6.青藍
第三者視点。
目の前の兄、ジュリが崩れ落ちる瞬間、ルカは即座に支えた。
ジュリの紫水晶の瞳が、焦点を失う。
ここではない何処かを、見ているように。
ルカは慣れたように、息を一つついて、自分よりいくつか年下に見える兄を抱き上げた。
ジュリの顔を見つめ、弟は小さく笑う。
ソファーにジュリを座らせ、ルカが膝立ちで兄の髪に触れる。
一筋、二筋と、ジュリの濡髪に指を遊ばせていた、ルカの長い指。
その指が、ジュリの前髪を梳いて、耳にかけた。
「ジュリ」
ジュリの膝に手を置き、上半身を少し倒して、ルカが耳元で呼ぶ。
ルカの前髪が、ジュリの髪にかかる。
ジュリの髪色に映える、ルカのオリーブアッシュの強いブロンドが揺れる。
弟の声に、ジュリの瞳孔の焦点が合う。
深い藍色のルカの瞳を見つけ、ジュリが小さく驚く。
「あ…」
状況の把握に遅れている、ジュリ。
状況把握に遅れてはいても、状況は予測が容易過ぎて、ジュリは弟の顔を見る。
「色々ありすぎたからね。今日は。特別サービス」
気にすんな、と、ルカが勢いよくジュリの隣に座る。
ルカの勢いでの余波を受けて、ジュリがルカの膝に落ちる。
「ルカ!飛び乗っちゃだめって!行儀悪いよ!」
体勢を立て直しながら、ジュリが言う。
「…」
小言を続けようとしている、ジュリがルカの目を捉え、何かを悟るより先に、ルカの口元が密かに弧を描く。
ルカの手と足が、ジュリをホールドしたかと思うと、ジュリの嬌声が上がる。
「ひっ、なっにゃっ、…ん、ひゃっははは」
至って涼しい顔でルカが、のたうち笑うジュリを、ひたすらくすぐる。
くすぐりから逃げようと、のたうつジュリの動きを追いながら、ルカが追い詰めていく。
リビングルームに、ジュリの笑いじゃくる声が響く。
散々ジュリを笑わせて、ルカが手を止めてニヤリと笑う。
「ソファーで暴れるなんて、行儀悪いよ」
ジュリの喋り方で、ルカが言う。
「はぁっ!?ルカがくすぐるからだろ!?」
なんとか、ルカの攻撃から逃げ出しながら、ジュリが反論する。
「オレの膝に、落ちて来るからだろ?」
ルカの涼しい呟き。
「いや、それ、ルカのせいだし?!」
小型犬の威嚇のようなジュリの訴え。
そんなジュリを、聞き流すように一瞥したルカが何かに気付く。
「おい。ソレ…」
ルカの呟きに、ジュリが弟の目線を辿る。
「…何?」
キョトンと、ジュリが小首を傾げる。
「オマエ…」
ルカの声が1.5トーン下がる。
「え、急に、どうしたの?…え?なになに?」
ジュリが、ルカの雰囲気に、ソファーの隅に後ずさる。
後ずさる場所はすぐなくなり、膝を折り上げ、ソファーの隅で小さくなって、ルカを見上げるジュリ。
「それ、オレのパーカー!何が『なになに』だ?オレのパーカー、勝手に着て、オレより似合ってるとか、ふざけんな!クッソ可愛い過ぎて、ムカつくわ!この馬鹿ジュリ!」
と、ルカがパーカのフードを掴んで、乱暴にジュリに被せた。
「あぁ!道理で大きいなと思ってたんだよね」
フードを被ったまま、納得、納得と言うように、ルカを見上げるジュリ。
「大きかったら、オレのだろ?何、普通に着てんだよ」
ルカがジュリのパーカーのフードを、バサッと外す。
フードが外されて、髪が少し乱れたジュリ。
「僕の服、基本大きいから、気づかなかったんだもん」
口を尖らせ、ジュリがルカを睨む。
「いや、お前、自分で言ったじゃん?道理で大きいとおもってたって」
淡々とジュリに言うルカ。
「…そう言えば、あの子どうしたの?」
ルカの好戦的モードに、ジュリが突然話題を変えた。
「え?あ、ああ、寝てるけど」
ルカが素直に答えた。
ソファーの隅、膝を抱え、小さくなったジュリは、思考からルカを排除するように、ルカから床へと視線を移した。