9.藻緑
ジュリくん。
僕の名前。僕の名前…。
僕の名前は、ジュリ。
ジュリが、僕の名前。
僕の名前は、ジュリ。
『ジュリ!ほら、これ、シロツメクサって言うんだって!』
キラキラの髪をフワフワさせた、ルカと言う男の子が言った。
『お花だね』
ルカと言う子は、僕の顔の前にシロツメクサというものを差し出した。
『匂い、甘いでしょ?ミツバチがいっぱいくるんだよ』
僕はルカのいう、甘い匂いというものが分からなかった。
でも、ルカの言葉で、シロツメクサが花で、白い色で、匂いが甘いって、知った。
ルカがシロツメクサが好きなのも。
ルカが、シロツメクサが僕の頭に似てるから好きっていうのも。
ルカが言うから、知った。
僕に、ちゃんと名前があることも、それがジュリだっていうことも、ルカが言うから知ったんだ。
『ルカ、駄目よ。天使様はお休みになってないといけないの。外のモノは天使様の近くに持って行っちゃ駄目って言ってたでしょ!ルカ、貴方もよっ』
僕の手から、シロツメクサが消えて。
この女の人の声は、いつも僕の耳と頭を痛くする。
『…』
こんなに、ルカみたいな目してるのに。
この人は、痛くて嫌な音のする大きな声で、ルカを連れて行く。
『ママっ、でもっ!』
ルカが女の人に何か言ってたけど、大きなドアの音で聞こえなくなった。
ルカが言ってた。
あの痛い音の声の人は、ルカのママ。
ルカのママだから、僕のママだって。
ここは、僕の部屋。
壁も、ドア、ベッドも白。
シロツメクサと同じ。
ルカの好きな、シロツメクサと同じ。
『る…か…』
痛い。痛いよ。
頭が痛いよ。
ドアの外。
ママの声がする
ママが、まだルカに痛い音をぶつけてる。
何回も。何回も。
痛い。痛い。…痛いよ。
ルカ。…ルカ。
『っく…、ぅっ…』
頭が痛いよ。胸が痛いよ。
痛い音はヤダ。
怖い音もヤダ。
痛い音、嫌だよ…。
苦しい…。
「息をしなさい!」
乾いた音と一緒に聞こえた声。
頬が熱くて、痛い。
「目は覚めた?」
凛とした真冬みたいな、でも暖かい音の声。
「うっ…」
わけ分からないけど、ボロボロ涙が出る。
グチャグチャに泣いてる僕の頭を、ぬくもりが撫でる。
「馬鹿ジュリ」
ルカとそっくりな言い方。
「リザ…っ」
決壊した感情に、嗚咽が止まらない。
ボロボロ溢れる涙で、何も見えない。
「…」
優しい手が、何度も僕の頭を撫でてくれる。
「リザっ、…リザ、僕、僕っ…、リザ…」
止まらない涙を、腕で覆った。