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希望を摘みとる婚約破棄

作者: 鯨七号

「ジュリエット! 貴様との婚約を破棄させてもらう!」

「はい?」


 学園の卒業パーティにて、アラン王子が唐突にそんな阿呆なことを言い出した。あまりに予想外のことに二秒ほど固まってしまった。

 いけない、いけない。公爵令嬢にあるまじき間抜け面をさらしてしまった。

 私と同じような顔をしている生徒はかなりの数いるのだけれどそんなことは言い訳にもならないわね。

 そんな周囲とは対照的に婚約破棄を私に突き付けたアラン王子とその隣にいるキャメロンさんがニヤニヤと私をあざ笑う。

「アラン王子、卒業パーティのさなかになぜそのようなことをおっしゃるのですか?」

「このような席だからこそだ! 学園での貴様のこれまでの非道な行いの数々を明らかにするにはこの場しかない! 私の婚約者としてあるまじき、キャメロンへの嫌がらせの数々、覚えがないとは言わせないぞ!」

 確かに卒業パーティは学園最後の行事であり、すべての生徒が参加しているのは当然の事、他多くの関係者がこの場にいる。王族もいれば貴族もおり、商人がいれば騎士もいる。この場で上った話題は瞬く間に国中に知られるといっても過言ではない。

 この場で婚約破棄を突きつけるということは、私を徹底的に貶めるということに他ならない。

 キャメロンさんのあざ笑う表情がそれを肯定していた。

 それは充分にわかるが、何よりも不可解なことがある。

「私とアラン王子との間にあった婚約はすでに解消されているのに、なんでまた今さら婚約破棄などとおっしゃるのですか?」

 そう、一年以上前にすでに婚約はなかったことになっているのだ。いまさらそんなことを言い出すなど思ってもみなかった。

「もしかして私との婚約が解消されていることをご存知なかったのですか?」

「いいや知っているとも! 私に何の断りもなく婚約解消していたことに少々驚いたがな。私はあえて、貴様に婚約破棄を突きつけているのだ。大した理由もなく私を振るなどとあってはならないのだからな」

 なるほど、アラン王子はキャメロンさんと付き合おうと思ったとき私との婚約を思い出したのね。

 そして、婚約はすでに解消されていると知ったと。

 そのままキャメロンさんとくっつけばいいのに、一方的に婚約解消をされていたのが気に喰わないからいちゃもんを付けてきたわけね。

「そうですか、では王子。私が何をしたのか御聞かせいただけますか? そうして頂けましたら、わたくしが婚約解消をした大したことのない理由もお話いたしましょう」

 どうせなら私の非道な行いとやらをこの公の場で話してもらいましょうか。

「覚悟はできているようだな。貴様の悪事すべて詳らかにするとしよう。貴様の最初の罪は平民の出だからといってキャメロンだけお茶会に呼ばず、除け者にしたことだ」

「ジュリエット様は何度もお茶会を開いているのに私は五回しか呼ばれていませんの」

「そうですわね。確かに私はキャメロンさんをお茶会に呼んだのは他の方々より圧倒的に少ないですわね」

 個人個人で開くお茶会とはいえ、暗黙のルールがいくつか存在する。その一つに平民出であろうと高位の貴族であろうと分け隔てなく誘わなくてはならないというものがある。

 貴族である以上将来様々な人付き合いをしなくてはならない。他の貴族や商人、それこそ嫌いな相手だろうと笑顔を絶やさずに対応する必要がある。その修練の場としてお茶会が学園から推奨されている。

 もっとも、主催するには様々な費用が掛かるため、回数や規模に限度がある。そのためほとんどは親しいものを中心に開催し、それ以外は本当に最低限の回数というのは珍しくない。

 私の場合、立食形式の多くの者との交友を目的としたお茶会と質を重視した極少数の者を誘ったお茶会を行っている。

 爵位が低い者たちは小規模であってもお茶会の費用を捻出することが難しいけれど、その場合学園が用意した無料プランがある。最低ランクのお茶(それでも平民からすればとてもいいもの)を用意してくれ、最低限の給仕までしてもらうことができる。そんなものがあるのはお互いの健全な交流こそが目的であり、一方的な関係にならない様に配慮したのだろう。もちろんタダでお茶会を何度も開けるというのも問題があるので、タダのプランは条件付きになるのだけれど。

 アラン王子は私が肯定したことに満足しているようだけど、私がキャメロンさんを誘う回数が少ないのは正当な理由がある。その上五回という数字は相対的に見れば少ないのだけれど、嫌いな相手であれば二回以下ということも珍しくないのだから文句を言われる筋合いはまったくない。

「しかも、その少ないお茶会でも嫌がらせをしたそうだな。彼女の服にお茶を掛けておきながら謝らず、お茶会に誘っておきながらクッキーを食べるなと言ったようだな」

 どちらも心あたりはあった。

 確かに私が開催したお茶会で彼女の服に紅茶がかかったことがある。だけど、ぶつかってきたのは彼女のほうからだった。慣れないドレスの裾をひっかけて転びそうになって私の背中に激突したのだ。当然そんな状況であれば、お茶が彼女だけにかかるわけがない。私のドレスも見事に汚されてしまった。

 お茶会の主催者として、彼女の汚れた服の代わりになるものを用意し着替えさせている。そのドレスは返してもらっていない。

 というかキャメロンさんが今着ているドレスなのよね。返してくれないかしら。

 後から聞いた話だとドレスの裾をひっかけたのも、お茶の飲みすぎで、慌ててお花を摘みに行こうとした結果らしい。自業自得でしかない。

 クッキーの件も他の人の分を気にせず山ほど食べていたのだ。誰だって止める。

 あれはちょっと無理して買ったお高いクッキーだったんだぞ。

 私は思い出して落ち込むが、そんな私を見て二人はいい気になっていく。

「最後に学園の階段でキャメロンを突き落としたことだ。キャメロンは足をくじいて一週間も歩けなかったんだぞ。倒れているキャメロンに謝罪もせずに放置した罪は重いぞ」

「あの時は王子に支えてもらわなければ歩くこともできませんでしたわ」

 その時を再現するかのようにキャメロンさんはアラン王子にもたれかかる。

「そういえばそんなこともありましたね」

 すれ違う時わざとらしく、階段から転がったことがあった。ゆっくりと二段くらい。

 それも私の両隣に友人がいたのだから突き飛ばすなんてことは不可能だった。よくもまあ、そんなことが言えたものだ。

 足をくじいたのだって、突き落とされたふりを無理にしようとした結果なので自業自得でしかない。

「さあ、弁解のしようもないようだな。おとなしくキャメロンに頭を下げ、婚約破棄を受け入れるがいい」

「分かりました。ただ、私が婚約解消した理由を申し上げてもよろしいでしょうか?」

「はん、どうせ大した事のない理由だろうに。聞くだけ無駄だろうが俺は寛大だからそれくらい許してやろう」

「ありがとうございます。それでは申し上げます」

 私の長年の思いをぶちまけさせてもらおう。


「私は出会ったときからあなたのことが大嫌いでした」


「な! なんだと?!」

「最初に会ったのは、王子の六歳の誕生パーティの時でしたわ。お茶がぬるいと言ってメイドにお茶をかけて笑っていた王子の醜さは今でも忘れられませんわ」

「そんなの子供のころの戯れだ!」

「子供ですもの、そういったこともあるでしょうね。ええ。その後二年後に同じ光景を見なければ、私も忘れていたことでしょうね。その後も教育を施されれば王族として立派に成長なさるかもしれないと一縷の望みを持っていました。国政に従事すれば自然と国を、民を思いやるようになると。そんな思いも無駄でしたわ。私が領地の作物が病によって不作になっていることを陳情しに伺いました」

 普段は裕福なうちの領地も日照りによる水不足と病が重なり、壊滅的な被害となっていた。その前年度に他の領主の土地が不作であったために、支援をしていた。そのため貯えが不十分で補い切れなくなっていた。

「その時に偶然立ち会った王子がなんといったか覚えていますか? 「無能だからそんなことになるのだ。そんなやつらにくれてやるものなど何一つない。何も食わずに冬を越せ」と。王様から支援はいただけましたが、この時に婚約解消を申し出ていましたわ」

「そんなことは言っていない! 貴様の勘違いだ!」

 少しは成長した彼はかつての発言が不味いことを理解したのだろう。必死に否定する。

「ええ、そういうことにしておきましょう。その場にいたもう一人の証人がどう思っているか、私には分かりかねますが」

 アラン王子の顔が青くなる。この場で勘違いとなっても大した意味はない。その証人は一番知られては拙い王様なのであり、今さら気づいてもどうしようもないことなのだから。

「しかし、それでも立場というものがありまして、私の婚約解消は叶いませんでした。そうしているうちに決定的な出来事が一年前に起こりましたわ。王宮の庭師が引退したためにかわりの人員を募集していたので、うちの庭師を派遣することになりましたの。ですが三日で帰って来ることになりました」

「はん。どうせ腕が悪くて突っ返したんだろう」

 この期に及んでこの王子はそういう態度が嫌われる原因だと理解していない。

 いや、もっと重要なことを忘れている。

 怒りを通り越してあきれてしまう。

「あなたがふざけて脚立を倒したせいで怪我をしたからですよ。全く覚えていらっしゃらないようですね」

 これだけは我慢できなかった。

 メイドにお茶をかけたことも、領地に非情なことを言ったこともまだ我慢できた。メイドはそれ相応の給料をもらっているだろうし、領地の件も口だけで、王様に支援をもらえたのだから文句は言えなかった。

 だがこれだけは許せない。

 私にとって昔なじみの庭師だった。

 年老いてヨボヨボなのに、体に鞭打って庭の整備をしてくれていた。

 王様からの依頼であったけれど、年老いた庭師に広い王宮の整備は難しいと判断し、父は断ろうとしていた。しかし、私達の家のためになるならと、進んで引き受けてくれた。

 その結果。

「彼は後遺症が残って庭師を引退。余生を不自由に暮らすことを余儀なくされました」

 もはや、婚約解消は私のわがままではなく、家族全員の総意だった。

 婚約解消は速やかになされ、秘密裏に全ては進んでいった。そしてアラン王子との接点は今日この時をもってなくなり、以後王族との付き合いは必要最低限になるはずだった。

「ええい、貴様が何を言おうが関係ない! 貴様自身先ほどまでのことを一切否定しなかったではないか! 悪逆の限りを尽くした貴様の言うことなど誰が聞くものか!」

「わたくしがなぜ否定しなかったのか、分からないようですね? 先ほど私が話をした程度のことは、この場にいるほとんどの生徒がすでに知っていることですよ」

「なんだと?」

 王子が知っている以上に私の交友関係は広く深い。

 先ほど話したことなど、翌日には広まっている。無論、私が悪役になるような偽りのストーリーではなく真実が。

「皆さんはとても耳が早く聡明ですわ。秘密裏に処理されたはずの婚約解消をすぐに聞きつけるのですから」

 婚約解消が決まって三日でこの情報をつかんだ生徒もいるのだから驚きだ。聞けば、私の表情があまりに晴れ渡っていたので、気になったのだという。そして調べてみれば簡単に答えに行き着いたそうだ。

 秘密裏に進めたとはいえ、完全に隠してしまえば、王子が他の誰かと結婚するときに問題となってしまう。そのため、次第に婚約解消されていたという、情報が流れるようになっていた。

「今さらムキになって否定する必要はないのですよ」

 事情を知らなかった参加者は近くの生徒に事実を確認する。客観的な話を聞いて、次第に王子へ向ける視線が変わっていく。

「クソ! そんな目で見るな貴様ら!」

 王子の信用は地に落ちた。

「ジュリエット! 貴様のせいで!」

 王子は恨みがましく、私を怒鳴りつける。

「私は何もしていませんよ。本当に、全て穏便に済ませてしまおうとしたのです」

 なぜなら。

「秘密裏に婚約解消などせずに、私から婚約破棄を突きつけていたらどうなっていたと思います?」

「それは……」

 私が数々の悪行と共に婚約破棄を突きつけていれば、王子がこの卒業パーティを迎えることはなかった。そのことがおバカな王子にも理解できたようだ。

 最後の情けとして、秘密裏に婚約解消をすることで王子の名誉に傷がつかない様にしていたのだ。

 その配慮に気づかず、踏みにじったのは王子だ。

「あなたが婚約破棄を言い出さなければ本当に何もなかったのです。婚約解消のことを知った生徒も、私の配慮を尊重してくださって、噂が広がることはなかったのです。王子は他でもない私に守られていたのですよ。そして自らその庇護のもとから外れただけに過ぎないのです」

 すべて話し終え、長年のストレスを吐き出すことができ、スッキリすることができた。

「私は一足先に、お暇させていただきます」

 ここにいても好奇の視線にさらされるだけですので、部屋を後にさせてもらうとしましょう。

「ちょっと待ちなさいよ! 私は謝ってもらっていないわよ!」

 途中から蚊帳の外になっていたキャメロンさんに引き留められた。この場で出しゃばってくるとは状況が分かっていないらしい。

「私としたことが、すっかり忘れていましたわ。王子もおっしゃったように怪我をさせてしまったのであれば、謝罪をしなければならない。道理ですわね」

 深く、深く頭を下げる。

「怪我をさせてしまい申し訳ありませんでした」

「ふん! 私は優しいからそれくらいで許してあげますわ」

 目の上のたんこぶの私に頭を下げさせて満足しているようだけれど、アラン王子に恨みがましい視線を向けられているのはいいのかしら?

 軽傷をさせたことを謝らせたのであれば、重症を負わせたことを謝らなくては道理に合わない。

 本当に墓穴を掘るのが上手な二人だった。愚か者同士とてもお似合いだという点だけは間違いない。

「それでは皆さんごきげんよう」

 もはや振り返ることもなく私はその場を立ち去った。






 一度実家の屋敷に帰り卒業パーティでの疲れを癒し、その翌日に護衛を引き連れ庭師のおじいさんの家へ向かった。

「まったく、うちのお姫様は無茶なことをするもんじゃのう」

 おじいさんにことの顛末を報告するとあきれた様子であった。

「あら、無茶何てしていませんわよ。本当に何も」

「じゃが、言い訳をしなかったり、頭を下げたりしていたから、ジュリエットの悪評も流れてしまわんかのう?」

「そうですわね。ですが、根回しは済んでいますわ」

「悪評を否定するようにかい?」

「いえ、噂を一つ一つ潰すことなんてできませんわ。私の悪評もある程度は広まってしまうでしょうね」

「儂は孫のようにかわいがってきたお前さんがそんなことになることを望んではおらんぞ」

 悲しそうな顔をするが問題ない。

「本当に問題ないのですよ。これだけことが大きくなってしまっては、もはやどうにもならないのですよ」

「王様が握りつぶす可能性はないのかのう?」

「いくら王様でもあれだけ広まった噂を一つ一つ潰すことなんてできませんわ」

「王様自らそんな事実はないと否定したらどうなるかの?」

「ムキになって否定すればするほど怪しまれますわ。それに」

「それに?」

「お父様とおじい様が動いていて、すでに王子の王位継承権ははく奪されたそうですよ」

 今朝、入った最新の情報だ。

「これで王子の悪評の信憑性は確かなものになったでしょうね」

「さすがに早くないか?」

「それだけお父様もおじいさまも腹に据えかねていたのでしょうね。徹底的につぶすつもりで動いているようですよ」

「そうか……、なんだか、外が騒がしいのう」

 のんびりとおしゃべりを楽しむ時間はどうやら終わりのようだ。

「私が見てきますわ。ゆっくりなさっていて」

「お嬢様にそんなことをさせてしまって悪いのう」

 気にしないでと、扉に向かう。

 さて、外で騒いでいるのはどうやら王子のようだ。

 菓子折りをもって謝罪に来たのか。

 それとも、恨みを晴らすために武器を持って来たのか。

 墓穴を掘ることが上手な王子のことだ。

 どちらを選んだのか答えは分かりきっていた。


よくある婚約破棄物に挑戦させていただきました。

楽しんでいただければ幸いです。


たくさんパターンがありそうなジャンルなので被っていないといいのですが。


30/9/4小説家になろう勝手にランキングタグを追加しました

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