11.懐闇
ルカくん。
血とか苦手な方は、自己責任で。
今から、80年ちょっと前、初めて、この城の門をくぐった。
ジュリの血と、家に残ってた何人もの兵士の匂いを辿って。
この部屋と似たような部屋で、ジュリは眠ってた。
丁度、この黒髪の女子みたいに。
「ジュリ様、お目覚めになりました。陛下が、引き続き側にいらっしゃるそうです。その少女については、続報はまだありません」
オレとジュリとリザの関係を知っている、数少ない人間の一人、リザの乳兄弟が言う。
そういや、初めて会ったリザは、この女くらいの年頃だったっけ?
ちっとも、面影ないよな。今じゃ。
あの頃のリザは、青白くて、ヒョロヒョロの手足だけ長いヤツだった。
深翠の目だけ、やけに目立つ、少女だった。
あれは、王太子が死んで、次の王太子も死んで、産まれたばかりの3人目の王太子が死んで、王の子がリザだけになってた時だった。
リザの父親は、3人目の王太子が生れる前に落馬からこじらせた、感染症かなんかで亡くなってたのを伏せられてた。
この国は、悪しき『天使シンコウ』がある。
プリズム色の白金色の髪、大理石の肌、紫水晶の瞳を持つ天使の祝福を授かった、始まりの王が建てた国ってのが、この王国の由来のせいで。
今の時代なら、見た目だけなら、伝説の天使なんて、いくらでも量産できる。
ヴァンパイアみたいに。
でも、あの頃はまだ、伝説の天使様は厚くシンコウされてた。
というか、次々王太子始め、王侯貴族も国民も伝染病や戦争で、召されてたから、異常なまでに妄信されてた。
プリズム色の白金色の髪。
大理石の肌。
紫水晶の瞳。
ジュリはずっと、その見た目のせいで、虐げられてきた。
だから、出来る限り、ずっとジュリを隠してた。
当然、完璧なんて有り得なくて…、天使シンコウの王国一妄信者になってた、リザの祖父の天使狩りに、ジュリは攫われた。
あの日、乗り込んだオレが見たのは、血塗れの王妃だった。
そして、天使シンコウ狂信者の前王のシカバネ。
リザの母親は、ジュリを命懸けで守ってくれた。
リザと似た年頃の少年を殺める、天使の祝福なんか間違ってるって。
その後、色々ゴタゴタあって、王に続いて前王殺害も隠匿されて、城の中は前王派と王妃派で揉めてた。
オレらがヴァンパイアなんて知らなかったリザの母親は、オレとジュリを、亡くした王子たちみたいに大事にしてくれた。
リザの母親は、ジュリが初めて心を開いた他人だった。
その次がリザ。
ジュリが、王妃とリザに無条件の愛を返すようになるのは、当然早かった。
特に、王妃には。
餓えてたから。母親というモノに。
そしてジュリは前王派の残党に、二度目の誘拐をされた。
王妃がジュリの為に、ライブラリーに新しい本入れてくれたからって、唆されて。
デタラメな天使シンコウの天使伝説が実行された。
リザの血をいくらか抜き捨て、天使から血を入れるという、滅茶苦茶な儀式が。
王妃は錯乱し壊れた。
7日7晩、生死を彷徨ったリザは、デタラメな伝説に近いものとなった
壊れた王妃の記憶は、オレとジュリの存在を、亡くした王太子たちとにすり替えた。
王妃が亡くなるまでの約5年間。
幸福だった。純粋に。
リザには、罪悪感だらけだけど。