7.紅華
第三者視点。
ここは、ジュリの寝室だった部屋。
ジュリが好む白のリネンの寝具で揃えられたベッドに、ジュリが噛んだ少女を眠らせている。
何度も吸われて出来た、数個の歪な真紅の楕円の痣と、複数の牙の痕が、大きな羽根枕に沈んでいても見え隠れしている。
出会った時は、死に血の海の真ん中で倒れていた少女。
髪色だけで異国の者だと分かった。
死に血の主だったのは確かだった。
ルカは、鼻が利く。
間違いなく、彼女の血だった。
ルカに彼女のことを尋ねるだけ尋ねておいて、ジュリは深い思考の海に潜水してしまった。
膝を抱えて、膝を抱く腕に顔を半ば埋め床を見つめる。
物心ついた頃には、もうやっていたジュリの癖の一つ。
ジュリの思考タイムは深くて長い。
知り尽くしている弟は、冷蔵庫から、ジュリの好きなミックスベリージュースのペットボトルを置いて、ジュリにリビングルームを明け渡した。
そして手持ち無沙汰感を補う為に、ルカはこの部屋に来た。
「…はぁ」
どうしても感じてしまう、圧迫感に似た憂鬱にルカは溜息をこぼす。
ベッドの上の少女が横向きになった。
ルカの頸にある噛み跡とは違って、妙に生々しい。
見ることを赦されないモノを、勝手に見ているような罪悪感。
ルカは視界を、ただの寝具に移した。
薄暗い、ジュリ仕様の寝室。
雑音すら聞こえない部屋。
ただ、自分と少女の呼吸音だけが聞こえる。
『ジュリ、ただいまっ』
ルカの意識を無視して、記憶の再生が始まる。
『…』
何を言っても、何をしても、ジュリの呼吸音だけしか返ってこなかった毎日。
封印した記憶に、トランスしかけていることに気付いたルカが、強い瞬き数度して、少女の顔に視線を動かした。
黒髪で小柄。
華奢で肌は、ジュリと似た透き通るような色。
壁際にあった椅子の座面を払って、ルカは背面を前になるようベッドの横に置いた。
その椅子を跨ぐように座ったルカが、背もたれの天辺で腕を組んで、そこにもたれこむ。
ジュリと似た、深い思考タイムの姿勢に、ルカは自分を小さく笑った。