16.緋衣
30代半ばに見えるリザと同じエメラルドの瞳の男性が、女王の居住スペースへと入る。
表情は固く、落ち着かない様子を、隠すこともなく。
襟元をネクタイごと緩め、ジャケットのボタンさえ外しながら。
濃色の重厚なドアを開け、リザのライブラリーへと、その男性は入った。
「母様、どういうことですか!」
ドアが閉まるなり、少し掠れ上ずった声で、読書椅子に座っている女性へと、彼は言い放った。
「どういうも何も、確定したことです」
凛とした声で、答える女性。
その女性と目があった男性は、その姿に驚いて目を見開く。
「な、母様っ、誰かに見咎められたらどうするんですかっ!!」
先程とは別種の上ずった声で、男性が声をひそめる。
「この王国の女王は、明日退位を発表し、半月後に体調を崩し老衰で亡くなります。そして跡を継いだ王太子は、母にも劣らぬ統治をし、王国はより健やかな繁栄を続けるでしょう」
物語を読むように、女性は男性を見据える。
「悪い冗談はよして下さい!せめてウィッグだけでもっ…」
男性は慌てふためく。
「冗談でこんなこと言う母じゃないことくらい、分かってるでしょ。王太子」
大きな溜息を零し、スカートを軽く蹴り脚を組みながら、悪態めいた話し方で、女性は王太子と呼んだ人を見据える。
エメラルドグリーンの瞳を際立てる、ショートカット。
王太子と呼ばれた人より、はるかに年下に見える。
「母様!」
女性の悪態ぶりを諌めるように言う、王太子と呼ばれた男性。
「ハゲるよ?」
王太子を冷めた目で見ながら、呟く女性。
「なっ、母様!?」
真っ赤になって、王太子が声を上げる。
「目以外は、父親似だからね。残念ながら」
そう言いながら、一度組んでいた足を崩したかと思うと、女性は両足を椅子の上にあげ、あろうことか、あぐらを組むようにして、足先に両手を乗せるようにして、王太子をからかう。
「母様、はしたない!なんて格好なさってるんですか!?」
王太子が、女性を諌める。
「…いくら、色々細工して誤魔化してても、さすがに95の真似は母様には限界。それに、さすがにもう95の女王が現役バリバリってのも、ね」
椅子の上、あぐらの形から片膝を立てて言う。
「…退位して、その後、どうなさるんですか?」
王太子が、母と呼ぶ人に尋ねた。
「この姿に戻って、ただのリザとして、ジュリやルカに会いたい時にあって、あちこち旅して、アンタや孫たちと楽しく過ごす!…って、予定だったんだけど…」
そうもいかなくなったと、その人は少し悲しげに笑った。
王太子を産んだころと代わり映えしない姿。
それが、この国の女王の真の姿。
「…黒血ではなかったのですか?」
王太子の問い。
「…」
リザが、悲しげに笑む。
王太子の目が震え、彼の手がリザの手を包んだ。
第三者視点。