序章
序章
薄暗く天井の高い部屋。殺風景のようで、部屋とマッチした調度品が並んでいる。
厚いカーテンのせいか、並んでいる家具の色のせいか、時間が止まったような空間。
プラチナのような白のような、わずかにウエーブのかかった髪と、青年になりきっていない顎や首筋。
わずかにグレイがかったアイボリーの頬が、伸びた前髪の合間から見える。
マホガニーの机に、伏せるような形で眠る口元は、肌の異様な白さのせいか、紫サクランボの果汁にわずかに染まったかのよう。
「・・・兄様?」
重いはずのドアが、音もせず開いたかと思うと、深い森のような色のワンピースの少女が部屋を覗き込む。
彼女は、いつもの場所にいる探し者を見つけたと同時に、柑橘系の香りのような薔薇の匂いの柔らかい風を産んだ。
「六花?」
少女が産んだ風を、即座に感じ取って、青年手前のような少年が、目を開けることもなく、少女の名をわずかに呟く。
彼が呟くのより、やや早く、少女が少年に横から抱きついていた。
「どうして、いつも、起こせないのかしら」
少女はラズベリー色の唇を尖らせる。
「おまえは空気さえ、騒がしいんだ」
そう呟いて、半身を起こした少年は、長い前髪を耳にかけた。
はっきりと見える側の、彼の目はアメジスト色。
少年に抱きついている少女は、少年と目が合って、ふわりと微笑む。
「また、兄様はよくわからないこと言う」
わずかに、眉を寄せて、少女は少年を見つめる。
少女の表情に少年は、微かに微笑んで、彼女を抱き返す。
少年の腕の中に、すっぽりはまった少女は、幸せそうに彼の首筋に顔をうずめた。
少女の瞳は、濃いオリーブブラウンに見えるが、よく見ると瞳の縁取りは、少年の瞳よりも濃い紫色をしている。
そんな瞳を際立たせるように切り揃えられた前髪。
「・・・おかえり。六花」
少女から立ち上がる匂いを、肺一杯に吸い込んで、少年が呟く。
「ただいま、兄様」
少年の腕の中、身体を預け切って少女が呟き返した。
少女の言葉に、瞬間、少年は泣きそうな目になる。
少年は少女を抱く力を強め、双眸を前髪で隠した。