運命の3 その日運命と出会う
りんごーん、と教会の鐘が勝手に鳴り響き、私には光が一条天空から降り注いでいた。何かハレルヤ的な感じで、白い羽も降り注いでいる。何も考えずにゲームを楽しんでいた時は、このスチルも素敵だなーとか思ってましたよ。思ってましたけどね。今となっては、そんな気持ちはまったくない。だって、もう今回で101回目ですし。
「聖女様!」
神官様が私にかしずく。白い法衣が汚れてしまう方が気になって、私はあわあわとしながら神官様の肩に手を置いた。
「神官様、そんなことはなさらないでください」
「いいえ。聖女様の降臨に立ち会える奇跡など、王都の大聖堂でも滅多にありません」
真面目なんだよなー。すごく。だからこそ、こんな田舎の村の神官様を腐らず続けていけるのだろうけど。
「私はただのイェルダです。変わらず、この村のイェルダなのです」
これは決められた台詞。違うものを言おうとすれば、そこから破綻してゲームオーバーだ。本物のイェルダの眼は厳しい。運命の神から告げられた、今回はハードモード設定というのも気にかかるから、ここはミスをしないようにしたい。
「素晴らしい!」
そして後方から、ぱちぱちという拍手と共に真打が現れた。王太子ヴァレール・テオフィル・エメ・ル・フラム殿下。考えろ、考えろ。どうしたら最善なのか。本当はもっと後に会う殿下に出会った時に私はどうすれば『正解』なんだっけ。攻略本の殿下のページを頭の中で高速で探る。見つけたページにあったセリフを、私は噛まずに言うことだけを考えながら跪いた。
「ほう」
私が直接その顔を見なかったことに気付いた殿下が、少し意外そうな声を漏らす。この国では、貴族と平民の格差は絶対。ましてやその頂点に位置する王族の顔を直接見ることなど、本来の平民ならば許されない。だからしっかりと頭を垂れて、その顔を見ないようにする。
「娘、そなた、名を何という」
「は、はい。イェルダです」
余計なことは言わない。名前だけを告げる。それしか聞かれていないのだから、それ以外を答えることはNGなのだ。
「神官。彼女が聖女として神より託宣されたことは私も見ていた。彼女を王都に連れて行ってもかまわぬな」
「はいっ! 王国の若き太陽。殿下の御心のままに」
さすが腐っても神官。いや腐ってないけど、すべて間違わずに王子と対峙するなんてすごいな。
「恐れおおくも彼女の仕度の準備のお時間をいただきたく存じます。せめて家族との別れを」
「ふむ。俺も無慈悲ではない。では明朝出立としよう。そのように計らえ」
「御意」
そして頭をあげる許可を出すこともせずに、神官様とだけお話をして王子様は去ってゆきましたとさ。もう、それで終わればよかったのに。
私はなんだか気が抜けたのか、気付けば村のはずれの湖の前でぽつんと一人で佇んでいた。今朝までは普通に話しかけてくれていた友人たちも、腫物を扱うように距離を置いていて傍にはいない。
私は、またひとりだ。
何度も何度も繰り返してきたイェルダの人生の中で、ひとりになることが無かったわけではない。選択肢を間違えて殺されたこともあるし、もっとひどい目にあったこともある。
でも、この聖女と呼ばれて遠巻きにされ、ひとりにされるこの瞬間だけは何度味わってもいいものではない。何ていうかこう、心がぷちぷちっと引き裂かれていくようだ。
本物のイェルダは、何度この気持ちを味わったのだろうか。
100回目のループを迎えても、心の奥底から真っ黒の気持ちを持って彼女を思っていても、憎みきれることはない。命がけで魔物と戦っているこの世界の人たちに比べたら、甘い世界で生きていた私だからそう思うのかもしれないけど、イェルダのことを全部が全部ひどいとは思えないんだ。
つらい気持ちはなかったことにはならないし、苦しい気持ちも消えはしない。
それでも、今回のチャンスを私は生き延びたい。
「泣いているの?」
不意に声をかけられて、驚いて振り返った。
逆光でその人の表情は見えない。ただ、金色のオーラがその背中から湧きたつように見えた。金色の豪奢な縦ロール。背は高くて、すらっとしている。
「泣いているの?」
もう一度聞かれて、私はあわてて頬に手をやった。気付いたら泣いていた。ひとりぼっちでずっと、考え事をしていたせいだろうか。全然気づかなかった。
私に泣いているのかを問うたその人は、私のところまで歩み寄るとそっと指先で涙を拭ってくれた。思わずその顔をまじまじと見る。
氷のような冷たい青の瞳。金色の縦ロール。深紅のドレス。この、人は?!
(アレクサンドラ・モルガン・エメ・ル・フラム! フラム王家の第一王女にして、このゲームの悪役筆頭?! 何でこんなところにいるのー?!)
混乱した頭の私は王族の方に対する礼儀とか作法とか全部すっぽ抜けてしまって、今の状況が本当に何で起きているのか分からなくなってしまい、ひたすら泣くことしか出来なくなってしまったのだった。