19.橘花
ルカくん。
ジュリの行動が読めないのは、いつものこと。
それは分かってるけど、分かり尽くしてるけど。
本当に、行動が読めない。
だから、よく不意打ち食らう。
おまけに、そういう時のジュリの行動は早い。
行動が早いだけなら、まだいい。
ジュリの動作は、その行動をはるか上行く速さ。
何が起こったか、いや、何か起きたと気づくことが遅れる。
丁度、今みたいに。
気がついた時には、ジュリはいない。
ジュリの行き先、隣室に、数分遅れで移動した。
オレの目に飛び込んで来たのは、ベッドの上の少女に被さろうとしてるジュリ。
事の把握より先に、身体が動いた。
ジュリの首根っこ掴んで、強制停止。
「なんか、怖いよ?ルカ」
オレを振り返り、見上げるジュリが言う。
なんなら、ちょっと怖がった怪訝な顔してやがる。
そして、すごく不満気。
「…っ」
ジュリが目で訴える不満の色に、オレの頭が熱くなる。
あまりに普通に過ごしてて、ジュリの純心無垢さ加減を忘れてた。
特殊な生活強いられてたジュリは、色々と年不相応。
オレの方が普通なのに、なんかすげー、自分が下衆く感じる。
「ルカ?」
オレが一人で固まってるのを、不思議そうにアーモンド型の目が見上げてる。
「…寝てるだろ、まだ」
ジュリを椅子に戻して、言った。
「あ、ああ」
素直にオレの誤魔化しに納得して、ジュリがちょっと反省した顔をした。そして苦笑する。
なんか、すげー罪悪感が…。
「ルカ…。この匂い、なんだろ?」
超見た目相応だけど、超年齢不相応のジュリへの対応に、久しぶりに頭が囚われてると、ジュリが唐突に言った。
「へ…?匂い?」
ジュリの問いに、さっきのジュリの行為の理由を知った。
でも、ジュリがいう匂いが何のことか分からない。
「うん、この匂い」
ジュリが、匂いを吸い込むようにして言う。
消毒や、寝具や、カーテンの普通の匂いしかしない。
ジュリの言う匂いが、そういうのじゃないのは明らか。
「…」
嗅覚は、オレの方がはるかに上なのに。
この部屋の匂い全て、どれも特別なものなんてない。
「なんか、すごくいい匂い。優しくて、懐かしくて」
オレが理解してると思い込んでるのか、ジュリが言う。
「…」
さっきの、あれ、匂い辿ってたのか?
「柑橘系のような、薔薇のような匂い」
オレが無言なのにも気づかず、ジュリがその匂いで肺をいっぱいにしたそうに、少し深い呼吸をする。
「柑橘系みたいで薔薇みたい?」
ジュリの表現の匂いが、想像出来ずに、ただオウム返しみたいに呟いた。
「懐かしくて、ちょっと、泣きたくなる匂い」
ポツリ、ポツリとジュリが紡ぐ。
「…」
オレが感じない匂い。
ジュリだけが感じてる。
「すごく優しくて、…優しくて、痛くなる」
ジュリが散りばめ紡ぐ言葉と共に、ジュリの指がベッドの少女の指に触れた。
「…」
何でか分からないけど…。
ジュリとこの子見てたら、泣きたくなった。