22.紅葵
ジュリくん
見せちゃダメだ。
見せちゃダメだ。
あの子…、六花にも、ルカにも。
速まりそうな足を、どうにか押し留めて、部屋の外出た。
後ろ手でドアを締めて、ピタリとドアが締まったのを耳できく。
呼気が漏れて、息を止めてたことに気付いた。
頭の奥が、クラクラする。
元居た部屋に戻ろうと、45度回転して数歩。
グラリと視界が揺れて、重力を数倍に感じる。
咄嗟に壁に手を付いて、自分を支えて。
目眩を無視して、歩く。
すぐそこにあるドア。
あと、ちょっと。
視界に、小さな火花が幾つも飛んでる。
目、ギュッて、つむって、無数の火花を振り払おうと首を振った。
鼻から、深く息を吸って。
口から、ゆっくり吐いて。
器官が裏返るような、引きつる感覚に、冷たい汗が背中ににじむ。
ここじゃ、ダメだ。
僕は、置かれていた部屋じゃなく、本能の求める場所に向かった。
どうやって辿り着いたかなんて、知らない。
でも、僕が居たい場所。
母上の造ってくれた、シェッド。
本棚に寄りかかる。
母上のお気に入りの本ばかり。
本だけじゃなくて、色んなもの。
香水の瓶、中身のない写真立て。
オルゴールのついた、ジュエリーBOX。
母上が嫁ぐ時のSomething blueだったという、ソーイングBOX。
膝が、身体を支える限界が来て。
本棚にもたれたまま、そこにズルズルと滑り落ちた。
座ってもいられなくなって、横になった。
身体を丸くして。
シェッドのドアを、締め忘れてたのか、髪や頬に柔らかく涼しい風が触れる。
「…」
こんな時、母上が髪や頬を撫でてくれた。
この風みたいに。
どうして、こんなに痛いんだろ?
何もかもが。
身体も、頭も。
胸も。
「…ははうえ」
なんで、泣いてるんだろ?
仰向けになって、手足を放り出した。
涼しい柔らかい風に、フワリと匂いを運ぶ。
「…」
あの匂い。
あの子と似た匂い。
そうだ…。母上が、取り寄せて植えさせた薔薇。
ブルー・フォー・ユー。
四季咲きの、青系のオールドローズ。
母上の微笑みが、蘇る。
両手を伸ばせば。
抱きしめてくれるような。
母上に、会いたいよ…。