31. 裏葉
ルカくんの記憶の中。
ちょっとしたカタルシス。
抜け落ちた記憶。
それを紐解く勇気は、未だにない。
必死に逃げた。
ただ、必死に。
オレが、消えれば。
消えさえすれば、ジュリを守れるって。
何故か、すごい確信があって。
でも、まだ大人でもなかったオレは、すぐに途方に暮れた。
泣きたくなるほど空腹で。
いつかの為の帰り道が、あやふやにもなりつつあって。
独り言も、心の呟きも、ただジュリの名を紡ぐだけで。
わけの分からない痛み。
理不尽極まりない怒り。
聞いたことさえない、ジュリの悲鳴が幻聴となり。
見たこともない、ジュリの泣き叫ぶ顔がちらつき。
胸を、頭を、掻きむしりたい程に、極限の一歩手前。
精神よりも先に、飢えが意識を手放した。
そんなオレが、目を覚ましたのは、塗装が消えた壁に囲まれた部屋の寝台だった。 その瞬間、口の中が唾液でいっぱいになった。
何日ぶりか分からない食事が、寝台の隣の小さな机に置かれてた。
何も考えず、オレはがっついた。
『やっと、目覚めたのね』
女の声だった。
『…っ』
声に振り返ると、その姿に。
一瞬で、思った人じゃない事に気付いた。
そうだ。あの人は。
もう、いないんだって。
オレは、怖がって、子供でいることを選んだ。
つまり、オレは。
あの人を、見殺しにしたも同然だって。
『お食べなさい』
平坦な静かな声が、オレの脳ミソの記憶再生を止めてくれた。
『…』
返事もできず、オレはただ食事に戻った。
オレも、その人も、無言で。
食事を終えると、その人は誰かに食器を下げさせ、寝台の近くのロッキングチェアーに腰掛けた。
椅子が揺れる音が何回かしてから、その人が口を開いた。
『名前は?』
静かで、何処か憂いを帯びた、でも、とても優しい声だった。
『ルカ』
何でか分からないけど、その時オレは素直に答えていた。
『そう、いい名前ね』
そんな返答に、オレはボロボロ涙を零しながら、笑ってた。
母さんが名付けた、オレの名前。
いっぱい、いっぱい、名前で呼んでくれてたんだ。
記憶の洪水は、笑顔がいっぱいで…。
そして、オレの中で、何かの扉が壊れた。
『母さん、…母さん、いなくっ、…いなくなっちゃ…った。ころ…されちゃったっ…』
受け入れを拒否してた現実を、受け入れた瞬間。
嗚咽が止まらなくなった。
その人は、不思議なぬくもりを感じる人だった。