15.紫雲
第三者。
静かな慌ただしさを、無言でリザが見つめている。
リザの手が体側で、強く握り締められていた。
ジュリに次々と増えていく管や、機器。
「きくんじゃなかったの?」
部屋にルカとリザになってから、リザが言った。
「…安易に見すぎた」
ルカが呟く。
「黒血じゃないの?」
運ばれて来た時のジュリの症状や検査結果を見ていたリザが、ルカを振り返る。
「どのデータも、黒血って示してる。でも、antidoteが効いてない。進行がわずかに鈍る程度で…」
苛立ちを隠し切れないルカ。
リザが目を伏せる。
無言で、ルカが少女のデータをリザに渡す。
「…ジュリは、死ぬの?」
とても静かに、リザはルカを見つめた。
「死なせない」
はっきりとした、ルカの声。
ルカの目を見つめたまま、リザは少女の身元調査結果を思い出す。
「…」
紡ぎかけた問いを、リザは押し止める。
ルカがわずかに瞳を揺らした。
紡がれなかった問いを、気づかなかったフリは出来ない。
そして、ルカは女王から目をそらし、兄のベッドに向かった。
真紅のivyが、両腕に刺さっているジュリ。
一つはジュリの血を抜くもの。もう一つはルカの血を入れるもの。
「死なせない」
ルカが、もう一度呟く。
「…あの子、…あの子も、贄の一族ね…」
女王が背を向けたまま言う。
「まだ結果は出てない」
ルカの言葉に、リザが振り返る。
「検査なんか不要じゃない?…揃ってるじゃない。…チップもない、該当する存在も形跡も、何処の国にもない。入国形跡もない。それに、アンタも見たでしょ?ジュリと同じ、光る肌に、一回り小さいキャシャな体格!」
感情も露わにリザが怒りに震える声で、嫌悪に歪んだ笑みを口元に浮かべる。
ここには居ない誰かを心の底から蔑ずむのを、隠しもしない声音と双眸。
「リザ」
小刻みに震えているリザの肩に、ルカが触れる。
「…なさ…ぃ。ごめんなさい」
リザが、一筋涙を零す。
「リザは、関係ない」
ルカが呟く。
「…ありがとう」
肩に置かれたルカの手に手を重ね、リザが小さく頭を下げる。
そして、女王は、ジュリの元に歩み寄った。
ジュリの寝顔をしばらく見つめ、リザは一歩だけ下がり、片膝を折り、深々と礼を捧げた。
女王が唯一、神にのみ捧げる礼。
リザは唯一、ジュリにのみ捧げる。