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人気の秘訣は打算的思考

「光ヶ丘くん!どこ行ってたの?」


清瀬さんが俺のカバンを持って廊下から現れた。

ひらりとスカートが揺れ、長い足があらわになった。

何か運動をやっているのだろう、意外と筋肉の付いた筋張った足に少し驚く。

恋ヶ窪さんの足は柔らかな曲線を描いていたな。


「恋ヶ窪さんと保健室に。」


その一言に清瀬さんは色めきだった。

しまった。言葉をもう少し選ぶべきだった。


「えっ、やだ?もう?早くない?

あ、今のは手を出すのが早いのと終わるのが早いっていうdoubleの意味があるよ。

光ヶ丘くんって早漏なんだ。」


リップの塗られた薄い唇から下品な言葉がポンポンと飛び出して来た。


「清瀬さんってお嬢様なのにすごく下品だよねー……。

言っておくけど手出したりしてないよ。

恋ヶ窪さんが怪我したから治療しただけ。」


「本当に手を出したりしてないの?

ピル渡して来なくて平気?」


「平気だよ……。」


清瀬さんからカバンを受け取り、ため息をつく。

手を出すってどこからが適応範囲だろう。

首筋を撫でたのは含まれるだろうか。


彼女の白い首筋を見たら思わず撫でていた。

恋ヶ窪さんは何も言わなかったけれど、普通は怒られるだろう。殴られてもいいくらいだ。

やっぱり恋ヶ窪さんは無防備だ。


「……それで、さっき図書室で何話してたの?」


「恋ヶ窪さんの発音の悪さ。

かなりbadだよ、あれ。」


「清瀬さん。」


「あー、みんなが光ヶ丘くんと家柄目的で結婚したいと思ってるって言っといた。」


清瀬さんはケロリと答えた。

俺は頭が痛くなってくる。


「なんでそんなこと……。」


「恋ヶ窪さんって気が小さいし、haremの輪に入れないみたいだからみんな家柄が目当てで、本気で光ヶ丘くんのこと好きじゃないって言えばちょっとはやる気出るかなと思ったの。」


「余計なことしなくていいから。」


「でも光ヶ丘くんのやり方って間怠っこしいじゃん。

他の男を近づかせず、かと言って自分で強引に迫るわけでもなく、権力使って外堀を埋めるやり方。


別にそんなことしなくても恋ヶ窪さんはすっかり光ヶ丘くんにメロメロなんだから、直球で迫ればいいのに。」


確かに彼女は俺にメロメロだろう。

俺と目が合っただけで耳まで赤くなるし、普段はスラスラ喋ってるのに俺と喋ると吃っているし、その癖こっそり俺のことを見ている。

バレないと思っているのだろうか。

俺を見てポーッとした可愛い顔をしているのはバッチリ把握している。


「俺は確実に恋ヶ窪さんを捕まえたいんだ。

少しでも抜け目があったらいけない。」


俺の言葉に清瀬さんは呆れた表情を浮かべる。


「逃げないと思うけどなあ……。

ま、いいよ。恋ヶ窪さん捕まえるの手伝ってあげる。

その代わりに……」


「俺の兄貴と会わせればいいんだろ?

12歳も年上の男が好きだなんて。」


「しょうがないじゃない!

大体、あなたと仲良くすれば簡単に玻璃さんと会えると思ったのに……!」


「海外出張中なんだからしょうがないだろ。

別に意地悪して会わせてあげない訳じゃないよ。」


清瀬さんは悔しそうに腕を振った。

そう、清瀬さんが結婚したいのは俺ではなく兄の玻璃である。


どこで出会ったのか知らないが、兄に一目惚れをした彼女は入学早々俺に「あなたが玻璃さんのbrotherだよね?私は玻璃さんの未来のbrideよ。」とルー大柴ばりの英語混じりの、意味のわからない挨拶をかましてきた。


何かに使えるだろうと親しくすることにしたが、正直なところ彼女が将来義姉になるのはごめんだ。

恋ヶ窪さんだってこんな義姉がいたら俺と結婚したくないと言い出すかもしれない。

いざとなったら阻止するつもりだ。


「そういえばなんで俺のこと探してたの?

何か用?」


「中井さんが用があるっていうから。

全然連絡取れないから困ってたよ。

全く、男子高校生の抑えられないlibidoはわかるけど場所は弁えないと……。」


「手出してないってば。」


携帯を見ると確かに何件か着信があった。

悪いことをしてしまったな、と中井さんに電話をする。


「あ、もしもし?」


「もしもし、光ヶ丘だけど。

どうかしたの?」


「光ヶ丘くん今学校?

私ちょうど出るところなの。

一緒に帰らない?」


「……わかった。」


俺が電話を切ると、既に清瀬さんはどこかに行っていた。

本当に中井さんが探してることを伝えるために来たのか。


下品なことばかり言うし、ルー大柴みたいに話すし、ろくな奴じゃないけれど俺のご機嫌取りを面倒に思わないのは良いところだろう。


どうしてそんなにあの兄が好きなのか分からないけど、今度兄が海外出張から帰って来たら清瀬さんを家に呼ぼう。

気が向いたら。


俺は携帯をしまって、校門へと向かった。


✳︎✳︎


校門に向かうと小柄な人影が見えてくる。

中井さんはニコニコと笑っていた。

何がおかしいのか分からないけど怖い。


「お待たせ、中井さん。」


「ううん、急に呼び出してごめんね?」


中井さんは少し首を傾げ、俺の顔を覗き込んできた。

大きな、淀んだ目が俺を捉える。


「いや全然。

というか、電話くれてたのに全然気付かなくてごめん。」


中井さんはより一層笑みを深めた。

ただし目は笑っていない。

いつもそうだが。


「そんなの気にしないで!

もしかして、恋ヶ窪さんと一緒にいた?」


「あー、うん。」


「だと思った!

光ヶ丘くんってば、恋ヶ窪さんといる時いっつも携帯の電源切ってるでしょ。

フフ、余計な連絡が入って邪魔されたくないんだもんね。しょうがない。」


わざとらしく笑って手を叩く中井さん。

クルクルとした髪の毛が跳ねる。

彼女はまるで小学生のような幼い外見をしているが、中身はこちらの弱点を見極め皮肉と嫌味ばかり言ってくる恐ろしい女だ。


「それで何の用?」


「ああ、そうそう。

大したことじゃないんだけど、父が天下りの斡旋をしたいみたいなの。

本当はこんなこと大人同士で話し合うべきだと思うんだけど、光ヶ丘くんからお父様にお伝えできない?」


「それとなく言ってみるよ。」


「わあ、ありがとう!」


中井さんが目は冷たいまま、ニッコリと笑うという器用なことをしてみせた。


本当に大人同士で話し合うことだと思う。

けれど中井さんには中井さんの、なんらかの目的があって行動しているのだろう。

例えば彼女の手に持つブランドのバッグとか。


「私、お礼に何すればいいかな?

恋ヶ窪さんに光ヶ丘くんの素晴らしいところでも語ろうか?」


「それはもう充分わかってくれてるだろうから大丈夫。

してほしいことあったら言うよ。」


「光ヶ丘くんってば自分に自信があるのね!

フフ、おかしい……。」


中井さんの笑みがますます恐ろしくなってくる。

調子に乗って悪かったと思う。でもなんで彼女と一緒に帰らないといけないのだろう。

恋ヶ窪さんと一緒に帰りたい。


「今、なんで私と一緒に帰らないといけないの?恋ヶ窪さんと一緒に帰りたいって思ったでしょ?

私も前半はおんなじ気持ち!私たちって気が合うわね!」


「そうだねー。」


本当に、なんで彼女と一緒に……。


俺が嫌な気持ちを懸命に堪えていると、後ろから声が聞こえて来た。

誰でもいい。救世主だ。


「おーい、翡翠くーん!中井さーん!」


タタッと軽やかな足取りで現れたのは鷺ノ宮さんと田無さんだった。


「2人とも今帰り?

一緒に帰ろうよ。」


「もちろん。」


中井さんは「あら、ありがたいね。」とニコニコ笑っている。

こっちだってそう思ってるよ。


「あっ、そうだ翡翠くん。

うちのお父さんが選挙のことで手を貸してほしいらしいの。

お願いできるかな?」


鷺ノ宮さんがハーフアップの髪の毛を耳にかけながら聞いてきた。

眼鏡の奥の瞳は優しげな弧を描いている。


「あー、前も言ってたね。

わかった。言っとくよ。」


「ごめんね。

お父さん、今回の選挙に必死で。」


鷺ノ宮さんは困ったように笑う。

鷺ノ宮さんのお願いは簡単に言ってしまうと、ヤミ献金だ。

自分が犯罪に手を貸していることをわかっているだろうにこんなにも純粋に笑えるとは恐ろしい。


「あ、そうだ田無さん。

この間話してた従兄弟といつ会う?」


俺は鷺ノ宮さんから目をそらすように、田無さんに話を振った。


「それがお姉ちゃん留学するって言い出してさー。

行ったとしても一ヶ月とかなんだけど……。もう少し待ってもらっていい?」


田無さんはこめかみを掻く。

猫のような釣り目が申し訳なさそうに垂れた。


「もちろん大丈夫だよ。

従兄弟もそんな急いでないから。」


「全く。30間近なのにいつまでも親の脛齧りやらないでほしいよね。」


ハアッと田無さんは溜息をつく。

彼女の年の離れた姉とやらはかなり自由奔放な性格らしく、職に就いては離職し、恋人を連れて来たと思ったら次の日には別れ、旅行に行ったら変な思想を話し始め、運転をしたら電柱にぶつけ、突如キリンを飼いたいと言い出し実行し、今はボランティア活動に専念すると言って聞かないらしい。


ボランティア活動なら良いじゃない、と田無さんに伝えたら、どうせ三日持たないとからとっとと結婚して騒がないで大人しくしててほしい、とにかく騒動を起こされたくないと熱く語られた。

色々と姉に迷惑を被って来たようだ。


そこで彼女の姉と年の近い独身の従兄弟を紹介するという運びになったのだが……。

実は彼女の姉に人を紹介するのは3回目だ。

その度なんやかんやで上手くいかず、こうして話が流れてしまうのだ。


従兄弟は気が弱いし、もう少し気の合いそうな人を紹介した方がいいと考え直す。

あと顔のいい奴。そしたら彼女の奔放な姉も少しは興味を持つだろう。


「いっそ結婚しないで自由にしてた方がいいんじゃないかな?」


鷺ノ宮さんが困った顔して提案する。

確かに、その方が良いのかもしれない。


「ダメだよ。

もう我が家では面倒見切れないから、誰かに押し付けた、あっ。」


田無さんの本音が漏れた。

もう保健所にでも入れといたらどうだろうか。


「と、とにかく!

結婚でもしてどっかに行ってほしいんだよね!

目の届かないところ!」


「でも目の届かないところに行ったらより問題起こさないかしら。」


「……それもそうね……。」


厄介な姉妹を持ってしまったものだ。


落ち込んだ田無さんを鷺ノ宮さんが慰め中井さんが貶めていると、再び声をかけられた。


「あら〜?みんなお揃いで。

あたしも混ぜて。」


「小平さん。

部活じゃなかったっけ?」


「今日はお休みだよ〜。

全く、光ヶ丘くんってば恋ヶ窪さんのこと以外なーんも覚えてないんだから。」


小平さんがやれやれと首を振る。

一緒にポニーテールがバサバサと揺れて俺の顔に当たる。口に入るからやめてくれ。

その横で中井さんが「フフ、恋煩いで脳みそが腐っちゃったのよね、仕方ないわ。」と励ましてくれた。


「光ヶ丘くん、あたしというものがありながら他の子と一緒に帰るなんて酷いな〜。

この間の件のお礼、ちゃんと言わせてよね。」


「この間の件?」


色んな人に色んなことをしたせいで、なんのことだかわからなかった。

小平さんはフッと笑うと少しかかんで俺の耳元でこっそり囁いた。

彼女は身長が170あるので、悲しいことに俺よりも背が高いのだ。


「お母さんがまた電話かけたみたいで。

ありがとうね。」


「ああ、そのことか。

大したことじゃないから。」


小平さんはCクラスの萩山くんと付き合っている。

しかし彼女の家は古臭い家で、庶民の家の萩山くんとは付き合えないそうだ。


サラリーマンの父親だと付き合えないと言うなら誰と付き合えるのかさっぱりだが、とにかくそういった考えに縛られている彼女の母親は、わざわざ俺の家に電話をかけ自分の娘が誰と付き合っているのかと聞いて来たのだ。


過干渉な親だ。

俺は知らないと答えるも、全く納得せず「まさか萩山とかいうのと付き合ってたりしてないかしら?あの子のこと庇わないで、正直に教えて。」と何度も何度も言うものだから面倒になり「俺と付き合ってますよ」と言ってしまった。


彼女の母親はそれをすっかり信じ込んでいるらしく、しょっちゅう俺の家に電話をかけ、どのように付き合っているのかを聞いてきた。

面倒なことをしてしまったが、小平さんとしては俺を隠れ蓑に萩山くんと付き合えるので助かっているようだ。

俺としても、小平さんを今後色々と利用するつもりだしちょうど良い。


「本当に、うちの親ってどうしようもないよね。

光ヶ丘くんと付き合ってるって信じてからはあたしに甘くって、結婚はいつ?とか言ってくるの。

嫌になっちゃうよ〜。

本当にごめんね。」


小平さんは、歪んだまま固定された指を合わせる。

合掌しているようだ。


「それはいいけど、萩山くん怒ってないかな。」


「あ〜、ちょっと微妙な顔してたけど、でもあたしがいかに光ヶ丘くんは胡散臭くて、独占欲が強くて、気持ちの悪い男か熱弁したら納得してくれたよ。」


「んー……。

わざわざ詳細に俺の悪口言わなくて良いんだけどね。」


というか、話したこともない萩山くんに俺の悪口を言わないでほしい。

萩山くんと今後話すことがあったら「あ、こいつ、胡散臭くて独占欲が強くて気持ちの悪い男だ……」と思われてしまう。

できるだけ萩山くんと話さないようにしよう。


そんなこんなで5人仲良くはなく歩いていた。

いつもは清瀬さんも含めた6人だが、とにかく何故かクラスの殆どの女子と協力関係を結ぶこととなり、何故かハーレムのようになっていたのだ。


とは言え、ハーレムなんて甘いものではない。

全員、俺を利用と必死に画策している。

俺も彼女たちを利用して、とっとと恋ヶ窪さんを囲ってしまわなければ。


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