12.古桃
第三者視点。
在位80年を超える、95歳の女王。
王配を亡くしたのは、50になるより先だった。
子は、王太子一人のみ。
史実の限り、これ以上の繁栄はなく、始まりの王以上に天使の寵愛と祝福を受ける女王。
ベッドの上、出逢った頃から、少しも変わらないジュリを見つめながら、リザは己の国民達からの、そんな敬愛からの自身への謳い文句に、自虐的になる。
天使の寵愛には縁などなかった、と。
眠りに戻ったジュリの寝息を、ただ聞いている女王。
天使の意志を無視した祝福は、リザの時の進みを歪めた。
軽いノック音に、リザが居ずまいを正す。
リザの許可の合図より先に、ドアが開く。
普段聞かない雑な音に、くすりと笑って、振り返る。
「やっと、ノックは覚えたのね」
からかう口調で言う女王は、ムスっとしたルカを見上げる。
「ジュリと住んでるからな」
ルカが、呟く。その呟きに、リザが小さく吹き出す。
「フフッ。ジュリらしい」
ルカからジュリへと、リザは視線を戻す。
「お気に入りの天使のままだよ、…ずっとな」
少し言いにくそうに、ルカが言う。
「お気に入りの天使のまま…」
ルカの言葉を繰り返す、女王。
「お前、化粧臭え。つか、その髪も似合ってないし、薬品くせーよ」
リザは、ルカの言葉に驚いた。
「…」
ルカとリザの目が合う。
「退位ってのしたら、それ辞めろよ。化粧も、髪も。…しんどかったな…、普通のフリ…」
不器用な言葉を紡ぐ、ルカ。
「馬っ鹿じゃないの?いまさら、何カッコつけてんのよ、オレサマルカ!気持ち悪くて、鳥肌立つっ!気持ち悪っ」
リザが、わざとらしく身震いを見せて、ルカに悪態をつく。
「なっ、お前っ、口、悪ぅっ!!お前、それでも本当に女王かよ?!」
リザの台詞に、条件反射でルカが声を荒げる。
「口悪いのは、ルカのが移ったから、ルカのせいでしょ!?」
二人の口喧嘩に、眠っていたジュリが微かに目を覚ます。
「リザ、ルカ、お声が大きいです」
眉間に深い皺を刻んで、リザとルカに言ったかと思うと、ジュリは布団に潜った。
女王とルカは顔を見合わせて吹き出し、慌てて笑い声を押し殺す。
「母様、そっくり…」
小声で、泣くほど笑いじゃくりながら、リザが言う。
「母上、ね?」
ジュリの声マネで、ルカ。
「懐かしー。よく言われたわ。母様そっくりのお小言、沢山」
目元の涙を、拭いながら、リザが懐かしむ。
「…百年の恋も、冷めたろ?」
ルカが、呟く。
「っ…。なっ、はっ?…」
真っ赤になって、狼狽えるリザ。
ルカが、声を殺しながら笑いじゃくる。