかった。
それは自身の作った物は壊れないという自信なのか、一切動じていない。
「えぇっ!?もうやりたくない!」
「そうだそうだ。」
「愚痴言ってる場合じゃねぇだろうが!」
色欲は一切の手加減をせずに魔法を使う。
二人は避けようとするがこれまでの疲労で上手く避ける事が出来ない。
結局いくつか被弾し、膝をついてしまった。
「うぅっ、もう無理!」
「死にそう。」
その間に色欲は魔法をどんどん展開し、確実に仕留められる量を囲う様に配置する。
二人が動けるようになる前に、それは発射された。
一つ、彼女が忘れていた事として御六天の事がすっかり頭の中になかった事だ。
自身の力の上昇により気持ちよくなっていた事で、忘れていた。
そうでもなければ出来るだけ力を上げてから、彼女らを殺す攻撃をしていただろう。
「実験終了、後は休んでいいよ。」
「ありがとう、マスター!」
「クロ姉引っ張って動けない。」
「しょうがないなぁ、ほら掴んで!」
二人は引き下がり、一対一の状況が出来上がる。
ただそれは一方的な蹂躙が起こる試合でもあるのだ。
色欲に、もう勝ち目などない。
「……」
「残念だけど、君がいくら時間を稼ごうとも勝てる見込みはない。諦めて死ぬ事をお勧めするよ。」
彼には、これが茶番にしか思えなかった。
実験の後片付けをするだけ、その程度にしか思っていないのだ。
「はっ、この力の上昇──」
「精々一時間が限度だ、その程度の上昇率で勝てるとは思えないよ。」
「はぁ?」
「せめて年単位の時間さえあれば足元くらいには及ぶだろうけど、無理な話か。」
彼の魔力がその場に爆発的速度で充満していく。
そして色欲は今の発言が嘘偽りのない内容だと、今更ながら気付いた。
戦う挑戦権すらない事が、嫌でも分かる。
「マスター最高!」
「かっこいいよマスター。」
「さて、僕を楽しませてくれるといいんだけど。」
その言葉と共に彼は顔に攻撃を仕掛けた。
色欲はその拳をなんとか避けようとし、間一髪の所で避ける。
ただそれは彼の予想の範囲内であり、その拳を耳を殴る軌道に変え、吹き飛ばす。
色欲は一瞬意識が飛びかけたがなんとか保つ事に成功する。
ただし体中から痛みを感じて、もうまともには動けないだろう。
「はぁ、予想出来ていたとはいえ、この程度か。」
「うぅっ……」
「えーっと、確か君の受肉体は保護するらしいから、それだけ先にやらせてもらうよ。」
そう言いルナミスの体から色欲の体を抜き取った。
抜き取られるのと同時に、色欲の体には更なる激痛が走る。
何故か、それは成熟の時間に耐えられる時間をとっくに過ぎていたからだ。
色欲単体での活動時間は先程述べた通り五分、それだけの時間はとうに過ぎている。
ほぼ自滅とも言える方法で、色欲は死んでしまうのだ。
「ぐっ、ぁっ、うっ……」
「もう終わりかな、クロ、シロ。」
「はい!」
「何マスター。」
呼ばれて近くまで来た二人にルナミスの体を渡した。
二人は突然の事だったので少しだけ体勢を崩したが、すぐに持ち直す。
「この子、転移してくる人っぽい人が来るから、渡しておいてくれるかな?」
「人っぽい人って何なの。」
「そうそう、何それ!」
二人は興味津々な目をしながら聞いた。
彼は少しだけ間を開けて
「まぁ、見れば分かると思うけどね。」
「えぇ!何それ!」
「それじゃ分からない。」
そう言って、誤魔化す。
その間に、色欲は逃げていた。
いや、逃がしたと言う方が正しいだろう。
彼が後ろを向いている間に、色欲は転移していた。
それが、どこに繋がるのかも知らないで。
「……」
酷い有様だ。
兵士達の死体が、ゴミ山の様に積み上がっている。
中には見知った顔もいた。
「あんまり、いい気分じゃないな。」
……いや、まずは回収しないとな。
そう思い空を飛ぼうとした時、目の前から二人の女の子が走ってきた。
一人は……メイ!?どうして動いて、いやまぁ元気ならいいか。
じゃあ隣にいるのが戦ってくれ……は?
メイが、二人?
いや、よく見ると顔が似てるだけで別人だな。
しかもルナミスを背負っているから、ここにいた悪魔はルナミスに受肉したんだな。
それにしてもよく似ているな、姉妹とか?
いやでもそれなら十王国じゃなくてイレイサにいるんだ?
そういった疑問が解決する前に、二人は僕の前で止まっる。
そして、二人の口が開きっぱなしになってしまった。
「あの……」
「……」
「おぉ……」
なんか、心ここに在らずみたいな状態で僕の事を見てくる。
ルナミスを回収したいけど、この子達渡すの忘れてないかな?
どうしようかと悩んでいるとそこに見覚えのある男が歩いてきた。
あの風貌、もしかして──
「ジェミニ……」
「やぁ、覚えていてくれて光栄だよ。」
御六天の一人、ジェミニだ。
なんでここに……
「まぁ君の疑問に答えるなら、恩返しとでも思ってもらって構わないよ。」
「恩返し?」
恩返しって、別に何かした覚えは……
「ねぇねぇマスター!あの人の事ご主人様って呼びたくなっちゃうの!」
「そうなのマスター物凄くご主人様って呼びたくなるの。」
「それは君達の元になった人が原因さ、問題ないよ。」
「あ──」
僕が話し始めようとした瞬間、景色が変わった。
空の城にいつの間にか戻っていたのだ。
「もう十王国もエルフの所も終わってるから、回収してきて。」
「……絶対転移させたのカトレアさんだよね?」
「えぇ、御六天に会いたくないから事前に発動しておいたの。」
そう言ってカトレアさんは僕の手の甲を光らせた。
いつの間に……
「もう少し喋り──」
「じゃあ、回収よろしく。」
そう言われて、話を強制終了されてしまうのだった。
KHRBよろしくお願いします。