17.白磁
第三者視点。
わずかに開いた唇。
弛緩しきった、身体。
苦痛の影も何もない。
陶器のビスクドールのような無機質さ。
ジュリの完全な無表情の寝顔が、さらに人形のように見せる。
規則正しい呼吸音や、心音モニターの音。
間違いなく、ジュリの生命の音なのに、機械音のように冷たく、ルカの耳に響いている。
抜血パックの血液。目盛は間もなく、上限。
今、ジュリの周りに残っているのは、ルカの血液の入ったパックと、ジュリの血液のパック。
あと最低1週間、antidoteの追加投与は出来ない。
目視する限り、抜血とルカからの輸血が功を奏しているようだった。
ルカから、わずかな安堵の呼気が溢れる。
ベッドの側の椅子に、ルカが腰を落とす。
なんとなく触れずにいられず、ルカの指がジュリの指に触れる。
ルカの脳裏に、少し前のリザの眼差しが過ぎる。
彼女の双眸の奥から、瞬間でかき消されたけれど、間違いなくあった重い問いかけ。
自身の中、事あるごとに、燻ぶる問いかけと似たものである事は、確認しなくても解るものだった。
「…ジュリ」
無意識に紡がれた、名前。
ジュリの指に触れていた手を、その手に重ねた。
ルカの手に、すっぽりと収まる、小さな手。
小さな手だけれど、長く細い指は、繊細なようでしっかりしている。
抜血量、輸血量、antidote、その他の様々なことが、ルカの頭で組み立てられては崩されていく。
こうなる以前に、施されてきたモノまでも、記憶の限り遡り、糸口のきっかけがないか。
何度も、何度も、膨大なデータや記憶を繰り返し辿って。
ジュリに重ねていたルカの手が、握る形に変わる。
「ルカ…?」
ルカの手に応えるように、ジュリがゆっくり目を開けた。
ジュリが目を覚ますとは思っていなかったルカが、微かに驚く。
兄の声に、ルカが身を起こした。
「まだ、寝てろよ」
起き上がろうとするジュリに、ルカが言う。
「大袈裟だよ。ルカは過保護すぎ」
眉間を曇らせ、ジュリが少し口を尖らせる。
そしてジュリは、ゆらりと起き上がった。
「…っ」
ジュリに反論しかけた言葉を、飲み込むルカ。
ルカの様子に、ジュリは瞳がちの目で探るように見つめる。
即座に作られる、ルカのポーカーフェイス。
それなりに弟を知っているジュリは、気づかなかったフリで微笑む。
「あの子は?」
隠すなら、知らない方がいい。
言わないなら、きかない方がいい。
だから、ジュリは、自分のことから少女のことに話を変えた。
「…え?」
ジュリの反応や会話の方向の急な変化に、ルカが乗り遅れる。
「綺麗な黒髪の、あの子」
ルカを真っ直ぐ見つめ、ジュリが言う。
瞳がちの目。その瞳の色が深くなる。
「…隣の…部屋」
ジュリの瞳の色の変化に、ルカが引き出されるまま答えた。
「これ、もういいでしょ?」
輸液も輸血も、抜血も終わってるよ?と、ジュリは慣れた手付きで、複数のivyを抜いた。その動きの流れのまま、軽い着地音とともに、ベッドからも降りた。
「ジュリっ?」
あまりに軽やかで素早く横をすり抜けたジュリに、ルカの反応は遅れる。
ルカが名前を紡げた時には、兄はもうドアを開けていた。
「ね、隣って、どっちの隣?」
ドアから外を覗いたジュリが、自分の部屋に両隣があることに気付いて、ルカを振り返った。
「こっち…」
条件反射的に左側を指差して、ルカが返す。
ルカの指の方向を、自分の指でコピーして、ジュリが方向を確認してから、ルカに微笑みを見せる。
ペタペタと小さい足音と一緒に、ジュリは隣室へと消えた。