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悪役令嬢の悲恋  作者: あ
1/8

悪役令嬢の悲しみ

手は尽くした。

私に出来ることは全てしてきたつもりだ。

これで彼が私の元に帰ってこないなら、私はそれまでだったという事だ。


──怖い。彼に見限られることが。私はもう、既に彼なしでは生きていけないのに。


「あーあ、天下の氷の令嬢も、こうなっちまったらなぁ」


ガサガサと草木をかき分けてやってきたのは、同年の級友というべきか、利害関係で結ばれた、協力者というべきか。


「何か御用でしょうか、リベス侯爵子息」


「やだなぁ他人行儀。前みたいにシューラニオスって呼んでもいいんだよ?」


アリアス公爵令嬢、とわざとらしく首を傾げてシューラニオスは言う。


(貴方だって大概、他人行儀じゃない)


アリアス公爵令嬢こと、私、イリヴァマリー・アリアスは心の中で悪態をつく。


「まさか。面倒事を厭われる貴方がそんなことを仰るなんて。どう言った心境の変化ですの?」


ならばと私もわざとらしく無知な振りをする。


「冗談。もうあんなごっこ遊びは御免だよ。どれだけ面白くったってやるんじゃなかった。割に合わない。」


と、シューラニオスは呆れたように顔を顰める。


「あら、残念ですわ。でもあの時は乗り気でしたでしょう。なかなか様になっていましてよ?」


「そんなこと言う君だって、素晴らしく熱演してたよ。あんな潤んだ瞳で名前を呼ばれちゃ大概の男はころっと傾くだろうに。」


「ふふ、お褒めに預かり光栄ですわ。ですが私が望む方はそこらの殿方とは違いますもの。一筋縄ではいきませんの。」


「一筋縄ではいかないのは君の方もじゃない?このリベス侯爵子息がご執心だというのに、一向に首を縦に降らないんだもんなぁ。」


「茶化さないでくださいまし。大衆の噂に流されるのは、馬鹿と能無しと、欺きたい者だけで十分ですの。」


「言うなぁ」


勝った。

時々、シューラニオスと私はこうして毒吐きともつかぬ言葉遊びで息抜きをしている。この貴族の世界の中でこうして飾らずに言い合うことはほとんど出来ない。


(そう思うと、私は随分と恵まれているのかもね。)


シューラニオスは面白いことに目がない。私に近づいてきたのも、私と彼との関係が面白そうだという理由からだろう。


(噂が流れていたのもシューラニオスがまとわりついていたせいよね。)


ご執心などとの噂なんて不変な日常に飽き飽きしたご令嬢達の刺激を求めた結果だろう。


(まぁ、シューラニオスを諌めなかったのは、彼を利用していたからに他ならないのだけど。)


そうだ。シューラニオスと私は利害関係にあるのだ。


(結果的に私はシューラニオスを利用して、自滅しただけだけれど。)


自業自得、この言葉が私にはお似合いだろう。


「なぁなぁ、今からでも遅くないんだよ。僕のとこに来る気は全くないの?」


何を言っているのだろう。私を拾ったところで大して利になる訳でもないのに。


「私は……逃げたくありませんもの。最期まで、あの人から。」


シューラニオスはしばし渋い顔をしていたが不意に顔を上げた。


「げ。」


「どうされまし──」


言い終える前にシューラニオスが逃げようとする。


私はそれで全てがわかってしまった。


「!?」


シューラニオスがつんのめるように踏み止まる。

私がシューラニオスの上着の裾を掴んだのだ。逃がさないという意味を込めて。


「ちょっと、何するの!?」


「最後です。少しだけ、付き合ってください。」


「やだよ!死ぬよ!?僕が!!あいつに殺される!そんな死に方嫌に決まってる!」


「シューラニオス様!待って、もう少しだけです。もう少しだけ、ここに居てください。」


私はシューラニオスと(無理矢理)向かい合う形になる。傍から見れば恋人の逢瀬に見えなくもなくもなくもない。


シューラニオスの顔色は青を通り越して白く血の気が引いている。


私はそれがどうしようもなく面白く思えて、いつに無く、くすくすと笑みを零した。


そこへ愛しの彼がやってきた。腕に絡みつく、愛らしいご令嬢を伴って。


(あぁ、いつになってもこの光景を見るのは胸が酷く痛い。)


「やぁシューラニオス。珍しいな、こんな所で合うなんて。」


「あぁ、リチャード公爵子息ではないですか。そちらこそ可愛らしいご令嬢をお連れで。リオード男爵令嬢とお見受けします。」


可愛らしいと言われた令嬢は頬を朱に初め、彼の袖をきゅっ、と握る。


「流石シューラニオス。紹介するよ、マリン・リオードだよ。」


くりくりとした大きな瞳を右へ左へと彷徨わせ、あざとくも上目遣いでシューラニオスを見上げたままリオード男爵令嬢は口を開いた。


「マリン・リオードと、申し、ます。どうぞ、よろしく、お願いします。」


おどおどと言葉をつまらせながら話す彼女はまるで生まれたての小動物を思わせる。図らずとも社交デビューしたての頃を思い起こしてしまう。


《君の社交デビューはこんなに可愛らしくはなかったよ。》


なんて奴だ。わざわざ念話を展開してまで、言うに事欠いてそれか。


《殿方はこういった庇護欲をそそる御方を好むのでしょう?どうです?あなたの巧みな話術で彼女を連れ出しては?》


誰にも聞かれる心配が無い念話は、存分に悪態をつける。


《やだなぁ、僕には君だけだよ。キースと違ってね。》


……こういった悪ふざけも出来てしまう。


《その言葉、彼の前で仰ってはいかが?》


《御免なさい。僕が悪う御座いました。》


なんて会話を繰り広げていると、マリン嬢が彼に尋ねていた。


「あの、キース様。あちらの方は……?」


「あぁ、申し遅れてしまいましたわね。私はイリヴァマリー・アリアスですわ。」


愛しの彼、キース様は私に目を合わせてはくださらない。

けれど私もそれは同じ。私もマリン嬢から目を逸らさない。


(私から彼の方へ向くなんて、出来るわけない。)


「いり、ゔぁまりー、様」


舌足らずな様子で私の名を復唱するマリン嬢。その発音が酷く耳に残った。


(この発音、どこかで……?)


「あの、」


マリン嬢の声で、は、と我に返る。


「なにかしら?」


怖がらせないように、と細心の注意を払って問う。


「え、と、イリー様、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


イリー、という響きが、私を動揺させる。そしてどうやら、動揺したのは私だけではなかったようだ。


(キース様。私の存在は、まだ貴方の中にあったのですね。ですがもう……)


マリン嬢がいる。私はもう、


(私はもう必要ない。)


「えぇ。構いませんよ。では私も貴女をマリン、と呼んでも?」


「っ!はいっ、是非!」


彼女は大きな瞳をさらに見開き、幼子のようにキラキラとこちらを見やる。


(本当に可愛らしい。私とは大違いだわ。)


《ねぇ、いいの?仲良くなんて。》


シューラニオスが語りかけてくる。


《貴方の元へ行くこと、考えてもよろしくてよ。》


《正気?》


失礼な。


《気が変わったの。》


《あー……。》


それからシューラニオスは俯いたまま黙りこくってしまった。


「よろしくお願いしますわね、マリン。」


マリン嬢は嬉しそうに笑顔で、はいっ、と応えた

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