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運命の2 同じはずの違う日

「……な、なっんで?!」


 敬虔なる神の子のひとりとして、村の人間は必ず朝に礼拝に行く。そこには村人たちが当然集まっていて、そこで、私イェルダは神託を受ける、というのがこのマジラブというゲームのオープニングだ。

 村人たちが集まっているのはいつも通り。いつもと違う、のは。

 この国の王太子であるはずの第一王子の紋章が入った馬車が、教会の前にででどんと停まっているいるということだ。


(第一王子、ヴァレール・テオフィル・エメ・ル・フラム。現フラム王家の王太子。そんな奴がなんでこんな辺境の村に? 今までこんなことなかったわよね?)


 私専用攻略本を脳内で開く。そのまま、彼に関する記述が載っているページをピックアップ。それから今日この日に彼がここへやってくるデータを探す。


(……ない)


 ない、ということはイレギュラーだ。気が遠くなるほどのループの果てに、さらに新展開があるだなんて誰が予想したであろうか。


(本物のイェルダの仕業かなぁ)


 そんなに恨まれているのだろうか。確かに殺すぐらいの気概を感じたけど、むしろ殺されるよりもつらい目にあっている気も無きにしも非ず。

 ひとまず村娘が王子の紋章なんて知っているのはおかしいので、何も見ない振りをして遠巻きに通り過ぎる。

 教会には他の村人たちが集まっていて、私は幼馴染の少女のとなりに空いている席を見つけてそこへ滑り込んだ。


「遅かったわね、イェルダ」


「ちょっと寝坊しちゃったのだわ」


 幼馴染のセルマはふんわりとした雰囲気の優し気な少女だ。豊かな黒髪に碧色の瞳。大人っぽくて憧れてしまう。


「ふふ。気を付けないと、神様は見てらっしゃるわ」


「気を付けるのだわ」


 こくこくと頷いてみせると、セルマは満足そうにしている。神様、神様かぁ。神託を下す神様は、愛と正義を司る女神、アシュトリア様のはずだ。でも、この世界に転生してからの私はずっと、違う人に神託を受け続けている。


「さぁ、ミサを始めましょう」


 神官様のお言葉から、ミサが始まる。私たちは目を閉じ、神へと祈る。

 いつも通りの光景。

 でも、強い眩い光が私を包む感覚がした。ああ、始まった。





『やあ、君がイェルダを怒らせたお嬢さんか』


 聞いたことのない声だ。男の人の声。若くみずみずしい張りがあるようにも、しわがれた老人のようにも聞こえた。

 恐る恐る、目を開ける。

 そこにはピエロが一人、佇んでいた。


『やあやあ、はじめまして』


 おどけた仕草でぴょこんと礼をする。顔は仮面に隠れて見えない。でも、私は知っている。これは人ではない。神だ。


『怯えない、真っすぐな目をしている。百回を超える輪廻に耐えうる魂とはどんなものかと思っていたが、これは思わぬ掘り出し物かな』


 全部、知っているのか。私がどんな目にあってきたのかも。

 本来なら、ここでアシュトリア様からの啓示が響く。私を聖女として地上へ派遣するというものだ。

 そして私が見続けてきたループでは、毎度イェルダが現れる。女神のような清廉さで、私にまた聖女として生きろという。

 しかし、今回は違う。道化の姿をした神、ならば、この方は。


御名(みな)を口にすることを、お許しいただけますでしょうか?」


 深々と頭を下げて告げると、ぴく、と私の言葉に反応した気配がした。


『いいよ。君は本当にまっすぐだな。許そう』


 ごく、と固唾を飲む。間違えたら終わりだ。神様と対峙するなんて、本当に今回のループはイレギュラーが過ぎる。願うように祈るように、声を絞り出す。


「運命の神、ファタリテート様。顕現されたことを言祝(ことほ)ぎます」


『ふむ。馬鹿でもない。ますます気に入った。イェルダにだけ、遊ばせておくのは勿体ないな』


 笑いながら、私の顔を持ち上げた。指先はやわらかな子供のような、武骨な職人のような感触だった。ゆっくりとさすりながら、やはり楽し気に笑い続ける。


『うん。やっぱり気に入った。お前の魂は、俺が貰おう』


 にや、と笑った気配がした。仮面の下がどんな表情なのかは、私にはわかりかねる。

 そうして、彼は私から何かの糸を手繰り寄せた。金色の何か。それはどこかへと遥かにつながっている。それを寄るようにして、何か絡まっている繊維のようなものをひょいひょいと摘み取って投げ捨てながら、純粋に綺麗な輝きを放つ糸にしていった。私は、何をされているのか分からない。


『永遠に繰り返す人生は、今回を限りで終了だ。もう繰り返さない。君は』


「え?!」


『大体、運命は俺の管轄だというのに、神に愛されているからとあの娘は無茶苦茶をしすぎた。俺が楽しむためのもので、別の誰かが楽しむというのは非常に不愉快だ。君を人間のイェルダから切り離すのは同化が進みすぎていて無理だから、一先(ひとま)ず繰り返す運命を取り除いた』


 私。私は誰か、分からない。ゲームをしていた別の世界の私がいたということしか、もう覚えていない。そういうこともこの神様は、すべてお見通しなのか。


「神、さま」


『まぁ、それでも最後の悪あがきで今回の人生はかなりのハードモードに設定されているようだから、今までよりも大変かもしれないけど』


「うぐっ」


『俺の加護を授けよう。元々のものはそのままに、君がこの世界を楽しめるように』


 ぽんぽんと頭を軽くはたくようにされて、私はなんだか泣きたくなった。もうループしなくていいのは嬉しい。嬉しいんだけど。

 今絶対余計なこと言ったよね?! 私が知らなくてもいいこと言ったよね?!


『俺のことも、楽しませてくれよ』


 その言葉を最後に、まばゆい光の空間は閉じていく。

 神様は人間とは物差しが違うのだから、怒るのは間違いなのは分かっているけど、分かっているけど、怒らせてくれ! ……というか、あの言い方だと本物のイェルダがどうなったのかは、ちょこっとだけ気になるなぁ。

 と、余計なことを考えているうちに、目の前には光り輝く女神アシュトリア様のご神体があり、そうして私が聞いたことのある台詞が、教会の内部に響き渡った。


<<<乙女イェルダを、聖女としてこの地に遣わす>>>


 この運命だけは変わらないのか。まぁ、それはそうか。

 今のこの世界は未曽有の危機に瀕している。聖女がいなければ、世界は救われないほどに。

 村人たちの視線が、私に集中する。ああ、始まってしまった。でも、今までとは違うスタートだ。

 私は、私の人生を勝ち取らなければならなくなった。

 だってもう、ループしないって言った。運命の神はひどく悪戯で、でも言葉にする事柄は嘘を混ぜないというのが信条であるのだという。

 これって、結構大変なことになっちゃったんじゃないかな。

 私は101回目にして、私として生きていくために、本気でいろんなことを考えねばならない局面に到達してしまったようだった。


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