俺の友達
女の子と喋っている俺たちがうらやましかったから……というどうでもいい理由でさらわれただなんてまさかそんな。
「そうらしいわね。」
凛とした声が聞こえてくる。
見ると、中井さんがあの淀んだ瞳で八坂たちを見つめていた。
「中井さん?どこに行ってたの?」
「色々調べてたのよ。八坂 嘉治について。
八坂くんは中学の時まで友達も少ない、根暗な馬鹿だったみたいね。けど高校に入った途端イキってる馬鹿に成り下がった。
高校デビューってやつかしら?愉快だわ。
高校デビューしたはいいものの男子校で彼女ができる気配もなく、挙げ句の果てに親友は男同士で付き合い始め、心の荒んだ八坂くんの目の前に千川くんや拝島くんや秋津くんといったヤンキーの癖に女と喋ってる奴らが表れた。
八坂くんは嫉妬で狂ったわ。
俺にも彼女が欲しい。ついでに言うなら巨乳で可愛くて優しい彼女が欲しいと。
ねえ、これ光ヶ丘くん嫉妬する必要ないわよ。恋ヶ窪さんは貧乳で不器量でさして優しくないから。」
「人の彼女に何言ってんの?」
恋ヶ窪さんは可愛いし優しい。貧乳なのもむしろ良い。
中井さんは俺の反論を聞き流し、話を続ける。
「そんな訳で拝島くんをぶっ倒してやるぜ!と思ったけれど、そこは元根暗な馬鹿。ゴリラなんて倒せるわけがない。
どうしようか考えあぐねていたところに恋ヶ窪綾糸という奴が拝島くんをぶっ倒したと耳に挟んだ。
早速人伝に恋ヶ窪さんの居場所を聞き、その姿を見に行くと、なんとも優男がそこにいた。
これ勝てる。そう思った彼は恋ヶ窪さんと光ヶ丘くんを勘違いしたまま攫って八つ当たりをしようとしたわけ。」
中井さんはフウと溜息をついた。
話は終わったようだ。
「すごいね、どうやって調べたの?」
「ツイッター。カジカジ@彼女募集中♡で検索したら出る。」
「ほんとだ。」
清瀬さんは早速アカウントを見つけ出すと「これ拡散しとこ」となにやら操作していた。
カジカジ@彼女募集中♡は真っ青な顔で震えている。
「やめろ!!見るな!!」
「人に見られてる困るようなものツイッターに載せるのやめたら?」
「クソッ、このアマ!」
カジカジは激昂し中井さんに手を上げようとしたが、その手を仲間の赤髪が掴んだ。
「待てよ。」
「ふじみ野……。」
「女に手を上げちゃダメだろ。」
この男子校勢の中にもまともなのはいたんだ。
安心し、ホッと一息ついた……が、それはまだ早かった。
「……中井さんって言うんですか。」
「そうよ。」
「あの、その……」
ふじみ野くんは勢いよく頭を下げた。
「俺と付き合ってください!」
言葉を理解できなかった俺たちは一瞬黙った。それからその言葉を理解した瞬間、とめどない疑問が溢れ出した。
「死にてえのか……?」
「悩みがあるなら聞くけど。」
「せめて死に方は選べよ。
首吊ったほうがこれに比べたらまだ楽だぞ。」
「彼女ができないと、そんなにおいつめられるのー?」
「生皮剥がされるのが趣味なの?」
ふじみ野くんは口々に疑問を叫ぶ俺達を睨む。
「うるせえな!黙ってろ!」
俺達を睨みつけるふじみ野くんの後ろにいる中井さんの笑顔があまりにも怖かったので黙った。
暗黒面だ。
「おい、ふじみ野、お前いくらなんでも小学生はマズイだろ……。」
「八坂も黙ってくれ。
俺は彼女の可愛い外見とは裏腹な美しい喋り方と冷たい眼差しに惚れたんだ。
……中井さん。その、俺と付き合ってはもらえませんか……?」
ふじみ野くんの声は緊張からか震え、顔は髪と同じくらい真っ赤になっていた。
中井さんはそんなふじみ野くんを冷めた目で見つめる。
「……気持ちは嬉しいわ、ありがとう。」
「なっ、なら、」
「でも私の心は別の人に囚われてるから……。」
彼女は眉を下げ、悲しげな表情を作った。
誰がこんな女の心を捕らえていると言うんだ?千川くん?可哀想に、高校生でコレの看守になるだなんて。
「だ、誰ですかそいつは。」
ふじみ野くんはギッとこちらを睨んできた。
その目が千川くんを捉える。勘がいい。
しかし彼女の答えは想像を超えるものだった。
「……名前も無い内に死んだわ。」
彼女のその冷え切った声に、辺りの空気は氷点下にまで下がった。
それは、つまり、彼女の……。
「?
それって、どういう意味ですか……?」
「さあ?
行きましょう、終電が無くなる人もいるんじゃない?」
中井さんが帰りを促すも、俺達はみんな動けないでいた。
「……どうかしたの?」
「悪いけど、高校生には処理仕切れないんだ〜……。」
「ああ、あんなの冗談よ。堕胎ジョーク。」
「そんなジョークの種類無いだろ……。
亨まで動かなくなってる……。」
拝島くんは秋津くんを引っ張り、足を進める。早くこの話題離れたいのだろう。
それはみんなも同じ気持ちだったのか、早足で駅まで急いだ。
もう時間は11時近くになっていて、制服でいる一部の人は、補導されないよう慌てて帰っていく。
かく言う俺も制服なので、沼袋に迎えにきてもらうことにした。
「翡翠さん、遅くなりました。」
沼袋は珍しくシャツにジーンズという私服で現れた。
今日は当番じゃなかったのかもしれない。悪いことをしてしまった。
「こっちこそすみません、夜に呼び出して。
大丈夫でした?」
「構いませんよ。
他のクラスメイトの方も乗って行かれますか?」
「だって。俺の家の方面に近い人は乗ってく?
清瀬さん以外。」
「なんでよ!!」
結局、俺と恋ヶ窪さんと小平さん、そして何故か顔を赤くしている鷺ノ宮さんが乗り込んだ。
清瀬さんだけは絶対に、絶対に乗せない。
「……なんか鷺ノ宮ちゃん顔赤いね〜?大丈夫?」
「私服の威力……。」
「あっ、赤いと言えば光ヶ丘くん、ほっぺ大丈夫?」
恋ヶ窪さんが俺の顔を覗き込んだ。
右手で頬を抑える。痛みはもうあまり無い。
「平気みたい。」
「そっか……。良かった。」
「心配してくれてありがとう。
……それに、来てくれて。」
恋ヶ窪さんが笑った。
顔を上げると、小平さんと鷺ノ宮さんも笑っていた。
「まさか皆来ると思わなかったよ。
そんなに俺が攫われてたのが面白いの?」
沼袋が「攫われてたんですか?」とミラー越しに俺を見たが、もう平気だよと手を振る。
「面白くなんか無いよ、心配で来たの。」
「そうなの?それはどうも。」
これまで協力してきた甲斐があるというものだ。
「……光ヶ丘くん、あたしたちは光ヶ丘くんに借りを返そうと思って来たわけじゃないよ。」
「え?」
「光ヶ丘くんは確かに恋ヶ窪さんに執着してて気持ち悪いし胡散臭いしけど、でもなんだかんだで面倒見良いよね。」
「というか、良くなった?
恋ヶ窪さんと付き合いだしてから変わったよね。
前はもっと冷たかったけど、最近は取っつきやすくなった。依澄のことも助けてくれたし。」
そうなんだろうか。
俺自身自覚はないが。
「だから……なんていうか〜……、別に、恩とかそういうの関係なく、助けに行ったよ。あたしたち皆。」
「……ありがとう?」
「伝わってないでしょ。」
鷺ノ宮さんが困ったように笑う。
「あのね、友達だから心配したってこと。」
友達?
その言葉に驚いて2人の顔を見る。
友達……なのか?彼女たちが?
友達だなんて、今までいたことないからわからない。
「友達……なの?」
「あたしはそう思ってるよ。
少なくとも、クラスメイトってだけじゃない。」
「恋ヶ窪さんに感謝しなよ。
今までの光ヶ丘くんだったら、私は心配しなかった。
でも、恋ヶ窪さんと付き合って、少し変わった光ヶ丘くんだから心配したし、球場前公園に行った。」
親の力目当てに接していたのは、俺の方だった?
なら、今まで俺が感じていたものは……。
「光ヶ丘くんが優しいのがみんなにわかってもらえて良かった。
あ、でも、恋人は私だから、あの……」
「ごめんね、あたし萩山くんが好きだし、天地がひっくり返ろうと光ヶ丘くんのこと好きになれない。」
「死んでも無理かなあ。」
「安心なような……複雑……。」
悲しげな声を出す恋ヶ窪さんの手を取る。
彼女がいなければ、俺は一生孤独だったんだろう。
「恋ヶ窪さん……」
「光ヶ丘くん……?」
「あ、あたしの家近くなんで降ろしてもらってもいいですか?」
良いタイミングで……。
小平さんは軽やかに車を降りる。
「家の前まで送りますよ。」
「いえ、大丈夫です〜。ありがとうございます。」
「……親御さんは?」
「寝てるのかな?わかんないや。
……起きてたらちゃんと向き合わないとだね。このままってわけにもいかないから。」
小平さんは自分の歪んだ指を眺め、それから俺たちに手を振ると街灯の続く道を歩いて行く。
「小平さん!」
恋ヶ窪さんは小平さんを呼び止め、車から降りると何か彼女に言った。
それを聞いた小平さんは驚いた顔をした後、すぐに笑ってまた歩き始めた。
「……なんて言ったの?」
「……話し合いして、修繕してって。
私には出来なかったから……。」
それが何を指すかわからなかったけれど、彼女がお腹を押さえたから父親のことかなと思った。
「……修繕は無理でも……せめて……。」
恋ヶ窪さんはその後何も言わなかった。
せめて、の後に続く言葉はなんだろうか。
「……恋ヶ窪さんの家、そろそろ?」
「うん。車だと早いね。」
「あと15分くらいだと思います。」
そしてきっかり15分で恋ヶ窪さんの家に到着した。
沼袋の才能の一つだ。
「車乗せてくれてありがとうございました。」
「待って、その……。」
少しでもいい。話がしたかった。
俺と恋ヶ窪さんの今後は……。
「……私は先に鷺ノ宮さんをお送りしてます。終わりましたらご連絡ください。」
「そうします。」
空気を読んだのか、沼袋はサッサと車を出す。
俺と恋ヶ窪さんは、彼女の家の前で突っ立っていた。
「……うちに上がる?」
「ううん。もう遅いし。」
「そっか……。
……あの、さ、光ヶ丘くん。」
別れを、切り出されるだろうか。
あの時俺は必死だった。恋ヶ窪さんが逃げ出すんじゃないかという恐怖で、脅して彼女を逃げられなくしようとした。
「私は……光ヶ丘くんの思うような恋愛はできない。」
「……うん。」
「光ヶ丘くん以外の他の男のこと話さないっていうの現実的に無理だと思う。
だ、大体、私を逃げ出さないようにするために他の女の子と仲良くしてその家族のコネ使うのっておかしいと思う。」
「……うん。」
「……でもね、お父さんから殴られてる時、ずっと助けてって思ってた。こんな奴どこかにやってしまってって。
光ヶ丘くんは助けてくれた。
……他にも、いっぱい、感謝してることがある。
ううん、感謝じゃない……感謝の気持ちだけじゃなくて……好き……。
私、光ヶ丘くんのこと好きなの。」
恋ヶ窪さんはそう言うと、俺に抱きついてきた。
……これは夢?
「恋ヶ窪さん……?」
「別れたくないよ……。
光ヶ丘くん、わけわかんないし、怖いけど、でもそれ以上に好きで好きで、離れたくない。側にいて欲しいの。」
「俺だって……!
恋ヶ窪さんのことが好きだよ、誰よりも何よりも!」
彼女を抱き締め返す。暖かい。
「……だから、だからどうしても逃したくなかった……。絶対俺の側にいて欲しくて……。
ごめんね、恋ヶ窪さん。俺はまともじゃない。君に近づく男はみんな消したくなる。君を傷つける奴は殺したくなる。
それでも、それでも側にいてもいい?」
俺はもう恋ヶ窪さんに抱きついていなかった。縋り付いていた。
みっともなく、今にも泣きそうな気持ちを抑えていた。
恋ヶ窪さんは泣き笑いのような表情を浮かべ、何も言わずに俺と唇を合わせた。




