婚約破棄してくださいまし!!
短編ラブコメです。
「エド王子……わたくしのお願いを一つ聞いては下さいませんか?」
「何だ?大抵のことなら俺の権力で叶えてやるぞ。言ってみろ」
そっと彼の厚い胸に手を添える。
頭一つ分ほど違う身長差なのでわたくしが下から見上げる形になってしまう。
体を密着させていて、なんとはしたない女なのか!と思われてしまうかもしれない。
実際、彼は何とも言えないような表情だった。
だけど、この胸の内に秘めた想いだけはどうしてもお伝えしなくてはならないのです。
「婚約破棄してくだいまし!!」
「うむ。だが断る!」
即答。というかわたくしが最後まで言い切る前に却下されてしまいました。
「何故ですか!」
「いや、式を来月に控えて今更何をトボけたことを言っている」
「わたくしは大真面目なのです」
「うん、おかしいよなそれ」
なんと冷たい方なのでしょうか。婚約者のお願いを無下に扱うなんて。
そもそも人の話を最後まで聞くのは人として当たり前なのではないでしょうか?
「エド王子はいつもそうです。わたくしの意見を無視されてばっかりです」
「『王妃になりたくないから出家する』だの『王家に嫁ぐくらいなら引きこもってやる』と駄々をこねてきたナターシャが何を言う」
「だって嫌なのは嫌なんですもの!」
それなりの歴史と地位のある貴族の家に生まれ、現国王と父が学生時代からの友であるという理由で城に遊びに連れていかれ、親同士の約束で決められた婚約……その先にあるのは王妃としての公務。
「無理……無理ですわ。確実に胃腸を悪くします」
「玉座の間で地面に寝転んで駄々をこねたナターシャは鉄の胃袋だと言われてたぞ」
「誰ですか!そんな根も葉もないこと言う馬鹿者は!?」
「そなたの父上だ」
くっ!敵は身内でしたか。
……認めましょう。あの豪華絢爛で荘厳な雰囲気のある場所ではしたない真似をしたのは事実です。ですが、あれはわたくしの紛れも無い本心。その心は今も変わらないのです。歴史的な不祥事だとしても!
「ナターシャ、馬鹿な考えはよせ。もう他国や国の重鎮達には招待状は送ったし、国民へのお披露目パレードの準備も進んでいる」
「わたくしは許可した覚えがありません!」
「許可を求めたら拒否するだろうが」
「はい。もちろんです!」
「はぁ……」
凛々しい眉をハの字にして眉間を揉むエド王子。普段はどっしりと構えた勇ましい姿しか見ていない人々からは思いもしない姿でしょう。
生憎とわたくしは見慣れた姿ですが。
「ナターシャ。何がそこまで気に入らない」
「何もかもです」
「王妃になれば他の上位貴族からもイジメられる心配はないし、そなたの妹達にも苦労はさせないぞ」
「大丈夫ですわ。わたくしと違って優秀ですし。それに今まで他の令嬢達にイジメられたことありませんもの」
だって、
「友達いませんからね!」
「そうだな。そういう奴だったなお前は」
本を読むことと絵を描くことが好きでしたからね。暇さえあれば図書館へ通い、休みの日は屋敷でゴロゴロ。お茶会へのお誘いがあれば「エド王子に呼ばれているので申し訳ありませんね」と言って城の書庫でゴロゴロ。
「友達がいると人間強度が下がりますので」
「なんだそのわけのわからない言い訳は。単に人見知りで面倒くさがりなだけだろ」
「ご学友と楽しく過ごされていたエド王子にはわからないでしょうね!流行の最先端を行こうとして学園生活初日につまづいたわたくしの気持ちなんて!!」
「片目に眼帯、腕に包帯を巻いて顔に白粉塗った姿のどこが流行だ。教師陣に病院を紹介されたこと、俺は覚えているぞ」
あれは……今となっては恥ずかしい。穴があったら入りたい。小説の中では恐ろしい怪物をその身に秘めた姿が非常にわたくしの琴線に触れたので真似をしただけだったのです。白粉については女性は色白だとモテると聞いたので真っ白=最強にカワイイだと思ったんですけどね。
「なんなのですか先程から!エド王子は婚約者であるわたくしのことが嫌いなんですか!!揚げ足ばかりを取って」
「いいや。むしろ好きだが?」
「っ⁉︎」
何か今、想像と真逆の言葉が返ってきたような。
「ナターシャ。先に言っておくが、俺への縁談は他国の王族や国内の貴族を含め多数あった。そんな中でそなたと婚約したのだ。嫌いなわけないだろ」
「ですがほら、父と国王様との仲ですし」
「親父とそなたの父上は仲は良いが、あくまで他の令嬢と同じくお見合いをするだけだったぞ」
「……最初に出会ったのはいつでしたっけ」
「十年以上前だな。襟を引きずられてきた子供を見るのは初めてだった」
「その時からですか?」
「その時からだな」
「初対面の相手を見て好きになるなんて、エド王子はどこを見てらっしゃるのですか?」
「顔」
外面しか見てないなんてサイテー。
「補足するが、人の第一印象は容姿が五割だ。それと半べそで来るなんてインパクトが大き過ぎる」
ぐぬぬ。
「でしたら残念。わたくしは他のご令嬢と違って引きこもってばかりでしたので今の容姿はそこまで褒められたものではございませんわ!」
「運動不足なのは知っているが、肉付きは良いよな。見栄を張るわけでもない自然体であるし、大人びた顔立ちよりもあどけない方が好みだ。長い前髪で目が見えにくいが、つぶらな黒い瞳はまるで夜空のように美しい」
近い……わたくしがしがみついているとはいえ顔が近いです王子!
前髪触らないで。目と目を合わせたくないんですよわたくしは!!
「実を言うと、さっきからこの密着具合がツラい。抱きしめるのは好きだが抱きしめられるのは苦手なんだ俺は」
パッと手を離してわたくしは後退りました。
必死だったとはいえ、しがみ付いていた我が身が恐ろしい。
何とも言えない表情は抱きしめるのを我慢していた顔だっていうんですか?
駄目だ、顔の火照りが治らない。
「エド王子がわたくしの容姿がお好きなのは分かりました。……ですが、たとえ好みのタイプだったとしても中身はこんな残念な女なのです。幻滅しているに決まっていますわ!」
「面白みが無いよりかは何をしでかすか分からない方が好きだ。自分に甘くてワガママなのは子供みたいでカワイイではないか。俺は子供が好きだ。それに完璧で親しみやすい者より、残念で空回りな方がからかいやす………愉快じゃないか」
からかいやすいって言おうとしましたかこの人?
わたくしがやってきたこと全部裏目に出ていませんか?
王族に愛想をつかれたら婚約解消されるはずだと思っていたのに中々連絡が無かったのはコレが理由ですか?
「…………………………婚約破棄を」
「地の果てまで追いかけてるぞ」
「…………………………他国への示し」
「外交は俺に任せろ。他の者と付き合いたくないなら仮病を使って大人しく引きこもれ」
「…………………………国民や周囲からの評価」
「婚約した時点でそなたの人となりは知られているし、文句を言う奴は黙らせる。かなり有名だぞナターシャ暴走伝説は」
何だそれ。そんな伝説はわたくし知りませんわよ。
じっとこちらを見つめるエド王子。条件は最良。何かあっても守る宣言。断る理由がないのでは?
「せっかくだ。前から聞きたかったが、ナターシャは王妃としての教育や自分の容姿や性格に嫌気がさしていたようだが、俺についてはないのか?不満があればこれを機に直したい」
「いえ、特に。エド王子は逞しくて凛々しくてわたくしの好きな冒険譚の主人公みたいですし、友達いないわたくしと遊んでくれましたし、毎年欠かさず贈り物もいただいてわたくしには勿体ないくらいで……不満はない………」
わたくしだって女子。
お姫様に憧れないわけではないし、
優しくしてくれる人は嫌いじゃないし、
ちょっと冷たくしたり意地悪されたい気持ちが全くないわけではないし、
責任取るって言って欲しいし、
幸せにしてやると言われたいし、
「だから、……エド様は好きでしたよわたくしは」
「ナターシャ……」
なんでしょうかこの甘酸っぱい雰囲気は。
今まで嫌々なフリをしてきた仲の良い友人同士が実は両思いだとわかって気恥ずかしい関係になる展開。
「婚約破棄についてだが、やっぱりお前が望むなら叶えてやろうか………俺も王族を捨ててついて行くぞ」
「いいえ。さっきの言葉で心配事が無くなったのでもうどうでもいいかな〜って。招待状も出してるなら流れに身を任せるのも悪くないって思いますわ」
ドキドキと胸が高鳴ります。エド王子がどんな表情をしているのか気になって前を向くと互いの目が合うので逸らします。
婚約破棄………やっぱなしでいいかな?
一か月後。
結婚式では満面の笑みを浮かべる新郎新婦。
あまり公の場に姿を現さない花嫁だったが、城内での夫婦生活の日常をまとめた本がヒット。
数年後に王位を継承してからは賢王っぷりを発揮し、国を引っ張った。その影には子供と共に王を癒す王妃がいたことがやる気アップに繋がったと王は語る。
周辺諸国に噂が広がるおしどり夫婦の誕生であった。
めでたしめでたし。
評価・感想をよろしくお願いします!